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影追いの義賊  作者: zig
2/21

揺れる大広間

 「マルファ様! マルファ様はおらぬか!」

 

 老齢の声が、朝の屋敷中に響く。

 太陽が地平線から顔を出し、夜の終わりを告げる頃。

 小鳥が挨拶を交わすより早く、堅牢なお屋敷は彼の大声に揺すられた。

 「マルファ様ぁ!」

 「なんですかグォルグさん! 朝っぱらから騒々しい!」

 「おお、バーバラ!」

 名前を呼ばれた老執事は、振り返りながら女性の名前を呼びかけた。

 その額には、汗が伝う。

 切れ長の瞳を覆う銀縁眼鏡も光らせて、老執事は返事もそこそこに歩き出した。

 「聞いてくれバーバラ! 姫様が、マルファ様がおらんのだ!」

 「はぁ? なんだって?」

 「だから、マルファ様がおらんのだ! 寝室食堂、庭はおろか、屋敷中どこを探しても見つからん!」

 白い手袋が身振りに揺れる。仕立ての良い燕尾服も、今だけは優雅さを保てない。

 後頭部へ撫でつけられた白髪混じりの銀髪が、耳元から顎先へ、新たに焦りを伝わせた。

 「お手洗い、浴室は?」

 「ああ、いや、まだ見ておらん。いやしかし、食事の時間になっても姿が見えないのは、やはりおかしいのだ!」

 普段より慌てることの多い彼だが、ここまでの取り乱し様は珍しい。

 その雰囲気は空気も震わせ、異常を察した召使達を柱の奥から呼び寄せた。

 「セルディ! コーリア!」

 バーバラの声が、太く轟く。

 「は、はい!」

 「なんでしょうか!」

 「マルファ様が見当たらない! 急いで屋敷中の者に探させな!」

 「はい!」

 「それと、寝室を見ておいで! 浴室は私が行く!」

 ちりちりに縮む赤毛を揺らして、バーバラが二人のメイドに指示を送る。

 妙齢のメイド達は姿勢を正して命を受け、その場から素早く背を向けた。

 「ば、バーバラ……」

 「何をぼさっとしてるんだいグォルグさん! あんたも探しな! 念のため、午前の謁見はキャンセルだよ!」

 「あ、ああ!」

 一目散に駆けていく老執事。それぞれに散らばる後姿に息を吐きながら、バーバラは愛用の箒を再び床へと突き立てる。荒い鼻息。腰へ置かれる、強気な手。

 

 「ふん! まったく、朝から忙しいねぇ!」

 

 どっしり構える門番よろしく胸を張り立つ給仕長は、その大きな身体を揺らしながら、自身も捜索に乗り出した。 

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