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影追いの義賊  作者: zig
16/21

決壊

 「あ、やった! あったわマルーバ!」

 「やったね」

 どこにでもありそうな、広場の木の上。

 小鳥の巣箱を覗き見た私は、幹を挟んで向こう側にいるマルーバへと笑いかけた。

 「これで宝石は二つだ。僕が持つ青と、その緑」

 「うん! やったわ! ああ、凄い達成感!」

 アリシアさんと別れてから。マルーバが持っていた暗号の書かれた紙をひも解いて、ついに私は宝石を見つけた。

その色は高貴さをたたえるエメラルドで、透かしてみると、周囲の景色が神聖な緑色の海に沈んでしまった。

 「うふふ! 宝物を探すって、こんなに面白いのね! 私、少しだけわかった気がするわ」

 「そうだろ? こんな興奮、他には冒険者やダイバーくらいしか味わえないと思うな」

 「そうね……きゃあ!」

 「マルファ!」

 頷いた途端に、バランスを崩した。

 マルーバに伸ばした手が、空を切る。マルーバも伸ばしてくれたけれど、すぐに重力に掴まってしまった。

 「きゃああああ!」

 まずい!

 そう思って目を瞑った瞬間、すぐに柔らかい何かが私を受け止めてくれた。

 「……?」

 「大丈夫?」

 「……。あなたって、本当にすごい身体能力しているのね」

 「あはは。それだけが取り柄だから」

 なんてことないように降ろされた私は、大げさなリアクションをしてしまったことに照れながら、佇まいを直した。

 「まあ、えっと、とりあえず、ありがとう」

 「どういたしまして。あ、カフェがある」

 「あら。ほんとね」

 「休憩していこうか」

 どうしようかな。

 と思ったけれど、フローリアからくねくねとうねる道をいくつも進んできたし、いいかもしれない。

 次に至れば次の道を示す宝探しは、カフェ、井戸の近く、誰の目にも入らないような一本道の突き当り、ゴンドラでしか取りにいけない橋の下なんてひっそりとした場所まであった。

 スニーカーを履いていたからまだ全然気にならないけど、休んでもいいかもしれない。

 「いいわ。行きましょう」

 

 同意して、入った。

 カランとベルが鳴る音がして、マスターから声がかけられる。

 「あっ」

 そして歩きながら店内を見渡した時、三人同時に同じ声があがった。

 「やあ。奇遇だね」

 「貴様! マルファ様!」

 「サヤ。あなたも来てたの?」

 椅子が、がたん! と音を立てる。

 一瞬あれば抜かれそうなカタナが、サヤの手の中でマルーバを睨む。

 「ま、待ってよ! ここは店の中だろ!?」

 「問答無用! 今すぐ――」

 「嬢ちゃん。やめろ」

 両手を胸の前に掲げて無抵抗を示すマルーバを救ったのは、意外にもマスターだった。

 初老の、鷹の目のように鋭い眼差しをしている。それはサヤを背中から射抜くようだった。

 「しかし!」

 「俺の店を血だらけにする気か」

 「それは……」

 一回、二回、後ろと前をサヤが見る。

 そして、そろそろとカタナが降ろされた。

 「あ、ありがとう」

 「お前に言われる筋合いはない!」

 「パフェ食べてたの? 意外ね」

 「わ、私は、甘いモノ好きなので……」

 「一緒してもいいかしら?」

 「あ、か、構いません。失礼しました」

 一度立ち上がるサヤに促されるまま、私とマルーバは円卓を囲むように席に着く。

 ちゃっかり座ったマルーバは、私と同じエスプレッソと、チョコレートケーキを注文した。私はショートケーキ。

 「てっきり街中を走り回ってるのかと思ったわ」

 「そ、それは、していたのですが、なにぶん私は方向音痴なものですから……」

 「あ、じゃあウロウロしてたら疲れてきて、気分転換にこのお店に入ったというわけか」

 「言うな! たたっ切るぞ!」

 「サーヤ!」

 そんなことを言ってたら、ことんと、マスターが直々に置いてくれた。

 「わ! 美味しそう~!」

 「俺の特製ケーキだ。美味いぞ」

 「頂きます」

 ぱくつくと、本当に美味しかった。

 「ゆっくりしていけ」

 それだけ言うと、マスターはこつこつとカウンターまで戻ってしまった。

 「渋いわね。あの人」

 「そうだね。それに物腰もすごく――」


 ぴたっと、マルーバの言葉が止まった。

 驚いた後で、サヤを見ると、彼女も張りつめた表情をしている。

 「え?」

 「マスター。ここの喫茶店、かなり丈夫かい?」

 「ばかいえ。普通の一軒家だ」

 「えっ? えっ?」

 戸惑っていると、サヤが呟いた。

 「お嬢様。お遊びは、ここまでのようです」

 「どういう――」

 

 カラン。


 扉が開いた。私の右側、ちょうどマルーバの後ろ側を、新しく入ってきた人が歩く。

 「いらっしゃい。二人か?」

 「そうだよ。二人。イルネアと、ゾア」

 マスターの声に、男の人じゃなくて、一緒についてきた子供の声が返す。

 男の人は席に着くことも無く、マルーバの真後ろで立ち止まると、徐に向きを変えてこちらを見据えた。

 というよりも、マルーバの背中に。

 「……久しぶりだな」

 「……そうだね。元気にしていたかい?」

 「ああ。おかげ様でな」

 マルーバの顔から、余裕が消えている。

 いつもたたえていた微笑が消えていて、それがあまりにも印象的で、私は、顎に滴る一筋に気づくのに、時間が掛かってしまった。

 「座ったらどうだい?」

 「いや。その必要は無い。用事はすぐに終わる。お前という存在と一緒にな」

 チャキ、と、嫌な音がした。

 ゾアという男の人が、マルーバの背越しに腕を曲げていた。

 「ここでかい? 外でやろうよ」

 「俺は場所にこだわらない」


「そこまでだ」

奥からマスターの声が響いた。

そしてまた、カチャリ、と音が聞こえる。見るとライフルを構えて、男の人に狙いを定めていた。

「俺の店で勝手なことをするな。銃を降ろせ」

「……公務執行妨害で、パクるぞ」

「関係ない。ここは俺の店だ。それに弟子がいるんでな。見過ごすわけにはいかない」

「彼女、弟子?」

「そうだ。そこで長い刃物を持っている奴だ」

場違い過ぎるほど無邪気な声。背筋が震えた。

「お前さんが銃を降ろして、素直に俺のコーヒーを飲むなら注文を聞いてやる。どうだ?」

「……悪いが、俺は取引には応じない」

「変わらないね。その融通が効かないところ」

「お前が融通を効かせ過ぎているだけだ」

トッ、と、音がして、マルーバの頭が微かに動く。

首に、当てられたことが、私にもわかった。

「マルーバ……!」

「大丈夫」

マルーバは、ふっと笑ってくれた。

そして、すぐに顔を戻して、後ろに話しかける。

「この子はこの国のお姫様だ」

「なに?」

「逃がしてくれないか?」

逡巡。長くて、短かった。

サヤの固唾を飲む音だけ間に挟んだそれは、すぐに終わりを迎えた。

「ダメだ」

ハッとして、ゾアを見た。

サングラスの奥に光る瞳が、暗い。

「目の前に起こる全ては平等だ。中途半端は俺が許さない。泥棒でありながら弱者に味方するお前という存在は突き詰めればただの盗賊だ。一国のお姫様かもしれないその娘も、逮捕する為の犠牲となる一という数字の前には、なんら変わりがない」

「なんだと!」

サヤ。

「ふざけるな貴様!」

「長すぎ。話が」

子供、イルネアの声が、最後の静寂を招き寄せた。

「……決裂か」

「違う。もとから話などしていない」

「マルーバ!」

「マルファ」

「生きて!」

「お嬢様!」

「!」

ガオン、と鉄の咆哮が響いたとき。

私は、信じられないほど緩やかに、目の前の景色が崩壊していく様を、ただただ見ていることしか出来なかった。

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