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影追いの義賊  作者: zig
18/21

試合までの道

 「はぁっ! ぐっ……!」

 「じっとしてろ」

 呻く声に振り返ると、マルーバの身体が見えた。

 長い両脚を投げ出して壁に横たえる傍に、喫茶店のマスターが跪いている。露わになったマルーバの銀色に光る腕に手を伸ばして、細かい金属音が複雑なパズルを解き明かすように響く。

 「マルーバ!」

 「だ、大丈……あぐっ!」

 「二度も言わせるな」

 追っ手を巻きつつ、なんとか逃げ延びた円形闘技場(コロシアム)の通路。曲線を描く廊下は見えない闇に閉ざされているけれど、ぽつぽつと間隔をおいて差し込む月明かりのカーテンが、松明の代わりに先行きを照らしている。

 そんな中で、私達は休憩を取っている。喫茶店で襲われてから、やっとついた一息。

 「マルファ様」

 「サヤ。どう? 相手の様子は」

 「まだ姿は見えません」

 「そう……」

 うなだれる私に、またマルーバの耐える悲鳴が聞こえてきた。けれど、それは最後の我慢だった。

 「終わりだ。応急処置だがな」

 「あ、ありがとう。マスター」

 「礼はよせ。とりあえずの処置だ」

 「終わったの?」

 「ああ、マルファ。ごめん。ちょうど終わった」

 お昼に見た笑顔より苦しそうだけれど、つかの間訪れた安心にホッとして、笑う。

 「マルーバ、本当にサイボーグだったのね」

 「まあ、右足と左腕だけね」

 「あと諸々だろう。幸い、おかげで軽傷だがね」

 マスターが煙草を吸おうと口に挟んだところで、やめた。

 「あーーー。煙草吸いてぇ」

 「師匠。禁煙していなかったんですか」

 サヤの砕けた言葉。あまり耳にしたことが無くて、新鮮。

 「したよ。したが、駄目だな。姫さん。これ以上値を上げないでくれないか? 老後の楽しみが減る」

 「それは私が決めたことじゃないの。ごめんなさい」

 「そうか。じゃあ担当するヤツに言っといてくれ。世知辛いってな」

 そんなことを話していると、マルーバが身を起こそうとしたので、近づいて背中を支えた。

 冷たい。抱えられていた時は気づかなかったけれど、確かに金属質な感触が所々にある。そして、はだけた上半身の前側にも、それは現れていた。

 「大丈夫? マルーバ」

 「大丈夫大丈夫。ほら、もう動くよ」

 確かに、左腕が持ち上がった。少しぎこちないけれど。

 「よかった。本当に……」

 彼の首元に頬を埋めると、そこには優しい温度があった。


 「!」

 バサバサ、と羽ばたく音が響いて、すぐに一羽、白い鳥が、廊下の向こう側から器用に飛んできた。

 そして止まる。マルーバのふとももに。

 「これは……」

 「伝書鳩?」

 足元に、紙がくくりつけられていたけれど、一番目を引いたのは、口に咥えた小さな籠だった。

 取っ手の部分が紐で出来ている。

 マルーバが紙と籠を受け取ると、すぐに鳩はどこかへ行ってしまった。

 「……」

 「なにが書いてあるの?」

 たまらず問いかける。すぐに答えてくれた。

 「……アリシアからだ」

 「アリシアさん?」

 籠をひっくり返すと、ころんと、桃色の宝石がマルーバの左手のひらに転がりおちた。お互いに固いので、カランと音が響いた。

 「『ローズ』だ」

 「そうね」

 「おい」

 まじまじと見つめたところで、マスターが声をかけてきた。

 煙草が、所在なさげに上下している。

 「話が見えん。一度整理したい」

 「師匠」

 「巻き込まれた身なんだ。我儘くらい許せよ」



 「まず、僕だ。僕は依頼を受けて、この国、ディア・セーデを訪れた。依頼内容は……」

 「話してもいいのか?」

 「秘密にしろとは言われてないからね。大丈夫。依頼内容は、この国に五つある宝石を、一つ、出来れば四つ、回収すること」

 「五つではないのか」

 「五つじゃない。意図はわからない。そして期限は今日の真夜中までだ」

 「あと数時間しかない」

 サヤも、加わった。

 「まあね。そこは何とかする。で、今僕、いや、僕達が手に入れたのは、青と緑の宝石。そして……」

 「桃色の、『ローズ』ね」

 「そう」

 「なるほどな。で? なんで桃色が手に渡ったんだ?」

 マルーバが黙考した。けれどすぐに、考えを口にした。

 「……伝書鳩の差出人は、アリシアだ。彼女の考えは、僕にはわからない」

 「あれだけ仲が良さそうだったのに?」

 聞くと、マルーバは肩をすくめた。

 「アリシアは嘘をつくからね。真意は後になってからわかることが多いんだ。でも文章をそのまま受け取るなら、彼女は彼女で宝石を狙ってこの街に来ていたらしい」

 「ということは……」

 サヤが呟いた。

 「……ゲームに負けたから、宝石をマルーバに渡した?」

 「どういう理屈なんだ。さっぱりわからん」

 「僕と彼女は同業者だ。狙う獲物が同じなら、勝負する相手と考えても不思議じゃない」

 「……その推測は、恐らく当たっているわ」

 「マルファ」

 「マルーバ。あなたに依頼が渡ったのは、力が戻り始めている宝石を狙う輩から守ってほしかったからなの」

 「マルファ様!」

 「いいの。サヤ。隠すことは無いわ」

 「マルファ。君は……」

 「そう。依頼を出したのは」

 「おっと。ここまでだな」

 マスターが、口を挟んだ。明後日の方向を見て、睨み付けている。

 「そのアリシアという女、中々腹黒いな」

 「ああ、そうなんだよ。要注意人物なんだ」

 「マルファ様。お下がりください」

 「サヤ」

 「鳥が飛来した向こう側から、何人もの足音が聞こえます。恐らくは、後をつけられたかと」

 「おいおい。表現が甘いな。後をつけさせた、だろ?」

 皆が黙った。その静寂に耳を傾けると、ようやく私にも、微かに気配を感じることが出来た。

 「どうするね?」

 マスターがマルーバを見やると、マルーバは義手を握っては開いて、程度を確かめていた。

 「僕はいける。この感じなら、素手で戦う」

 「そうか。嬢ちゃんは……言うまでも無いな」

 しゃらん、と、抜き身になった白刃が舞った。

 「私には、コレがある」

 「あとは、姫さん、か」

 話している合間にも、どんどん足音は大きくなってきた。

 声も聞こえる。外の様子が、明るさを帯びてきていた。

 「はた迷惑な奴らだ。俺の喫茶店を蜂の巣にした礼をしなきゃならん」

 そういうとマスターは、年季の入った手の甲に銀色の手甲をはめ始めた。

 銀色に輝いて、怪しげに輝いている。確か、メリケンサックだったか。

 「僕は一応彼らのおかげで命を救われたけど、マルファを危険な目に晒したことだけは許せないね」

 マルーバも、立ち上がると義手を素早く突き出した。

 「私も、お嬢様を守る使命がある。手加減は無い」

 サヤも、白刃に闘志をみなぎらせた。

 私は、服のうちにぶら下がる宝石を、握りしめた。

 「おい。どうせなら、真っ向から叩き潰すか」

 「マスター」

 「ここは闘技場だ。試合場に出れば、死角は無い」

 「かわりに隠れる場所もありません」

 「だがな。面白いだろう? 中央に姫さん。周囲に三人の戦闘狂」

 「いいわ。こうなったら、とことんやってやろうじゃない」

 「マルファ。もしかして君って、結構熱血?」

 「もちろん。正々堂々が私の矜持。マルーバ。サヤ。そしてマスター。私はキングではないけれど、私の手となり足となり、宜しくお願いするわ」

 「承知致しました。お嬢様。怪盗、お前は専門外だろう。黙って見ていろ」

 「悪いけどね。サヤさん。マルファを傷つけようとした奴らの頬に一発見舞うまで、僕は降りる気はない」

 「熱いねぇ。それじゃ、行こうか」

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