落ちた言葉は、真っ直ぐな想い
「ありがとう……」
少女が思わず呟いた言葉は、彼の唇を柔らかくした。
「わー! お兄ちゃんすごーい!」
「サーカスの人みたーい!」
子供達が口々に囃し立てる。
その声を聞きながら、少女は改めて、帽子を取り戻してくれた彼の姿をまじまじと見た。
光る、革靴。先端へ向かうにつれて尖っていく大人びた足元。きちんと手入れが行き届いているようで、どこからでも満足げに輝いて佇んでいる。
その上に、スラックスが静かに伸びていた。中央にきちんと折り目を入れている黒いボトムは、彼の脚を隙なく、真っ直ぐ包む。
腰。そして、胸元。
彼女の目線より少し上に聳える胸が羽織る様に着込んだジャケットも同じく黒色で、細身な体のラインが綺麗に浮かんでいる。
内側を鮮やかに彩る白いシャツがアクセントを爽やかに奏でて、袖口から少しばか覗く控えめな先端も、同じように眩しく輝いていた。
そこまでを見たところで、少女は、トップスの奥に黒いベストがあることも認めた。
「よかったですね。あまり遠くに飛ばされなくて」
「え、ええ」
視界の外から、声が落ちる。その声は、丁寧でありながら、どこか親しみやすかった。
男性特有の落ち着いた低音が根底に流れている。しかし、決して低すぎるわけでは無い。どこかあどけない爽やかさを含みながら、明るい調子が辺りに響いた。
「あの……」
「はい?」
言いながら、顔を上げる。
再び出会う彼の目を、少女は今度こそ間近に捉えた。
柔らかな、顔。若干目尻を下げながら細く笑う瞳は、透き通っている。右目の目尻にホクロがぽつんと一つ、星のように小さく浮かぶ。
そんな目と耳の間から顎先へ流れて落ちる、しゅっとした頬。
品のいい鼻立ち。整った眉。黒いシルクハットに大部分を隠された、短髪の黒髪。
まさしく青年といった彼の笑顔が、見上げる少女の瞳に万遍なく、降り注がれていた。
「私、あなたに、……」
「はい」
少女は、まっすぐ、見つめる。
その大きな瞳で一直線に捉えながら、彼を。
「伝えたいことが、あるんですが……」
「ええ。なんですか?」
瞬きが、一瞬。
視界を仕切り直して。
ある言葉を、伝えた。
「帽子。まだ落ちてないわ」
「……あ」