街中カッフェへ至る道
「いやぁ、本当に助かったよアリシア。ありがとう」
川を下り、一度海へ出たバイクは、そのまま進み続けてある停泊所に止まった。
「どういたしまして。それにしてもどうしたの? あなたがここにくるなんて思いもしなかった」
「まあ、仕事でね」
歩く二人分の足音に、一人分が追加された。軽快な足音を鳴らして、左右の足が前後する。
腰まで届く金色の長髪が、揺れた。若干カールを纏う毛先には品が漂い、ビキニの黒色が白い素肌を引き締める。
道行く人々が振り返る程の輝きは、腰元に巻き付けたライトイエローのパレオが健全に灯す。
「そう。仕事なら仕方ないわね」
今は港から離れて、市街。喫茶店やガラス細工店、果物屋などが並ぶ道中を三人で歩いていた。
「ところで、こちらのお嬢様はどなた?」
かつ、と足が止まった。アリシアがマルファの顔を覗き込みながら、マルスへと尋ねた。
「あ、ああ。どたばたしてて紹介が遅れたね。こちらは……」
「マルファです。先程は、ありがとうございました」
裾を上げて、マルファはお辞儀した。
「あら、ご丁寧に。私はアリシア。マルーバのお友達よ」
対するアリシアは、腰に手を当てたまま微笑んで返事をした。
「マルーバさんのお友達に会えて、光栄です」
言いながら、十分過ぎる笑みをたたえるマルファが、アリシアを見上げる。
二人の挨拶を間近で眺めていたマルスは、頬から顎に一滴の汗を流しながら、声を上げた。
「あ、あー。ふ、二人ともどうかな? 立ち話もなんだし、この先のカフェにでも行かない?」
「カフェ?」
アリシアの問いかけに、マルーバは続けた。
「うん。行きたいと思ってたんだけどね。カフェ・フローリア」
「フローリア……。あの時計塔の下にある、老舗よね」
「さすがはアリシア。その通り」
アリシアが見上げた視線につられると、マルファ達も青空の一角に時計塔を認めた。
左右にそびえる建物がぽっかりと道を開けた青空に、鋭利な三角帽が茶色く浮かんでいる。下には、巨大な時計が一面だけはめ込まれていた。
「いいわ。お昼も兼ねて、マルーバさんには色々と聞きたいことがあるから」
「あの、マルファ? 笑ってるけど、目が怖い。目が」
「あら。マルスさんは冗談がお好きですものね。表を裏と言ってしまう癖でもおありなのかしら」
面白がるマルファが首を突き出す一方で、マルスは胸の前に両手を広げて後ずさりする。
その様子を笑って見ていたアリシアは、しばらくして彼女達の傍に近づくと、ぽん、とマルファの肩へ手を置いた。
「ひあっ!? なんですか!?」
「マルファちゃん、だっけ? お茶も良いけど、その前にお色直ししましょ?」
「えっ?」
「マルーバ。あなたどういうエスコートしてるのよ。彼女の服、汚れてるじゃない」
マルファの肩口からジト目を送るアリシアは、不甲斐ない優男に一言告げた。
実際、彼女の服は後ろの腰回りに土埃がついていた。ワンピースが白いせいで、よく目立っている。
「あ、ごめん。さっきの橋のところかな。後ろに詰まったもんね」
「あ、で、でも、それはマルスのせいじゃないし……」
「いいの! どちらにしてもそのままじゃ嫌でしょう? さ、ショッピングに行きましょ!」
「あ、の、い、いい?」
左手を軽やかに引かれたマルファが慌ててマルスに聞くと、マルスは笑顔で答えた。
「いいよ。僕は先に席を取っておくから、ゆっくり選んできてよ」
「本当ね? 逃げちゃダメよ?」
「だーいじょうぶ。約束だけは守る男なんだから」
「ひ、引っかかるなぁその言い方!」
気心知れたやりとりが、マルファの頭上で交わされる。
マルスと距離を離していくマルファがアリシアを見やると、果物屋が投じたリンゴを手に収め、優雅なウィンクを返している最中だった。