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地獄裁判  作者: うさぎサボテン
第二ノ罪
10/22

Ⅲ.

 トントントン、トントントン……と、階段を上って来る音が聞こえた。

 颯真は身を起こし、音に意識を集中させた。

 足音は颯真の部屋の前でピタリと止んだ。


「母さんか?」


 そうとしか思えなかったのだが、一向に扉はノックされないし去る足音は聞こえない。仕方なく颯真はベッドから下りて「何?」と言いながら扉に近付くと、突然扉が開かれた。

 少し開いた扉を颯真が全開させたが、そこには誰も居なかった。

 廊下に出てみて辺りを見渡すが、誰の後ろ姿も見つけられなかった。それどころか、両親の話し声がリビングから此処までしっかりと届いていた。


「誰か来たと思ったんだけどな。気のせいか」


 颯真はついでに、浴室へ向かう事にした。

 リビングの横を通り過ぎると、両親の会話の内容が嫌でも耳に入った。


「俺の上司さ、機嫌が悪いとすぐ俺に当たるんだよ。毎日毎日理不尽に怒られるから、もうこっちも限界で」

「あら。それは災難ね。じゃあ、今日は沢山お酒飲みましょう」


 颯真は「馬鹿馬鹿しい」と小声で毒突き、サッサと浴室に入った。

 湯船に浸かり、湯気が舞い上がっていく天井を仰いだ。

 視界の端には美少女守護霊代理が居ると言う、颯真にとってもう日常と化した光景。

 マカは先程の父の話を思い出していた。


「あれは憤怒の罪ね。上司はそのうち地獄に墜ちるわ」


 単なる独り言であったが、狭く音がよく響く空間では拾うのは容易で颯真は食いついた。


「前から何かにつけて罪って言うけど、それって何なの」


 マカは話さないつもりだったが、諦めて話す事にした。


「人には生まれ持った七つの欲望があって、それが限度を超すと罪になるの。聞いた事ない? 七つの大罪」

「七つの……あぁー。ゲームとか漫画に出て来るあれか。確か……憤怒、色欲、怠惰、強欲、傲慢、暴食、嫉妬だっけ」

「ええ。その通りよ。これらの罪を犯した者はほぼ地獄行きね」

「へぇ。じゃあ、俺は関係ないな。全く欲ないからな」

「……そうね」


 微妙に間があった事に颯真は気が付かず、追い炊きスイッチを押した。

 ジュワーッと湯が温まっていき、颯真は心地良さに目を細めた。

 追い炊きする音に、水が軽快に噴き出す音が混じり出した。颯真がしっかり目を開いて確認すると、数分前に止めた筈のシャワーから水が出ていた。


「おかしいな。誤作動か?」


 時々そう言う事はある。特に気にせず浴槽を跨ごうとすると、片足を強い力で引き戻されて危うく転びそうになった。


「大丈夫?」


 マカがすぐ側で身を屈めていて、颯真は気恥ずかしさに頬を赤らめシャワーのハンドルに手を伸ばすと、指先が触れるか触れないかのうちにピタリとシャワーの水が止まった。


「あれ。また誤作動。まあ、どうでもいっか」


 そのまま扉へ向かう途中、振り返った。


「さっき足を引っ張られた気がしたんだけど、気のせいには思えなかったんだよな」

「そうね」


 マカの視線は颯真の足首に向いていた。確かにそこには証拠が残っていた。


「いつの間に痣が……」


 気付いた颯真はゾッと身体を震えさせた。今温まって来たのに、余計に冷えてしまった。


「少々厄介な相手ね。けれど実体がなければ、生身の人間に直接危害を加える事は出来ないわ。その痣も幻覚みたいなもの。実際には痣になっていないから大丈夫よ」

「実体? 生身の人間? 幻覚? 一体何を言ってるんだよ。俺、さっきもう少しで……」


 転んで頭から血を流す己を想像し、身震いがして颯真は二の腕を摩った。

 マカは颯真を庇う様に背中を覆った。


「とにかく長い滞在は危険よ。速やかに服を着て部屋に戻りましょう」

「そう、だな」


 颯真は弱々しく頷き、マカに言われるがまま浴室を後にした。




 部屋の明かりを付け、ベッドに腰掛ける颯真の目は虚ろだった。つい先の出来事が頭からどうにも離れなかった。

 階段を上がる音も、勝手に扉が開いた事も、全て浴室に現れた何者かの仕業に違いない。実際そうだった。

 それはマカの口から語られた。


「生霊よ。それも、キミに強い恨みを抱いているわ」

「う、恨みって。学校での事もそうだけど、俺は恨まれる様な事してないよ」

「自覚がなくても、恨まれる事だってあるわ。例えば、嫉妬とかね」

「嫉妬……か」


 昭國にも言われた。が、やはり腑に落ちなかった。


「嫉妬もされないと思うけど。ほら、もっとすげー奴一杯いんじゃん? それに比べたら俺なんて平凡だし」

「謙虚なのね。嫉妬は誰にでも、どんな対象でも抱くものなのよ。本人が大した事がないと思う事でも、他人にとっては羨ましい、妬ましいって思う事だってある。そう言う強い思いが生霊となって、猛威を振るうのよ」

「ふぅん。ま、嫉妬かどうかはいいとして。本当に生霊なら、どうすればいいんだよ。お前が護ってくれんのか?」

「当然、私はキミを護るわ。けれど、精神的な苦痛からは護れない。元をどうにかするしかないわね」

「元をって、俺を恨んでいる人間をって事か?」

「そう。ただ、今の所分からないのよね。恐らく、最近キミを陰から見ていた人物だと思うのだけれど」

「陰から? 心当たりあるような、ないような」


 思考を巡らせても答えに辿り着けず、颯真はバタンと上体を後ろに倒した。

 マカは机の前に立ち、写真を眺めた。そこに写っている少年達はいつ見ても楽しそうだ。颯真とその親友だ。マカの視線はジッと親友に向けられていた。


悠河ゆうがくんって、どんな子だったの? キミとはどうやって知り合ったの?」

「どんなって……――えぇっ!?」


 颯真はガバッと起きた。唇がわなわなと震える。


「な、何で名前知ってんだよ。俺、教えてないぞ」

「あぁ……そうだったわね」


 悪魔の様に意地悪く、天使の様に美しい笑みだった。


「私は死者の国から来たからね。住人の事は知っているわ。ただ、名前ぐらいしか知らないのだけれど。だから訊きたいのよ」


 死者の国


 改めてそれを意識すると、棺桶を背負ったこの人間と違わぬ姿の美少女が途端に恐ろしく感じた。時折風に揺らぐ漆黒の髪は地獄の闇、長い睫毛に縁取られた紅蓮の瞳は地獄の業火。普通に会話する様になっていたが、やはりこの世の者ではないのだ。

 颯真は恐る恐る口を開いた。


「えっと、悠河に会ったのか?」

「ええ。会ったわ。さ、キミの質問には答えたのだし、そろそろ教えてもらえないかしら?」

「何でそんなに知りたいのか分かんねーけど、まあ……別に隠すような事でもないし。アイツは気弱な奴だけど、誰よりも努力家で思いやりがあった。喋る様になったのは中学一年の初めての体育の時からだ――」

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