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地獄裁判  作者: うさぎサボテン
第二ノ罪
19/22

ⅩⅡ.

 昼休憩、教室に居場所のない颯真は誰も居ない場所を目指したが、そこは七が自らの命を絶った屋上で今は閉鎖されていた。

 あてもなく校内を歩き続け、誰も居ない花壇の側に身を落ち着かせた。校舎の壁を背にしてしゃがみ、購買で買ったカレーパンにかぶりついた。


(そういや、ここって)


 視界に広がる景色に覚えがあった。

 思い出したくもない悍ましい記憶。


 薄紫色の可愛い花が花壇を埋め尽くしていた頃だった。夕焼け空の下、夜の静けさと冷たさを孕んだそよ風の吹き抜けるそこに空の色よりももっと濃くて悍ましい赤が地面を濡らしていた。周囲に人集りが出来、最前列には警察官、最後列には颯真が居て人の合間から現場を懸命に覗き込んでいた。

 ちらっと見えたのは倒れた男子生徒と彼のものであろう血溜まり。颯真は彼を知っていた。けれど、その可能性を否定した。そんな筈ないと必死に思い込もうとした。だけど、無理だった。


(ここで悠河は死んだんだ。教室の窓から飛び降りて……)


 当の本人はもう居ないのに、声が、顔が、仕草が、そして血溜まりが記憶としてしっかりと脳裏に刻まれている。

 颯真はもう忘れてしまいたかった。何故ならば、罪悪感に胸が締め付けられて苦しくなるからだ。

 自分は悪くないし、無関係なのに、どうしてこんな思いをずっと抱えながら生きていかなければならないのか。億劫で億劫で仕方がなかった。

 その上、七の死によって再び悠河の死についても掘り起こされて、どちらの生徒とも関わりがあった颯真の立場が更に悪化した。

 一部の生徒からは殺人者呼ばわりだ。


「胸クソ悪ぃ」


 颯真は残りのカレーパンを口に詰め込むと、袋をクシャクシャに丸めた。

 生温かい風が吹いた。肌に纏わり付く様なねっとりとした気持ちの悪い風だった。

 不快感を存分に味わった頬に手を当てると、視界がワントーン暗くなった。

 颯真は目がおかしくなってしまったのかと擦る。

 そのうちに更にトーンは暗くなっていき、ぼそぼそと声が聞こえてきた。

 今は黄色い花が整列している花壇の土が不自然に盛り上がり、人影が這い出て来た。そいつが声を発している様だった。

 颯真は金縛りにあったかの様に動く事が出来ず、瞬きすら許されなかった。


「どうして僕を見捨てたの?」


 声がはっきりと聞こえ、姿もくっきりと見えた。

 親友の亡霊は血の気のない腕を伸ばし、颯真の首を絞め始めた。


「う……! 悠……河」


 意識が遠退いていく。その中で、少女の凜とした声がよく響いた。


「颯真! しっかりしなさい!」

「マカ……」


 その名を呼ぶと、悪夢は去って行った。

 颯真の目の前には棺桶を背負った少女が立っていた。


「今のは一体……」

「人は極度の精神的ストレスを感じると幻覚を見たり幻聴を聞いたりする、不完全で不安定な生き物なのよ」

「ストレス……」


 颯真はじっとマカを見つめた。


 そもそもここまで追い詰められたのは……。


「マカ。お前のせいだろ」


 颯真の目が鋭くなった。

 マカは表情を少しも変えず、小首を傾げた。


「キミは何を言い出すの?」

「お前が俺の前に現れてから変な事ばっか起きる。通り魔に襲われたり、女子が教師に監禁されてそれを助けようとした俺が教師に殺されそうになったり、生霊が現れたり、酔っ払いに轢かれそうになった上に恐喝されたり、勝手に嫉妬された挙げ句に自殺されて……俺のせいにされて! もう散々だよ! 守護霊代理とか言って、本当は俺を貶めようとしている悪霊か何かだろ!?」

「おいおい、一人でどうしちゃったんだ」と、マカではない声が応えた。


 マカは平然としており、颯真は思い切り肩を上下させた。

 半歩後ろに少し困惑気味の昭國が居た。


「あー……いやぁ、これはだな」


 マカを認識出来ない昭國の反応はごく自然の事で、その上での弁解は難易度が高かった。

 颯真が適切な言葉を見つけ出せないでいると、昭國は苦笑して颯真の肩を叩いた。


「最近多いよな。やっぱ相当参ってる?」

「え……まあ」

「だよな。七ちゃんが死んだのはお前のせいじゃないのにな。あと、半年ぐらい前にも一人自殺した奴居たよな。この学校大丈夫かよ。あー……で、そいつともお前仲良かったんだっけ。えーっと、名前。……思い出せね。地味すぎて覚えてねーわ」


 いつの間にか昭國の顔が苦笑から冷笑に変わっていた。それは颯真に向けられたものではなく、もうこの世に存在しない者に向けられたものだった。

 颯真は笑顔を引き攣らせ、乾いた笑い声を漏らした。


「ははっ……。昭國だけだよ、俺の味方で居てくれんの」

「そりゃ友達だからな!」


 昭國の顔は今度は冷笑から朗笑に変わり、信用出来ぬそれに颯真は苦笑で返すしかない。


「そうそう。颯真さ、一度お祓いに行ってみたらどうだ?」

「お祓い? え、急に何で?」

「独り言言っちゃうのは疲れてるからかもしんねーけど、身近で二人も自殺されちゃあ何か呪いっぽいじゃん? 次はお前の番かも」

「お、おい。怖い事言うなよ」


 マカと言う異形がすぐ傍に居るから洒落にならない。

 颯真の顔があまりに深刻だったので、昭國は苦笑した。


「冗談だって! まあ、だけど悪いもん引き寄せてるって可能性もあるわけだし、試しに行ってみろよ。俺の知り合いにそう言うの詳しい奴が居てさ、昔不運が続いた時に霊媒師んとこ行ってみたら悪霊に取り憑かれてたんだと。そんで除霊してもらったら何も起こらなくなったんだって」

「それは思い付かなかった」


 ついマカの顔色を窺ってしまったが、マカの表情には未だに変化は見られず人形の様に美しくそこに存在しているだけだった。

 昭國はズボンのポケットからスマートフォンを取り出すと、画面にタップして通信用アプリを起動させた。


「その霊媒師の連絡先と住所教えてやるよ。ちょっと待ってな。瑛太に聞いてみるから」


 他校の友人にメッセージを送り、返信が来るまでの間に二人は教室まで移動した。





 電車に揺られてどれだけ時間が経ったのだろうか。乗った時はそれなりに居た人の数は駅に停まる度に増減を繰り返し、今では座席の隅に座る颯真と向かいの席に座る老夫婦、少し離れた席の男性二人に女性三人だけとなった。

 それに伴い、車窓から見える景色も徐々に人工物が消えて自然物ばかりとなった。

 やがて目的の駅に到着した頃には颯真一人になっており、初めての無人駅に戸惑いつつも改札を抜けて石段の前に立った。

 眩しい陽光が薄汚れた石段に照りつける。真夏だったらスタート地点で音を上げてたに違いない、長い道程。

 颯真は一歩踏み出した。その後ろを静かにマカがついて行く。

 此処に来るまでマカとは会話をしていないし、目的も話していない。

 晴天に恵まれた本日、颯真はマカと別れを告げる為に此処へ態々足を運んだのだ。昭國に紹介してもらった霊媒師がこの先に居る。霊的存在であるマカなど、あっという間に祓える筈だ。

 真夏ではないが長時間太陽の熱に当てられ、じわりと汗が滲んで息も弾んできた。颯真は立ち止まって汗を拭う。


「あー……まだ着かねーのかよ」


 溜息混じりに独りごちる。


「……そこまでして行かなければいけない場所なのかしら」


 マカが独り言とも問い掛けとも判断の付かない声量で呟き、颯真は振り返った。


「これ以上変な事起きるよかマシだよ」

「……そう」


 颯真は視線を戻し、ふと真横の森林の中のある一点が目に付いた。


「藁……人形」


 ゴクリと唾を飲み込んだ。

 一番立派な大木の幹に藁人形が釘によって磔にされていた。ホラー映画などで目にした事はあるが、実際に見たのは初めてだった。


 丑の刻参り。

 そう言う儀式の名称だったと、颯真の薄っぺらい記憶にはある。


 白装束を纏い丑の刻、即ち午前一時から午前三時頃に御神木に釘で藁人形を打ち付けると言う呪術だ。その際人に見られたら儀式は失敗し、呪いは術者に跳ね返って来ると言う大変危険なものである。


 馬鹿馬鹿しいと思いつつも、やはり何処か悍ましくて悪寒が走った。


「本当にこんなんやる奴居るのか。うわー……気持ち悪ぃ。趣味悪ぃし」

「それは私も同感だわ。けれど、人と言うのはそう言うものに頼りたくなる程に精神が脆いものよ」

「目の前に地獄の使者が実在するっつー事はやっぱ呪いとかもあるワケ?」


 単なる好奇心故の問い掛けだった。

 マカは藁人形をじっと見つめると目を伏せた。


「あるわ。ただ、人を呪わば穴二つ。罪人として死んだら地獄行きは確実だし、呪った相手がもし死んで向こうで訴訟を起こしたら判決次第では死ぬ前に地獄送りになるわ。とにかく、どんなに恨んでいても呪いには頼っては駄目って事ね」

「訴訟……」

「そうそう。私を除霊しても意味ないわよ? 守護霊代理としてキミと一緒に居るだけだもの。普通守護霊は祓えないでしょう?」

「ぐっ……」


 言い返す言葉が見当たらない颯真の鼻先をマカは細い指先でツンッと弾いた。


「心配しなくても、キミとは明日でお別れよ。良い判決が出るといいわね」

「マジで? あー……よかったー。お前見た目はすげー美人だけど、口うるさいとこあるし強引だし。これで平和に過ごせるわー。って、判決って何」

「それと、除霊代かなり高いわよ」


 上手い事話を躱された気がしたが、颯真は現実的な事の方が気になった。


「マジかよ。そういや調べてねー。いくらなんだよ」

「60000円」

「高っ! んな大金持ってねーよ! よし、もう帰ろう」


 くるっと回れ右した颯真は苦労して上って来た石段を軽快に下りていった。

 マカはその背中に子供に向ける様な優しい笑みを向けると、重たい棺桶を揺らして後に続いた。


(本当にこれが最後ね。彼の守護霊が言う通り彼にも良いところはあったけれど、それでも決して消えない罪を背負っている)

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