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地獄裁判  作者: うさぎサボテン
第二ノ罪
15/22

Ⅷ.

 マカが言うには車で人を撥ねた上で窃盗を働いたあの千鳥足の男は、強欲と暴食の罪人であるらしい。

 強欲は納得出来た颯真だが、暴食があまりピンと来なかった。しかし、酒乱も立派な暴食の罪の一つなのだとマカに説明を受け、納得する事が出来た。

 二つの大罪を犯した男を警察は捕まえたのかはまだ分からないが、颯真にとって安全である場所がそうでなくなった。

 事件のあった繁華街は警察が占領し、颯真は彼らのお世話になる前に速やかに退散した。未成年が夜更けにこんなところを彷徨いているのは世間的によろしくない。

 おかげで、行く当てもなく夜道を引き返す羽目になってしまった。

 また生霊がついて来るのでは? と、颯真は落ち着かない。


「あ。そうだ」と突然思い立ち、真っ直ぐ進む筈の道を左に逸れた。

 訳が分からずとも、マカはついていくしかない。

 すぐに辿り着いたのはたまに立ち寄るコンビニだ。24時間誰でも迎え入れてくれるそこは、今も眩しい光を放ち颯真を拒絶しなかった。


「なるほどねー。でも、朝までずっと居ようものなら店員さんに声を掛けられて、挙げ句警察に通報されちゃうかも?」


 マカがそう言うと、颯真は何て事ないとでも言いたげに漫画雑誌を手に持って広げた。

 颯真が漫画の世界に入り浸っている間、マカは背後に守護霊らしく静かに立っていた。特にする事はなく、したいとも思わなかったのだが、何となくふらっと後方の陳列棚を覗いてみた。

 ごく一般的な調味料がずらりと並んでいる。その中にあった物を見て、マカはハッと閃いた。


「ねえ、颯真」


 早速妙案を伝えようと声を掛けると、颯真は気怠げに漫画から目を離した。

 マカは続けた。


「調理用だけど、塩があるわ」

「はぁ~? 塩って」


 隣で青年雑誌を読んでいた中年男性が訝しげな視線を颯真に向け、颯真は慌てて口を噤んで自然な動作で雑誌を置いてマカの隣に歩み寄った。

 どんなに小さな声でも静かな店内ではよく響く為、颯真はマカに視線だけで先を促した。


「盛り塩をするのよ。本当は天然物の方が効果があるのだけれど、この際仕方ない」


 盛り塩。邪気払い、運気の上昇、商売繁盛の為に設置する風習。颯真も存在ぐらいは知ってはいるが、それが何故今マカの口から出て来たのかが分からなかった。

 マカは颯真の心境を察し、説明を加えた。


「やっぱり家に帰らなきゃいけないでしょう? そうなると、また生霊に襲われてしまう。だから、生霊を家に入れなくすればいいの。盛り塩はその効果が少しは期待出来るわ」

「何言ってんの、お前」


 心の中に留めておく事が出来ず、つい口から滑り出てしまった。

 やはり、中年男性からの不審な目が向けられた。

 颯真はパッと塩を手に取り、サッとレジで会計を済ませてコンビニを出た。




(空気に勝てず、買ってしまった……)


 会計の際手ぶらで来た事を思い出して焦ったが、ズボンのポケットを漁ったら小銭が入っていたのだ。しかも、丁度塩の値段と同じ金額ときた。これは神の思し召しとしか思えなかった。

 右手にぶら下がるレジ袋の重みに敗北を感じた。

 元凶を作り出した本人は何処か嬉しそうに後ろをついて来る。

 颯真は足を止め、後ろへ向き直った。


「もっかい言うぞ。何言ってんの、お前……盛り塩なんてさ。守護霊の代理する様なすげー霊力の持ち主が何でそんなのに頼るんだよ。おかしいだろ」

「……今回は相手が悪いのよ。もう分かっている通り、私じゃあどうにも出来ない。それなら、いっそ家に入って来られなくすればいいと言う訳」

「また同じ説明……。そもそも結界? 的なの張れないの」

「それは無理ね。私はあくまでキミ自身を守護しているから」

「あーもう……よう分からん。つーか、塩なら家にあったし」


 塩のおかげか家に着くまで何事もなかった。

 玄関を開けると、真っ暗だった。

 当然リビングの明かりも消されていて、しんと静まり返っていた。明かりを点けてリビングに足を踏み入れ目に入った壁掛け時計が示す時間に、颯真は納得した。

 もう日付の変わったこんな夜更けに両親が起きている筈はない。

 逆にそちらの方が好都合で助かった。不審な目も不安な言葉もぶつけられず、堂々としていられる。


 綺麗に整頓された食器棚の中から醤油などを入れる白い小皿を取り出し、買ってきたばかりの塩を盛る。マカに指示された通りにそれを二つ用意した。

 それからリビングを出て階段を上ろうとすると、マカに呼び止められた。


「ちょっと、何処に行くの?」

「何処って、俺の部屋だろ? 俺を護る為の盛り塩なんだから、俺の部屋に置くべきなんじゃねーの?」


 颯真が当然だと暗に告げると、マカは深い溜息を吐き出した。


「それはつまり寝室でしょう? 一番やってはいけない事よ。いい? 睡眠中は最も霊に憑依されやすい時間帯で、盛り塩を置くと忽ち悪夢に魘されるわ」

「げ……マジかよ」

「だから、敷地と自宅の四隅に設置するのが基本よ。でも、それは大変だろうしご両親に不審に思われるでしょうから、玄関だけにしておきましょう。それだけでも効果があるの。玄関には左右二カ所に置いてね」

「あぁ……だから、二つか」


 颯真は引き返し、玄関へと向かった。

 コトンと盛り塩を設置すると、心なしか気持ちが安らいだ。朝まで穏やかに過ごせそうだ。その安堵からか、これまで何処かを彷徨っていた睡魔が颯真の脳内にお邪魔して居座り始めた。

 自然と颯真の足は自室へと向かう。

 ベッドに入ると、物の数分で深い眠りに誘われていった。



 しかし翌朝、母に不審に思われた上、塩がもう既に沢山の邪気を吸ってしまった為に盛り塩は今回限りとなった。

 これから学校へ行き、今日こそは生霊の正体を掴まなければならない。気合いを入れ、ネクタイをキュッと結んだ颯真はいつもよりも少し早く家を出た。

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