微笑の正午前
「ふぅ……」
開かれた憩いの場に、息が一つ、落ち着いた。
路地を抜けた少女は、一頻り辺りを見渡した後で近くの露店へ向かって行った。
肩から腰へ掛けるオレンジ色のポーチが揺れ、財布が出てくる。二言、三言、店主とやり取りした彼女は、あまり間を置かずに店を後にした。
歩き回ったはずの足も、今だけは疲れを感じさせない。
短い距離を動いた彼女は、特に誰もいない最上段の空間へ腰を降ろした。手に持ったアイスクリームを落さないよう、白いハンカチを敷きながら。
そして、一口食べた。
自然と息が出て、苺味の冷たい風味が彼女の頬に広がった。
快晴。よく晴れた青い空。そして、落ち着く日光に照らされる、白地の丸い階段達。
暖かい風がそよぐ一帯には、窪んだ中央付近ではしゃぐ子供達、近くで見守る母親、本を読む女性、談笑している労働着の男性達がいた。正午に近づく気配の下、人々は、特に気兼ねすることなく、ゆったりと暮らしていた。
少女は、その景色を眺め続ける。
シルクハットが目深に隠すその下で、アイスクリームがまた少し、口にさらわれて消えていく。
もごもごと動く頬。こくんと唸る喉元。
地面に着けぬようお腹に抱いたポーチも、それに合わせて上下する。
数回繰り返したところで、少女はまた溜息をついた。微かな吐息は、人知れず陽気の中に消えていく。
「まってよぉー! さわらせてー!」
「きゃははは! えっへへー! こっこまっでおっいでー!」
無邪気な声が聞こえる。小さな男の子が、赤い風船を持つ女の子の後ろ姿を、たどたどしくも懸命に追いかける。
コーンまですっかり食べてしまった彼女は、両肘を膝に任せながら、両手の平で顎を支えた。
ぼんやり、している。ように見える。
はしゃぐ子供の声、噴水の煌き。そよぐ風。全てが、穏やかだった。
切り上げて、立ち去っていく人。同じ数だけ、訪れる人。
変わらない密度が、この空間を程よい距離に保っている。
そこで、ふと。
動きの多い広場の中央から顔を上げ、空を見ようと動かした少女の目は、向かい側の正面へ、何気なく注がれた。
一人、男性。
今来たばかりなのか、顔をこちらに向けて立っている、品のいい男がいた。
長身。黒い下半身。白いシャツを内側に着た、やはり黒っぽい上半身。
服と同じ色のシルクハットを身に着けた男は、手に持ったステッキを片手へ、お供にしている。
そして、帽子を、あげた。
はっとして、少女はすぐに立ち上がった。そして、片足を軽く引き、ワンピースの裾を軽くたしあげて挨拶を返す。
――あっ!
内心、焦ったらしい。
つい条件反射で返してしまった異性からの微笑に、むっとしながら少女はその場へ、すとんと落ちるよう座りなおした。