Ⅰ.【挿絵あり】
空は真っ赤に塗り潰され、生温い風が吹き抜ける。
さっきまで耳や視界を支配していた人混みはなく、ゾッとする程の静寂がそこにはあった。
少年は目を擦り、頬を抓り、ここにある現実を否定しようとした。
だが、何度それを望んでも、現実はここにあった。
(俺は駅のホームに出た筈……。それなのに、ここは一体)
確かに、ここは少年のよく知る駅のホーム。いつも、通学で利用している。
中央に設置された自販機と、木製のベンチ、少しくたびれた屋根、元の白さを失った床……何もかもが見慣れたものなのに、ここはどこか別世界の様に思えた。
たとえるなら、そう――――。
「あれ?」
ふと、少年は黄色い線の内側に立つ少女の後ろ姿を発見した。
電車を待っているのだろう。そう思うと、急に少年は自身が望む現実へ帰って来られた気がして安心した――――のも束の間、少年は少女の異様さに気付いてしまった。
風に靡く漆黒の長髪、膝丈の漆黒のワンピース、華奢な背中を覆う大きな棺桶……きっと、それだけならば、そう言うファッションなのだと思った。
けれど、雰囲気が浮世離れしたそれであったのだ。
少年は慄然とし、その場から動けなくなった。
シュンシュンと風を切り、貨物を乗せた胴長の列車が通り過ぎた。
少女は風に舞い踊る髪とワンピースを軽く押さえ、少年に向き直った。
陶器の様に白い肌に、血色の良い小さな唇、そして、長い睫毛が縁取る大きな瞳は真っ赤だった。まるで、あの空の色を取り込んだかの様に悍ましかった。
少女は少年を見据え、静かに言った。
「……始まったわ」
「な、何が」
たとえるなら、そう。ここは地獄だ――――。
「ほら、何してるんだい。電車来たわよ。後ろつっかえてるんだから早く乗んな」
急に背中を押され、少年はハッと気付いた。
目の前には電車が停っており、扉を全開させていた。
他の場所からどんどん人が乗り込んでいく中、ここだけが少年のせいでつっかえていた。
「あ。すみません」
少年は後ろのおばさんを一瞥し、急いで電車に乗り込んだ。
扉が閉まり、電車がゆったりと動き出す。
車窓から見える空は青く、不気味な静寂も、不思議な少女も、もうなかった。
(夢……か)
まだ脳内にはハッキリと残っていたがそう思う事にして、少年は制服のポケットからスマートフォンを取り出してゲームをし始めた。