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影追いの義賊  作者: zig
14/21

約束の明暗

 「さて。お昼も済んだところで、本題に入りたいわ」


 サンドイッチ、マルガリータが乗っていたお皿はウェイターによって下げられた。

 役目を終えた食器から目を離しつつ、マルファが口を開く。

 「本題?」

 「ずいぶん間が開いてしまったけれど。マルーバ。あなたは一体、何者なの?」

 マルファが視線を送る。

 マルーバは、アリシアと顔を見合わせた後で、マルファに向き直った。

 「うん。嘘をついたお詫びに、正直に言うよ。僕は、泥棒だ」

 「正確に言えば、怪盗ね」

 優雅にコーヒーカップを口元へ運ぶアリシアが、呟きを添えた。

 「怪盗……。そう。やっぱりあなたは、怪盗マルーバだったのね」

 ふう、と、ため息がマルファの口から洩れた。

 外は先程から変わらず平和に喧騒が流れていく。

 少し傾いた太陽が、風景を穏やかに明るく照らしている。

 マルーバは、ふと視線を落とした後で、すぐマルファを見つめた。

 「……知ってるわ。怪盗マルーバ。泥棒でありながら正々堂々盗みを働く、貴族の天敵……」

 「あれ。僕、そんなかっこいい呼ばれ方してるの?」

 「まあ、ね。新聞と噂に聞くだけだから、お伽噺のように思っていたけれど。そう、あなたが……」

 まじまじと、マルファがマルーバを見つめる。

 その瞳は大きく開かれていて、マルーバは頬を指で掻いた。

 「あっと……。まあ、そうなんだ。実際には貴族に狙いを定めてるわけじゃないけどね」

 「そうなの?」

 「うん。僕はね、もちろん依頼を引き受けることもあるけれど、それは痛い目を見せたいとか、そういうんじゃないんだ」

 「じゃあ、貴族に対して憎しみを持っているとかではないってこと?」

 「うん。お宝が悪用されないようにとか、不当に取り立てている輩とか、そういう人達だけを狙う」

 「特殊なのよこの人。私たちの界隈でも」

 アリシアの言葉に、マルファはつい、尋ねた。

 「アリシアさんは違うの?」

 「私は義賊なんて面倒なことしないわ。欲しいモノは盗む! 正真正銘の泥棒よ」

 「なのに仲良くしてるの?」

 「まあ……。パートナー、かな? 仕事のね。もちろんこうしてお茶も飲むけどね」

 「マルファ。あなたの立場からするとオカシイのかもしれないけど、私達からすれば、この稼業は立派な仕事なのよ」

 ちらり、マルーバへ目配りしたアリシアが、存在感ある金髪を後ろへ流しながら続ける。

 彼女の後ろ、遠い位置からでもアリシアを指差す男達を視界に入れながら、マルファは聞いた。

 「盗みが仕事。元から道理を曲げているのに、お互いのやり方へ口を出すのも野暮だと思わない?」

 美女が、ウィンクを贈る。

 贈られたマルファは、先程よりぽかんとしながら彼女を見つめた。

 「そういうわけで、いろんな泥棒がいるのさ」

 「で。たまには手を組んだり、時には同じモノを狙うライバルってわけ」

 「ふぅん……。結構アバウトというか、複雑なのね」

 「そうでもないさ。比較的自由ってだけだよ」

 「そうね。どう? あなたには受け入れられない話だったかしら」

 アリシアが言い、マルーバが黙る。

 二人の泥棒から向けられた視線に、マルファは、カフェオレを飲み、そして答えた。

 

 「……そうね。誰かのモノを奪うなんて、いけないと思うわ」

 カップの中でさざめく波が、マルファの表情を揺らす。

 言葉にすれば意外なほど広がる波紋の後で、マルファは口を開いた。

 

 「でも、マルーバ。私は、あなたの姿勢に、共感を覚える」

 「僕の姿勢?」

 頷いた後で、続けていく。

 「いつでも、正々堂々と立ち向かうこと。あなたは必ず予告状を出して、日付、時間、盗むと宣言したもの。全てにおいて裏切ったことがないと聞くわ」

 「それは、真実よ」

 風が、アリシアの座る方角から吹いた。

 そよ風のようでいて、確かだった。

 「彼は、そういうところで裏切ったことはないわ。逆に言えば、凄いことよ」

 風に、頷く。

 マルファは、続けた。

 「私の信条は、いつでも正々堂々。嘘をつかず、隠れもしないわ」

 「いいね」

 「だから、あなたには一度、会いたいと思っていたし、憧れもしていた……」

 「……そうか。なら僕は、君には、名前を偽るべきではなかったね」


 沈黙を埋めるように、思いがけず鐘が鳴った。時計塔の鐘だ。

 街中に時を告げる音が響き渡る。すると、マルファ達の周りが、椅子と机を持ってガタガタと動き始めた。

 「あ……」

 「影追いだね」

 慌ててマルファが立ち上がると、マルーバ達も動きを同じくして、それぞれに持てるだけの食器と椅子を手にした。運びきれない机や椅子は、ウェイターが後から運んでくる。

 いつのまにか太陽はマルファ達を照らし始めていた。

 逃げる影を追うように、全てのテラス席が影の中へ避難していく。

 「そう。僕らも、こういう感じで動くんだ」

 「え?」

 「これはワインの風味を損ねない為だけど。影に乗じて仕事を成す僕たちは、次へ、次へと街を移ろう」

 「マルーバの場合は、影というよりも、闇かしら? 陰謀渦巻く現場とか、多いじゃない?」

 「あはは! それはいいね。かっこいいなぁ!」

 マルファが見るマルーバの背中は、先程よりも少しだけ、大きく見えた。

 仕事仲間と会話に興じる横顔が、ふと、振り返る。

 マルファを見つめる優しい瞳は、そのまま、一層の笑みを浮かべた。

 「これが僕たち。いや、僕の姿だ」

 影が、ちょうど二人を分かつ。

 陽だまりの中、輝く少女と、暗い影に佇む青年。

 そのどちらもが自分を卑下することも無く、また偽ることも無く、正面から視線を交わし合っていた。

 そして、つと。

 マルファの口が、動いた。

 「……あなたは確かに、私へ嘘をついたわ」

 「うん。ごめんね。悪いことをした」

 「それは、もう、いいの。小さなことだし、最初から、全然」

 「うん」

 頭を振るマルファは、それでも、視線は逸らさない。

 毅然と見上げる先には、視線を受け取る瞳があった。

 「あなたはさっき、私を知りたいと言ったわ」

 「言った。確かに僕は、君のことを知りたくなってしまった」

 「そう」

 一歩、踏み出す。

 「そして、それは、私も同じ」

 スニーカーが、境目を、無くす。

 「あなたのことを、もっと知りたい」

 「マルファ……」

 「だから、私も一つ、嘘をつくわ」

 「いいのかい? ……いいか。君の、自分の意思だからね」

 マルファは、頷いた。

 「私は、この街。水の都、ディア・セーデの街娘。マルファ」

 また、一歩。

 マルーバの目の前に立つ彼女は、全身、影の中へ進み出た。

 「なら僕は、君に対して、もう一切嘘をつかないと、誓おう」

 傍らに椅子を置き、自身と、マルファから受け取ったカップも座部の上に預けたマルーバは、マルファの手を取りながら歩き、光の中へ身を置いた。

 そして傅く。影から伸びる手に口づけをした彼は、マルファを見上げると、再び微笑んだ。

 「これで、おあいこね?」

 「そうだね。おあいこだ」

 確かな言葉。交わした後で、どちらともなく、笑い出した。

 開かれた声が、青空に飛んでいく。周囲の人は不思議そうに見つめる中、二人だけが愉快に笑い続けていた。

 「もう。二人してそんなふうに世界に入らないでよ。恥ずかしいったらないわ」

 外から見つめている美女だけ、呆れた視線で見つめながら。

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― 新着の感想 ―
[一言] うーん。影の移ろいと併せて、かっこいい描写でした。
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