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城塞都市へ


 壮年の騎士は、「ゲルド」と名乗った。

 まだらに白髪の混ざった頭に片目眼帯、顔中が傷だらけだ。歴戦、という雰囲気が伝わってくる。一行を指揮している隊長なのだろう。

 シクラナのフォローのお陰で、ゲルドとのコミュニケーションは順調だったと言える。どうやらゼイナルさんはこの国の軍に対して影響力を持つ人物だったらしく、俺たちに便宜を図るよう封蝋付きの書簡にしたためておいてくれたようだ。


 謎の巨大機械生物に襲撃された街の復興作業を少し手伝ったのち(ちなみに、機械生物は死後急激に腐食を始め、最終的には全てサビと化してしまった)、俺たちは青マキナ集団半数と共に、近隣にあるらしい大きな街へと向かうことになった。

 半数を残すのは復興の為か再襲撃を懸念してのものか、言葉が理解できないのでそこまではわからない。ただ、青いギガントマキナは俺たちと共にくるようだった。共にくる、というのも何か変か。彼らにとっては駐屯地への帰投なのだろうから。

 青いギガントマキナを先頭に、一列となって土煙を上げている俺たち。街道がやけに広いと思っていたが、こうしてマキナが行軍する為に整備されているのだろう。


 俺たちの立場は、元の世界で言う警察の任意同行に近い状態なのだろうが、ゲルドは俺たちに対して終始にこやかだ。自然、こちらの警戒心も解けていく。

 馬車に馬の歩調を合わせたゲルドが、御者台のシクラナと話をしている。シクラナがときおり笑うのを、俺はウィンクルムのコクピットから見ていた。



「まだかのー、まだ着かぬのかのーミチカズよ」


「馬車に合わせてるからな、時間は掛かるんじゃないか? なんだよ疲れたような声を出して」


「疲れたんじゃわい」


「ウィンクルムも疲れるのか!?」


「肯定じゃよ。疲れるぞ? 特に最近荒事の連続だったからの。わしはエネルギーが低くなると意識レベルが低下してしまうらしいのじゃ、これは人間でいう『疲れ』と似たものであろうよ」



 確かにそれは疲労みたいなものだろう、俺は小首を傾げた。そう言えば聞きたいことがあったのだ。



「ところで、ウィンクルムのエネルギーってなんなの? どうやって補給すればいいんだ?」


「エネルギーはナノエネルギーじゃな」



 ウィンクルムは、「うむ」と自分で頷いた。



「空中や物質の中に存在するナノマシンの一種じゃ。わしは常時これを取り込んでおる。自動修復も、同じくナノマシンを取り込んで行っておるよ」


「補給は?」


「うーむ。人の手による能動的な補給活動は難しいの。時間を掛けてナノエネルギーを取り込むしかない」


「そうなのか」



 全自動の自足自給と言えば聞こえはいいが、応急的な処置が出来ないということでもある。一長一短と言えた。もっとも金も後ろ盾もない俺にとって、ウィンクルムの完全自給は正直ありがたい。



「街に着けば当分休めるさ」


「だといいがの」




☆☆☆




『広域レーダーにて都市を確認、東五キロメートル』

 


 戦術AIがそう告げてから一時間ほど経った。

 俺たちが目にしたのは、大きな壁に周囲を囲まれた城塞都市だった。そろそろ日暮れどき、赤い西日が壁に眩しい。

 かなり大きな壁なのは、マキナやギガントマキナが存在する世界だからだろうか?

 正面と思われる門も非常に大きく、門橋もまた頑丈そうだった。


 先に青マキナたちが門の中へと入っていく。

 俺とウィンクルム、馬車の面々は外で待たされた。中でなにか報告や手続きをしているのかもしれない。

 青いギガントマキナもまた、外で待っている。こちらは俺たちの監視といった役どころなのだろう。



 しばらく待たされた。

 街の中から馬に乗ったゲルドがやってきて、シクラナに何かを告げている。シクラナはこちらに手を掲げると、馬車を動かした。門の中に入っていく。ゲルドがこちらに手を上げた、オーライ、と言った感じのゼスチャーをする。どうやら街に入れるらしい。

 俺はゲルドの乗った馬の後を追い、橋を渡る。

 門は本当に大きかった。ウィンクルムがくぐれるほどの高さだ。上を見ると、門の上には何人もの兵士が見物客のように群がっており、こちらを見ていた。


 そう言えばあの青いギガントマキナのパイロット――ゲルドに紹介された際、確か「オーレリア」と名乗ったか――には、どうやら嫌われてしまっているようだ。紹介された際も、淡い水色の前髪で視線を隠され、プイと横を向かれてしまっていた。

 オーレリアの操る青いギガントマキナが、ウィンクルムの後に続く。


 ゲルドに導かれた俺たちが到着したのは、どうやらマキナの整備場らしきところだった。またしばらくそこで待たされたが、今度は淡い水色髪の女の子が、ウィンクルムに対してゼスチャーしてきた。オーレリアだ。

 降りてこい、とのゼスチャーだった。



「鼻の下を伸ばしおって」


「の、伸ばしてない!」


「怪しいもんじゃのう。まあ良い、行ってまいれ。わしは休む」


「……それなんだがウィンクルム」


「む?」



 モニター越しにオーレリアを見下ろしながら、俺は腕を組んだ。



「今更降りるのに異存ないはないんだけど、ウィンクルムと連絡を取れる状態にしておきたいな」


「また通信機を持っていけばよかろう?」


「どれくらいの距離まで使えるんだ? 街中でも使えるのか?」


「距離の方はわからんな、この間が初使用ゆえ。街中での使用もわからぬが、まあ平気じゃろ。通信機というものはたぶんこの世界にほとんど存在しておらん、街中だからと混線したり妨害されることもあるまいて」


「そっか。了解ウィンクルム、ちょっと行ってくる」


「行ってこい行ってこい、キスでも子作りでも好きにしてくるがいい」


「しないっ!」




☆☆☆




 コックピットから降りた俺は、「よろしく」とオーレリアに手を差し出した。が。

 ――プイ、と横を向かれてしまった。

 そのままカツカツと、靴を鳴らして先に歩かれる。俺がその場に残っているとオーレリアはこっちを振り返り、



「〇〇!」



 なんかトゲのある口調と身振りで、ついてこいと促してくる。

 やっぱり嫌われてるぞ俺。ウィンクルム、妙な心配など杞憂だ。目すらまともに見て貰えない。

 整備場の中は煌々と明かりに照らされ、整備中の青マキナでひしめいていた。

 一機につき二、三人の整備士がついてる。機械の音と声が入り交じり、なんとも活気のある様子だ。パイロットらしい男が整備士と雑談している。走ってた若い整備士が、ベテランぽい整備士に怒られている。どこの世界でも、こういう光景はあるようだ。俺はちょっとホッとした、共通なことはたくさんあるのだ。


 整備場の外に出る。

 一瞬聴覚がおかしくなったのかと思うほど、周囲は静かだった。

 ほぼ陽が落ちた時刻だ。壁の外の西空が藍色に染まり、星が出ている。


 ちょっとした闇の中を、俺はオーレリアからはぐれないようにして歩いた。土と草の匂いの中、虫の声が聞こえてくる。ときおりオーレリアがこちらを振り向くのは、俺がちゃんとついてきているか確かめる為だろう。


 やがて着いたのは、ウィンクルムほどの高さがある塔の前だった。

 塔に入ると、二階に通された。整備場の中ほどではないが、塔の中も明るい。蝋燭や松明などの明かりではなかった。そんな一室で、ゲルドともう一人、眼鏡を掛けた若い女の子が待っていた。



「〇〇〇!」



 オーレリアがゲルドに敬礼のようなものをする。ゲルドもそれで返した。

 すぐその場を立ち去ろうとするオーレリアを、ゲルドは引き留めているようだったが、オーレリアが頑なに首を振っている。最後はまた敬礼をし、こちらを見ることもなく部屋を出ていった。ゲルドは俺と目を合わせると、苦笑しながら肩を竦めてきた。


 眼鏡を掛けた若い女の子はというと、その間もずっと、物珍しそうに俺をしげしげ眺めていた。一定の距離を取りつつ俺の周りをくるくる回り、顎に手を添えて見つめてきている。

 それは、容赦ない「観察」だ。隠すこともなく興味を前面に押し出していくスタイルなのだろうか。


 こほん、とゲルドが咳払いをすると、眼鏡の女の子はバツが悪そうなニヤケ顔を浮かべて頭を掻く。俺と目が合うと、手を差し出してくる。握手の申し出だった。

 握手をして、俺もまじまじと彼女を見た。

 髪は軽く後ろにまとめただけのボサボサ金髪、背は低い。だが、眼鏡の奥で大きな目がくるくると表情を変えるカワイイ女の子だった。


 彼女は握手をすると、懐から幾つかの宝石のようなものを取り出す。指先ほどの大きさか、それは赤青緑、白に黒、様々な色をしていた。

 あれでもない、これでもない、といった様子でシャラシャラ宝石を鳴らす眼鏡の女の子。やがて満面の笑みを浮かべて一つの宝石を選ぶと、こちらに差し出してきた。



「〇〇」



 と、俺にそれを握らせる。



「〇〇?」



 再びなにかを言ってくる。身振り手振りはない。



「〇〇〇? 〇〇?」



 ゼスチャーなしに言葉だけを連ねられると、やはり全くわからないのだ。コミュニケーションの難しさを痛感する。言葉は便利だ。



「〇〇る? わか〇〇?」



 ――ん? なんとなく、言葉のイントネーションが変化したような。



「わ〇る? 〇かるかし〇?」



 ――! 俺は耳を疑った。

 眼鏡の女の子がこういった。



「わかる? わかるかしら?」



 それは日本語だった。日本語だったのだ。


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