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影追いの義賊  作者: zig
7/21

その名はマルファ

 「ふぬあああぁぁぁ……!」

 頭を抱えてうずくまる青年が、一人。

 黒い帽子に隠れる頭を抱えながら、何やら呻いていた。

 「おちてなーい! まだおちてなーい!」

 「も、もうやめてくれぇ! あああ、せっかくのかっこいい登場が台無しだぁ……」

 涙声の青年が呟く。さっきまでの調子は全く鳴りを潜めてしまった。

 「ソクァ! やめなって! この人かわいそうじゃない!」

 「はーい」

 姉の一声が弟を嗜める。

 その頃合いを見計らって、白いシルクハットをかぶり直した少女は青年へと声をかけた。

 「あの、改めてお礼を言うわ。どうもありがとう」

 「あ、ああ、いや。どういたしまして」

 少女の声に座った答えた青年は、すぐに立ち上がった。

 再び高い位置へ移動した顔を眺めつつ、少女は言葉を続ける。先程より頼りなさを増した青年の笑顔は、何とも言えない雰囲気を含んでいた。

 「赤い風船を取り戻していたのを見たからね。つい、僕も助けてあげたくなって」

 あはは、と、笑い声が響く。その声を聞くと、少女は唇を少しばかり緩ませた。

 「おにいちゃんおにいちゃん! 僕とあそぼーよ!」

 「ソークァ! 知らないオジサンに飛びついちゃダメでしょ!」

 「お、オジサン……」

 ソクァが彼の足に飛びつきながら、彼の心にダメージを与える。

 他意は無い無邪気な言葉に傷つけられた青年の反応を見て、少女は噴き出した。

 「っぷは! あはははは! あなた、面白いのね!」

 「え? そ、そうかい? いやぁ、別に普通なんだけどなぁ」

 「ねえねえ、おにいちゃんなんて言うの? ぼくソクァっていうの!」

 「わたしイズ! わたしも知りたい!」

 イズと名乗ったソクァの姉も、興味津々に顔を近づける。

 輝かせる瞳を受けながら、抱き着いてくるソクァの頭に手を置きながら、彼は答えた。

「僕は……。僕はマルスっていうんだ。イカした名前だろ?」

 子供達が彼の名前を復唱する。そんな中で、少女は口元に手を当てて肩を軽く揺らした。

「うふっ……あははは!」

 「な、なんだい! 笑うことないだろ!?」

 「そ、そうね。……っんん! ごめんなさい。あなたの仕草とお名前、なんだかギャップを感じてしまって」

 そう言いながらもくつくつと笑い続ける少女は、強気な両目を細めて可愛らしく笑い声をかみ殺している。

 苦笑を滲ませたマルスは、そんな少女に口を開いた。

 「ところで、君は? 君は、なんていう名前なの?」

 「私?」

 聞かれた少女は、はたと止まってから、得意げに自分の名前を口にした。

 「私は、マルファ!」

 細く、長い眉。柔らかくも強気な、猫目。

 長い睫毛の奥で真っ直ぐに光る瞳を宿しながら、彼女ははっきりと名前を宣言した。

 「マルファ? おねえちゃん、マルファっていうの?」

 「そうよ。いい名前でしょ?」

 「お姉ちゃん、お姫様と同じ名前なんだ!」

 ソクァが繰り返し、イズも顔を向ける。

 「ええ。お母様から頂いたの。結構気に入ってるのよ」

 陽気な光が、四人を明るく照らす。

 そして、先程よりも柔らかさを覗かせる、笑顔もそれぞれの顔の上に咲いた。

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