船主、停留所にて
川の隅へ停まった水上バスから、数十人の乗客が降りていく。
渡された木の板をぎし、ぎしと踏みながら、ハンチングを被った老人、女性に手を引かれて歩く子供まで、笑顔で船を後にする。
そして、全ての乗客が降り、船主が係船柱にかけた縄に手をかけたちょうどその時、一人の男が彼に声をかけた。
「すまない。ちょっといいか」
「あ? なんだ?」
屈んだ船主が顔を上げると、長身の男が覗き込むように立っていた。
「船ならすぐ出るぜ」
船主はそっけなく言いながら、ロープを掴んで立ち上がった。
男の身長は高い。船主より頭一つ分はある。
男は全身が黒く染まっていた。細身にぴっちりとあう、光沢を放つ革。
健康的に日焼けした顔には、大きめのサングラスが掛かっている。そして、硬そうな髪。まるで鬣のように逆立つ黒髪は、男の武骨さを表すようだった。
「二人分なら、四百クレッゾな」
「安い。意外と」
真一文字に閉じた唇には、煙草が斜めに刺さっている。
しかしその煙草が揺れる前に口を開いたのは、男の足元にちょこんと立つ、小さな子供だった。
青いオーバーオールに、白いクルーネックシャツ。
その頭には、先程の老人が身に着けていたものよりも頭が大きく膨らんだ、薄茶色のハンチング。
日差しから守られる顔には、控えめな笑みが浮かんでいた。
「そうだろ? ここいらじゃ結構良心的なんだぜ?」
「乗るかどうかは、これから決める」
低く、響く声が、煙草を咥える口元を揺らして発せられた。年相応の、青年期は超えたらしい声だった。
「ここに、少女を連れた長身の男がこなかったか? 俺と同じくらいの奴だ」
「あー。来たよ。橋の上から乗車してきたな」
「来たんだ。二人」
「来たな。すぐ後に長い刃物を持った姉ちゃんも飛び乗って来たがな!」
ガッハッハ! と笑い飛ばす船主を余所に、男と子供は顔を見合わせた。
「どっちへ行った?」
「あん? 中心へさ。この川をずぅーっと下ってったんじゃねーかな」
「乗らなかった。最後まで?」
「ああ。すぐに水上バイクに乗った姉ちゃんと一緒に、男とその娘はドロン! よ」
ふむ、と考え込んだ男の足元を、子供がくいくいとつまんだ。
「行こう? 川下」
「そうだな」
「おう。決まりか?」
船主が確かめると、男は頷いた。
「乗ろう。いくらだ?」
「もう言った。四百クレッゾ」
「おうそうだ。なんなら六百でもいいぞ」
「四百だ。親父。その中心まで、頼む」
言うと、子供がポケットから小さな財布を取り出し、お金を手渡した。
「あいよ! ちょうど四百! 快適な旅へご案内っと!」
「ぶい。よろしく」