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影追いの義賊  作者: zig
21/21

影巡り重なる時、二人、旅立ちを

 「う、うぅ……」

 マルファが気づいた時。既に試合場の土の上だった。

 涙で歪む視界を振り払って、辺りを見渡す。すぐ傍に、マルーバがいた。

 「マルファ……」

 「マルーバぁ。お母様が、お母様が……」

 「うん……」

 しゃがみこんだマルーバに、マルファが縋る。

 嗚咽を隠して震えていると、じゃり、と、土を踏む音がした。

 「マルーバ」

 「……ゾア警部」

 「用事は、済んだか?」

 「ああ。たった今ね」

 マルファの小さな背中を抱きしめながら、マルーバは呟いた。

 「お前も難儀だな。誰からも認められない。存在があることすら知られてはならない稼業に身を費やすとは」

 「……珍しいね。あなたがそんなことを言うのか」

 かち、と音がして、細く吐く息遣いが続いた。

 「仕事と情は別だ。混同はしない。が、……どう思うかは、俺の自由だ」

 「なるほど。あなたらしい」

 ぽんぽん、と、優しく背中をあやしたマルーバは、長方形のカードケースを取り出した。

 一度中身を確認する。青、緑、桃色。三色が、きちんと穴に収まっている。

 「影の中走り続ける気分はどうだ? そろそろ、楽になりたくないか?」

 「なるほど。ここはもう、取調室というわけだ」

 「そのつもりだ」

 辺りには、先程蹴散らしたマフィア団の気絶した山。そして、蠢くように、無数の影が、闇の中で合図を待ちわびていた。

 「自首なら、軽いぞ」

 「それは魅力的だね」

 「だろう」

 「……でもね。僕は、走り続ける」

 「なぜ」

 「なぜか。なぜかな……。自分でもよく、わからないや」

 マルファが、顔を上げた。

 シャツをきゅっと掴む手のひらをあやしてから、カードケースを渡す。

 マルファは、素直に受け取った。

 「ただ言えることは……僕は、生きているんだ。だから、止まらない」

 マルファと視線を切り、すっと立ち上がったマルーバは、ゾアの鋭い瞳を真っ向から受けて立った。

 「マルーバ!」

 「!」

 何ものかが、上空から現れて、マルファの握るカードケースを奪い去った。

 「あ、宝石が!」

 「これで五つね。頂いたわ!」

 鮮やかな手口。まるで魔法のように、彼女は残る二つの宝石も握りしめて、遥か上空へと跳び上がった。

 「アリシア!」

 「お疲れ様マルーバ! 最後の宝石も、しっかり見つけてくれたのね♪」

 影が羽を広げた。紙飛行機にも似た人工の翼を広げた彼女は、丸い空を周回しながら高らかに言い放った。

 「待て!」

 「あら、ゾア警部。お仕事お疲れ様! でも自慢の鉄砲もここまで来れば当たらないわ」

 「くそ……!」

 「宝石を手に入れれば、世界中が力に慄いて私は意のまま! ああ、素敵! じゃあねマルーバ! 後はよろしく~!」

 「アリシアさん!!」

 「マルファ! あなたのこと嫌いじゃなかったわ! でもさようなら! 大切に使わせてもらうわ!」

 ひゅん、と、消えた。丸い枠の外へ飛び出した飛行機は、風を頼りにすぐ姿を消した。


 「……ゾア警部」

 「なんだ」

 「時間は?」

 「なに?」

 「今、何時?」

 「四十八分。十一時」

 いつの間にか近くに来ていたイルメアが、答えた。

 「あと十二分。日付が変わるまで」

 「そうか。ありがとうイルメア」

 そういうと、マルーバは、マルファの下へしゃがみ、伝えた。

 「マルファ」

 「マルーバ……」

 「すぐに諦めちゃダメだ。言ったね、あの橋の上で」

 「……うん」

 「待てる?」

 「……。待つ。待ってるわ。あなたを、信じて」

 「……ありがとう」

 音も無く、唇をさらった。

 マルーバは、三歩程歩くと、右手を振った。振り終えた手には、黒いステッキが現れていた。

 そして、跳躍する。

 一瞬で星空に紛れる程高く跳び上がった彼は、満月の中央で黒いマントをたなびかせた後、消えた。



 「ふふふ! 力があるっていうことは、幸せだわ!」

 呟きが、街に注がれる。何者も邪魔しない、平坦な夜空。

 「使わずにちらつかせるだけで、全ての者が私の前にひれ伏す。そうなれば、欲しいモノは全て私のモノ……」

 優雅な風が、グライダーを流していく。

 大きな鳥が悠々と飛び、満月が羽を照らしていた。

 「じゃあね! 水の都!」

 街の中心にそびえる時計塔を過ぎれば、もう目立つシンボルは無い。

 過ぎた瞬間に忘れ去る予定の街に挨拶を交わすべく、大きな時計を一瞥した彼女は、その屋根にたなびく影を捉えた瞬間、下げていた目尻を強張らせた。

 「あ……!」

 黒い鳥は、時計塔を過ぎ去った。

 そして、そのまま進路を変えることなく、突き進んでいく。

 満月には、人影が落ちていた。



 「あ、あったー!」

 「え~! テヴォ、もう見つけたの!?」

 無邪気な手が、木の上で静かに暮らす木箱の中から引き出された。

 その手には、緑に輝く、美しい宝石。

 「テヴォ~! ローゼ~!」

 「あ、お婆ちゃんだ!」

 「イズお婆ちゃ~ん!」

 するすると木の幹を降りていくやんちゃな子供達は、今手にいれたばかりの宝物を掲げて、優しげな瞳の前に差し出した。

 「お婆ちゃん! 見てみて! これ! 今見つけた宝石!」

 「どう!? キレイでしょ!? キレイでしょ!?」

 「どれどれ。ああ、綺麗だねぇ。うん、とても綺麗」

 「これスゴイキラキラしてるー! 僕、机の中にしまっちゃおうかなぁ」

 「だめだよー! こういうのは、別の場所に隠す決まりでしょ! ね、お婆ちゃん、そうでしょ!?」

 「そうだねぇ。それが、しきたりだからねぇ」

 「えー。残念だなぁ~。他の場所に置いたら、しばらくしたら誰か見つけちゃうかもしれないじゃん!」

 「うぅん。でもねぇ、テヴォ」

 「なーに?」

 「また誰かが見つけた時、テヴォと同じくらい、ドキドキするんだって考えたら、どうだい?」

 「あー……。んー……。…………。それなら、いいかも!」

 「じゃあ今度は隠す場所探そうぜー!」

 「探そう探そうー!」

 「ほっほっほ。気をつけるんだよー」

 そんな平和な会話が響く街。

 ディア・セーデの港では、今、一隻の船が出港しようとしていた。

 「おっと……」

 「マルファ様。お足元にご注意くださいませ」

 「あら、船長さん。どうもありがとう」

 白いドレスに身を包んだ老齢の女性が、帽子の広いつばの下から、優しい微笑を覗かせた。

 挨拶に来た船長が、揺れにつられた彼女へ手を差し伸べている。思わず身体を任せたマルファは、椅子に導かれると、ゆっくりと腰を降ろした。

 「ふぅ……。だめね。身体が言うことを聞かない」

 「女王様は、ずっとこの国を守ってこられましたから。無理もありません」

 出航の挨拶が済んだ彼女は、希望した通り、街並みを一望できるデッキに来ていた。特別に設えた椅子は、身体をゆったりと包み込んでくれる。青々とした空と、そよぐ風が、彼女の頬を労わる様に撫でた。

 「ご旅行に出られるのは、いつ振りですか?」

 「そうね。いつ振りかしら。公務では諸国へ出かけることもあったけれど、プライベートでは……」

 「そうですか」

 きゅっと、船長が制帽を整え直した。

 マルファが、瞳を閉じた。海鳥の声が潮風に乗り、海上を賑やかせている。

 「……一度」

 「は」

 「一度だけ、気ままに外へ出たことがあるわ」

 「それは……」

 瞼を開いたマルファが、遠のく街並を眺めながら、言った。

 「私がこの位に着く直前。よく覚えているわ。あの頃の私は、とても、眩しかった……」

 ざざん、と、潮騒が、相槌を静かに打った。

 その静けさは、マルファが落とした言葉を良く知るように、とても深く頷きを伴い、そして消えた。

 「もう五十年以上も前の話よ。それでも私にとっては、大切な思い出……」

 「そうですか……」

 船長も、マルファの視線を辿り、遠くを見つめた。

 穏やかな波は、一刻ごとに小さくなっていく街から、二人を遠ざけていく。

 それでもゆっくりとしているのは、別れを惜しむ彼女達を慮ってなのか。

 「……あの頃は確かに眩しいかもしれませんが、しかし今は、いかがですか?」

 「そうね……。不思議な気持ちだわ。身体は歳を取ってしまったのに、気持ちだけは、全く変わらず、あの頃のまま……」

 「でしたら、やはり、あなたは変わらず、眩しいままです」

 「あら。お上手ね」

 笑い声が響いた。それは、青空にとてもよく合った声だった。

 「それにしても、出航しているのに、操舵室にいなくてもよいのですか?」

 一頻り笑ったマルファが、船長に尋ねた。彼は軽く首を振ると、口元を優しげに和らげて、言った。

 「大丈夫です。私の代わりがいますから」

 「おい、あれはなんだ!?」

 答えた瞬間に、どこからか声がした。その瞬間、マルファを取り巻いていた従者も、思わず視線を彷徨わせる。しかし声が指さした対象はすぐに見つかった。

 「あれ……!」

 「時計塔の上に、誰かいるぞ!」

 マルファが椅子の上から前のめりになり、船長も視線を投げかける。

 彼らが注目する街のシンボルの上に、黒いマントをはためかせる何者かが、まるで主であるかのごとく大胆に、その身を太陽の下へ晒して街を見下ろしていた。

 「マルーバ……!」

 「お知り合いですか?」

 「え、ええ。いえ、そんなはずはないわ。だって、マルーバは……」

 「しばらく前から、消息を立っていますね」

 相変わらず遠くを見ている船長に、マルファは思わず頷いた。

 「そう。怪盗マルーバの名声が聞こえなくなってから、久しい……」

 「でも、あそこにいるのは、マルーバで間違いありませんよ」

 「どういうことかしら」

 相変わらず、船長以外の者達は塔を見続けている。

 しかし、マルファと、船長だけは違う。

 お互いの瞳を交わした後で、船長は帽子を脱ぐと、マルファへ告げた。

 「あなたには隠すことなくお話しましょう。マルファ」

 「あなたは……」

 「はい」


 「私は……。いえ。僕は、マルーバ。元怪盗の、マルーバと申します」


 「マルーバ……?」

 「はい」

 「では、あそこにいる方は……?」

 「『怪盗マルーバ』という名前を継いだ、僕の弟子になります」

 「ああ……」

 マルファが時計塔に視線を戻すと、影はすぐに消えてしまった。

 甲板で驚きの声が上がる。興奮冷めやらぬ様子で口々に予想を立てる声が、一定のリズムを刻み続ける波に交ざり始めた。

 「本当に、あなたはマルーバなのね」

 「そうです。人知れず影を追いかけましたが、あまりに走り過ぎてしまい、ここへ戻ってきてしまいました。…………心配したかい?」

 「もう。どうして私の周りは、勝手な人ばかりなのかしら!」

 「あははは。そうだね。ユニークな人が多かった。短い時間だったけれど、忘れられない……」



 「マルファ」

 「はい?」

 「僕は役目を終えたけれど、君はどうだい?」

 「私。私も、もう終わったわ。後は次の世代に任せるの」

 「そうか。じゃあ、改めて僕たちの時間を、始めないか?」

 「え?」

 船長が、自らの制服を掴むと、勢いよく腕を振った。

 その瞬間白い布が姿を眩ませ、拭い去った後には、老齢の紳士がそこには立っていた。

 「あら……!」

 「どうだい。イカしてるだろう?」

 「ええ。とっても! でも困ったわ。私はもうお婆ちゃんよ?」

 「関係ないさ」

 マルーバがそっと手を握ると、静かにマルファを立ちあがらせた。

 そして手の甲にキスを添えると、

 「失礼」

 「あっ……」

 マルファの背中に手を添え、膝を包み、腕の中へ収めてしまった。

 「おい! 貴様ァ!」

 「何をやっているんだ!」

 「君達。大事な主君から目を離すべきではないな。油断があるぞ」

 「ふふっ……あはははは! マルーバ、あなたは教官に向いているわね!」

 「そうかい? ああ、少し変わったらしい。まあ、悪い気はしないだろう?」

 「ええ。とっても素敵よ」

 それだけを聞くと、マルーバは跳躍した。

 一度操舵室の上で水の都を一瞥してから、猫の如く軽やかに駆け降りていく。

 そして、巨大な船の足元へ着けていた、小型ボートの上に着地した。

 「マルファ様ぁ!」

 甲板から声がする。マルーバの導きにより新たな椅子へ腰を降ろしたマルファは、白い手を振り、よく響く声で告げた。

 「すこし家出します! あとは宜しくね!」

 「おお、お待ちくださいマルファ様ぁ!」

 「おい! 船! ボートを出せ! 早く!」

 甲板が騒然とする。その賑やかさに笑うと、マルーバはボートを走らせた。

 「さあマルファ! どこに行こうか!」

 「そうね! とりあえず、東に向かいましょう!」

 鮮やかな太陽が微笑む。海鳥が揺蕩い、波が祝福を上げる。

 何も遮るもののない大海原を、白いボートが、今、轍を残して駆け出した。

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