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地獄裁判  作者: うさぎサボテン
第一ノ罪
6/22

Ⅴ.

 月曜日の薄暮時。


 ホームルームの時間が終わってチャイムが鳴り響くと、学業から解放されて自由の身となった生徒達がどんどん教室から出て行った。ある者は部活動に、ある者は友達と遊びに、ある者は真っ直ぐ自宅へ。


「颯真、また明日な!」


 颯真の横を通り過ぎた男子が軽く片手を挙げ、颯真は「ああ」と去りゆくその楽しげな背中を見送った。

 他のクラスメイト達も颯真に挨拶して去っていき、早くも見送る側に飽きがきた颯真は席を立って彼らと同じ様に教室を出て行った。

 廊下を歩いている道中、自然と生徒達の会話が耳に入った。


「ねえ、今日の化学の授業で配られたプリント、難しくなかった?」

「え? もうやったん?」

「うん。休み時間に。提出明日だしね」

「うわっ、早! あたし目を通してもいないよ。てか、化学マジ嫌いだし。あ、じゃあ答え写させてよ」

「えぇー? それ、怒られるよ?」


 学生らしい会話で盛り上がる彼女らから大分遠ざかった後、颯真は不意に立ち止まって鞄を漁った。

 彼女達は同じ化学教師の授業を受けていた。それはつまり、先の話は無関係ではない話で……。

 颯真は散々鞄を弄り回して、落胆した。


「教室に忘れてきたわ……」


 明日提出と言う事を踏まえると、今から取りに行くしかない。

 怠惰な心を抱いて、踵を返した。

 但し、向かったのはつい先程出て来た場所ではない。渡り廊下を越えた先にある教室だ。そこで日頃化学の授業は行われているのだ。

 幸い一階にある為、無駄に階段の上り下りをせずに速やかに辿り着く事が出来た。

 颯真は自分が座っていた机の下にある収納スペースから一枚の藁半紙を取り出し、鞄に押し込んで安堵した。


 教室から出て来た道を引き返していると、現在は誰も使っていない筈の教室から声が聞こえた。

 気にはなったが肌身離さず抱えていた怠惰の心が完全勝利を納め、完璧なるエキストラと化した颯真。しかし、首根っこをぐいっと割と強い力に引っ張られ、無理矢理に踵を返さされた。

 校内では沈黙の美少女背後霊と化していて忘れがちだが、颯真の背後には必ずマカが居る。

 颯真はうんざりした様にマカと向き合った。


「……何か不満でもあんのか? 俺、もう帰りたいんだけど」

「キミは気にならなかったの?」


 マカの赤い双眸は、チラリと横の扉を映した。

 微かだが、その向こうからまた声が聞こえる。

 颯真は髪を掻き乱し、舌打ちした。


「好奇心は猫を殺すって言葉知らねーの?」

「そうならない為に私が居る」

「はー……そうですか。ったくもう、こっちは早く帰りたいのに」


 やるせない気持ちでそっと扉をスライドさせ、細い隙間に目玉を押し付けた。

 キョロキョロ視線を彷徨わせた後、見つけた。声の発生源たる二つの人影だ。

 大人しく席に着いて机上に教科書とノートを広げる女子生徒に、隣で指導している男性教師。どちらとも、颯真と顔見知りだった。生徒の方は同じクラスで名前を咲良さくら、教師の方は世界史の担当だ。

 二人の関係性に違和感はなく、真面目に勉学に勤しんでいる様にしか見えなかった。

 だから、颯真は小さく息を吐いてマカの方へ顔を向けた。


「……これ、俺が引き返した意味あった?」

「よく見なさい」


 マカが颯真の顔を両手で挟み、無理矢理90度に動かした。あまりの痛さに悲鳴を上げそうになるも、素早くマカに口を塞がれて阻止された。

 痛みと息苦しさに涙目になりつつ目の前に広がる光景を何気なく見ると、教科書を指し示していた教師の指先が嫌らしい動きで、咲良の首筋へ。そして、大きく膨らんだ胸元へ伸びていった。


「あー……こりゃあれだ。教師と生徒のイケナイ関係ってやつ。邪魔したら悪いからもう帰ろ……」


 明らかに咲良の顔が涙で滲み、微かに助けを求める声が颯真の耳にも届いたのだが……颯真はあえて気付かないフリをして、無関係であろうとして、今度はマカに引き止められる前にサッサと歩き出した。

 マカは颯真を見失わない様、棺桶を揺らして歩く。

 結局、家に着くまでマカは一言も颯真へ声を掛ける事はなかった。





 翌日の早朝、異変が起きた。咲良が登校してこなかったのだ。それどころか、昨日から家に帰っていないと言う。

 ホームルームの時間、担任教師がクラスを見渡して彼女の事を訊ねたが誰一人として所在を知る者は居なかった。

 年頃もあって親や友達を困らせたいだけなのかもしれないと、今日の所は学校も親も警察沙汰にはしなかった。


 ところが、次の日も、その次の日も咲良が姿を見せる事はなかった。いよいよ事態が深刻化してきて、朝のホームルームの時間から帰りのホームルームの時間まで教室内はざわついていた。



 斜陽を背に、怪しく長く伸びる影と怪しい棺桶を背負う少女を引き連れて歩く颯真。今脳内を占めるのは失踪した咲良の事。あの日の出来事が頭から離れなかった。


「いや……でも、そんなまさかな」


 あくまで自分は無関係と言わんばかりに、頭を振った。

 すると、真横を女性が通り過ぎた。

 振り返ってみると、女性は担任教師の前でペコペコ頭を下げていた。

 何となく察した。あの女性は失踪した咲良の母親だ。

 早く見つかるといいなと、無責任な願いを形のない何かに託し、颯真は校門を潜った。






 咲良の捜索願が出されてから少し経ち、最初こそは校内はその話で持ちきりだったが人間とは薄情なもので進展がなくなると興味も薄れて廃れ、今やもう流行遅れかの様に誰もその話題に触れる者は居なくなった。友人達は今も暗い顔をしているが、周りの馬鹿騒ぎのせいで目立たなかった。

 例の世界史教師も相変わらず、気持ちの悪い程の滑らかな口調で授業を淡々と進めている。颯真は退屈すぎて欠伸をするばかりで、左に視線を移すが窓ガラスにはマカの姿は映っていない。振り返れば、ちゃんと居るのだが。


「おい、そこ。何を余所見している?」

「あ。はい……」


 マカの姿を確認したおかげで、颯真は教師に目を付けられてしまった。


「丁度いいわ」


 マカが何か閃いた様だが、その声も姿も颯真にしか認識出来ない故、これ以上注目の的になりたくなかった颯真は沈黙する事で回避しようとした。

 教師が颯真に興味をなくして授業再開しようとしたところで、マカが教師を指差して迷惑でしかない事を颯真に命じた。


「失踪した女子生徒の話題を出してみなさい」

「は、はぁ!?」


 つい、驚きがそのまま声となり教室内に響き渡った。

 また、注目の的となってしまった颯真は今度こそ教師の鋭い視線に射抜かれた。

 名を呼ばれ、ぎこちなく返事をして笑みを作って見せるが獲物を狩らんとする瞳には畏怖の念を抱いて身震いがした。

 それと同時に、背後からも地獄の業火をメラメラ燃え上がらせる様な真っ赤な視線が突き刺さり、逃げ場はない。ともなれば、颯真には一振りの刃が必須となる。言葉と言う人間社会のコミュニケーションが。

 颯真は軽く息を吸い込んで心に余裕を持たせると、真っ直ぐに教師を見据えて口を開いた。


「あの、もう一週間が過ぎましたけど……あの娘大丈夫なんでしょうかね? 世界史は苦手って言ってたけど、一生懸命でスゲー頑張ってましたよね」


(って! 俺、何でマカの言う事に従ってんだ!?)


 口が無意識に動いていた。マカが何かした訳ではないが、そうとしか思えないぐらい颯真自身自然な声色と表情で語っていた。

 教師の眉がほんの微かにピクリと動いた。それに気付いたのはマカ唯一人であったが、十分だった。

 教師は普段通りの真面目な顔で淡々と颯真の言葉に義務的な肯定の言葉を並べた後、すぐに授業へと戻った。





 緊迫した空気をひしひしと感じながら終えた世界史の授業の後は、昼食だった。友人が誘いに来たが颯真は気怠げに断って、一人(守護霊代理付き)で屋上の片隅に座って購買のパンをぼんやり齧っていた。

 マカはちょこんと横へしゃがみ、あどけない表情で颯真の疲れきった顔を覗き込んだ。


「元気ないわね。そんなものより、もっと栄養あるもの食べたら?」


 颯真は齧りかけのパンを下ろしてマカを横目に映した。


「お前な……。ありゃヤバイって。アイツの目マジだった。俺、変に恨み買いたくないんだよ……」

「あぁ……さっきの先生の事ね。うん。確実に黒だわ。あの人、何か隠してる」

「だからなんだってんだよ……俺、関係ねーじゃん。第一証拠がない。これ以上はお手上げだよ。警察の仕事だっての」

「関係ない、ね。そうかもしれない。けれど、そうじゃないかもしれない。世の中知らなかったで済まされない事もあるの。生命がかかっているのなら尚更。キミ自身が何も出来なくても、警察にあの日見た事、聞いた事を伝える事だって出来る筈よ。それで何かが変わるきっかけになる」


 マカは諭す様な口調で語りかけるが、颯真は両耳を塞ぎたい気持ちで居心地が悪かった。


「……そこに俺の生命がかかっているとは考えてくれないワケ? 大体、同じクラスってだけで特別な想いもないし、そんな奴の為に自分が危険に晒される方が俺は嫌だね。このまま無関心でいれば、無関係でいられる……いさせてくれよ」

「キミの事は私が……」

「護る? 守護霊代理だから? 物理的には護れるかもしれねーけど、心とか立場は? 悪いけどさ、俺はそんなにお人好しじゃねーからさ」


 これで話は終わりと言わんばかりに、颯真は残りのパンを無理矢理自分の口へ押し込んだ。

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