風爽やかなテラス席で、お話を
服を選び終えたマルファとアリシアがフローリアへ訪れると、テラス席にマルスはいた。
「お待たせ」
「ああ。……おおっ? へえ、全然違うね!」
口元に運ぶ寸前まで来たカップをテーブルに戻しながら、マルスは微笑んだ。
「……変かしら」
「そんなことない! すごく似合ってるよ」
「良かったわねマルファ。似合うって」
マルスの言葉に頬を染めたマルファが、隣で微笑むアリシアを見上げた後、更に赤くなりながら俯いた。
白い靴底に、藍色が広がるスニーカー。編み込まれた白い靴紐が、小さな足元を明るく照らしている。
そこから伸びる眩しい足はミニスカートが包む腰元まで伸び、赤いフレアによってふわりと周囲を鮮明に彩っていた。腰から上は黒白を細かく刻むボーダーシャツを着こんでいるが、上に羽織るデニムジャケットが引き締める。
「シルクハットにも色を添えたのかい?」
「ええ。露店にいい感じの雑貨があったから」
マルファの頬と正反対に純白を留めるシルクハットの根本。
黒いラインの淵に、一つ、満開のひまわりが笑顔を咲かせていた。
「動きやすく、かつ可愛く。追われる身なら、準備しておかなきゃ」
言いながらアリシアは、円卓に備わる椅子の一つを引いた。マルスの左隣で、あと二つ空いている。
マルファが遅れてマルスの右側に座った。マルスが見計らうように手を上げると、ウェイターが静かにやってきて、彼女達から注文を聞いた。
「カフェオレが二つですね。かしこまりました」
「よろしくね」
律儀に頭を下げるウェイターに、マルスが声をかける。
微笑が似合う給仕は、一際目元を細ませて、軽やかに去って行った。
「さすが格式あるお店ね。従業員もいい感じ」
「そうだね。マルファはこういうお店、よく来るの?」
「そうね。たまに来るわ。もっとも、テラス席なんて滅多にないけど」
そんな会話を流していると、間もなくカップが二つ、運び込まれてきた。
薄茶色に煌めく水面から香りを堪能して、口元へ。
すると、甘く、しかし微かに苦みを伴う味が、舌全体に広がった。
「おいしい!」
「うん。素晴らしいわ」
舌鼓を打つ二人を眺めるマルスが空を見上げると、ちょうど、時計塔から鐘の音が響き渡った。
「……さて。マルファ」
「うん?」
頃合いを見計らったマルスが、口を開いた。
「まずは、面倒なことに巻き込んでしまって申し訳ない。悪かったね」
窮地を脱した時よりも目元を改めて、マルスが言った。
マルファは、ゆっくりとカップをソーサーに戻しながら、頷く。
「いいえ。私も事情があったから、いいの。というより、ほぼ私のせいみたいなものだし……」
帽子の下から覗く瞳が、伏せた。カップを摘む両手が、寂しげに動く。
しかしすぐに視線を上げたマルファは、マルスの顔を正面から見据えた。
「でも、どうしてあなたは、私を助けたの?」
マルファの言葉が、空気を伝った。
アリシアが、行き先を見届ける。
一口、ゆったりとカフェオレを飲み込んだマルスは、かちりとカップを置くと、返した。
「こういうと、信じてもらえないかもだけど……」
言葉を切った後、マルファのカップを見続けた視線を上げて、マルスは続けた。
「一目見て、気になったんだ。赤い風船を掴んだ、君が」
アリシアがマルファを見やる。大きな瞳が、ぱちくりと、音を立てて瞬いた。
「まあ、後は話してて寂しそうだなーとか、よく見たら君を狙う不特定多数の怖い人達がうじゃうじゃいたとか、そういう諸々な理由もあるんだけどね!」
ぱちくり。
今度はマルファだけでなく、アリシアも瞬いた。
一転お気楽な笑顔を取り戻したマルスが、陽気に言葉を連ねていく。
「いやぁー。そんな状況で君から離れることなんてできないだろ? 僕はまぁ、この通り頑丈な身体があるわけだし、君は風船を取ってあげた優しーい子なわけだし」
「う、ううん……」
そこまで言われたマルファは、アリシアに視線を投げた。
ため息をついたアリシアは、間を仕切るように割って入る。
「はいはい。それはわかったけど。あなた、どうして名前を偽ったの? マルファ、気にしてるのよ」
「あ、ああ! そう、それも謝らないといけないんだ! ごめんね! この通りだ!」
ぱん! と顔の前に両手を合わせたマルーバは、頭を下げながら謝罪した。
「じゃあ、本当の名前は、マルーバ、でいいのね?」
「そう! 僕、本当はマルーバっていうんだ」
「どうして偽名を?」
「僕は本名でも気にしないんだけど、知り合いから勧められててね。それに、マルスって高貴な名前っぽくて、カッコイイだろう?」
会心の笑みを浮かべた男は、嬉々としてカップを持ち上げた。
「どちらかと言えば……ねぇ?」
「そうですね。マルスは……マルーバ、が似合うかなぁ」
アリシアは呆れた笑みを、マルファも苦笑いを浮かべてしまう。
「あれぇ!? そうなの!?」
今度はマルーバが目をぱちくりさせながら、首を突き出した。
「あなた、高貴なイメージじゃないもの」
「うぇー。ひどいなぁアリシア」
「はあ。聞きたいことがいっぱいあるのに、全然話が進まないわ」
首を振りながら、マルファがひとりごちる。
そんなマルファを労わるように、数羽のハトが、日陰から明るい青空へ向かって、ばさばさと羽ばたいた。