路地裏を進む少女
そんなお屋敷の慌ただしい様子など知るはずもなく、今。
一人の少女が、細い裏路地を歩いていた。
右、左。くねり曲がって、また左。
しばらくして、広場に出た。が、違うらしく、少女は頭を振って別の道へと入って行く。
それが、もう何度も繰り返されていた。
左、右。路地の求めるままに歩いて行くと、今度は壁が目の前を塞ぎ、左右への選択を余儀なくされる。
「うう~ん。どっちなのかしら……」
分かれ道。どちらを向いても同じような道。
迷う少女は、しかし、すぐに左を選び、進んでいく。
人が二人も並べば通れるかどうかという路地裏を、赤いヒールの音が高く踏みしめて行った。
カッ、カッ、カッ、カッ。
小気味良く鳴る足音が、一定のリズムを守って響く。
その足元を、多角形に切り取られた石畳が多彩な模様で彩っていた。
両脇を締める壁は濃淡様々な茶色い煉瓦の積み重ねにより出来ている。通路として使うには手狭過ぎる道には太陽の恩恵が降りて来ず、道幅に切り取られた天井は、青い空色を遠くに浮かべて出来ていた。
そんな中を、白い衣装に身を包んだ少女が一人、進む。
既に、小さな広場はいくつも通ってきた。太陽が照らす眩しい道も、今いるような暗い小道も通り過ぎて、現在に至る。
再び、分かれ道とぶつかった。今度は右。少女はやはり、殆ど迷わない。
早めの歩調を保ちつつ、ヒールは気高く踏み鳴らされた。
そんな靴と同じ速度で差し出されるくるぶしは、健康的な肌色に輝く。その上を、白いワンピースがふわりと包む。先を急ぐ心と、時折吹きぬける風になびいて揺れる布地は、それでも形を柔軟に変えて主人の後を遅れずついてきた。
橋のように、前と後ろを肩口で結ぶ縦長の布地。外気にさらされる肩甲骨から腕、手先まで、今は身体を進めるべく勢いよく降られては戻る。
風が吹いた。
思わず身を縮める少女は、目元を隠す程大きな鍔のシルクハットを飛ばされないよう片手で抑え、そのいじわるな風圧をなんとかやりすごした。
風は、すぐに落ち着いた。耳元を通り抜ける口笛も、次第に調子を落ち着けてくる。
が、代わりに、静寂が訪れた。
しん、と静まる。あれほど前だけを見つめていた、果敢な足音が消えている。
止まってしまった足だけが、暗い世界に、心細く佇んでいた。
汗が、顎を伝う。そして、音も無く、落ちた。
しかし、荒げた息を整えるべく開かれていた唇は、その先を見た瞬間に、明るい上向きへと緩ませた。
足が、自然に動く。
待ちきれないとばかりに逸る。強気な響きを携えるヒールも、いつの間にか元気な音色を取り戻した。
そして、ついに。
「う、わあ……!」
少女は感嘆の声を、思わず上げた。
長い路地を出た先は、白い少女が目指していた、眩しいほどの大きな広場だった。
明るい空の下。円形状の大広場が、開け放されるように少女の目の前へ現れる。
中央に設置された噴水に向かう程下がっていく構造の空間。
そんな、噴水のある池より少し離れた場所から始まる階段が、波紋を広げるよう余裕を持って作られている。
その最上段。つまりは今、足を踏み入れた場所に、少女は立っていた。
「やったわ。着いたのね……」
少女は、辺りを見渡した。遥々歩いた成果を確かめるように、右から、左へ、視線を投げかけていく。
日もそれなりに昇った時間帯。人もまばらに座る憩いの場の中央へ、少女も一歩、歩みを進めた。