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夢の中へ


 ウィンクルムが喋らなくなった。

 それは別に、ウィンクルムが動かなくなった、という話ではない。「ウィンクルム」というギガントマキナは動かせるし、操縦時の戦術AIも問題なくナビをしてくれる。

 だが、ウィンクルムが「ウィンクルム」として喋ることがなくなった。


 あれから一週間。 

 今日は近隣の村に現れた機甲魔獣を排除して、帰ってきた。



「今日もウィンクルムは反応なしか?」



 帰還作業中のマキナ整備場にやってきたゲルドが、頭を掻きながらコックピットの中を覗いてきた。頷く俺を見て、頭を振る。



「そろそろルミルナをコックピットに入れて本格調査してみた方がいいんじゃないか?」


「いえ、それは……」



 ウィンクルムは俺以外がコックピットに入るのを頑なに拒んでいた。

 なので、それをするとウィンクルムがイヤがるだろうと思い、俺は彼らの調査を断り続けている。



「ミチカズ、よく考えろよ? ウィンクルムだって本意でなく言葉を失っているのかもしれないんだ。こちらはこちらで、しっかり調査して直す道を探した方が結果ウィンクルムの為になるかもしれないんだぞ?」


「……」



 ゲルドの気持ちもわかるが、どうしても頷けない俺だった。

 ウィンクルムの言葉がないからこそ、あいつの意思だったものは尊重したい。



「強情なやつめ」



 肩を竦めてゲルドが降りていく。

 俺は力を抜き、コックピットに身をうずめた。片手で目を覆い、そっと目を閉じる。俺がオーレリアと寝たことで、ヘソを曲げたのだろうか。その割にはウィンクルムだって、そうしろと言ってるような口振りだったじゃないか。いったいどうしたって言うんだ。



「パートナーなんだろ、俺たち」



 俺は大きな溜息をついた。



「ミチカズー」



 と、ウィンクルムの足元らへんから俺を呼ぶ声がした。抑揚の少ない、淡々とした声。小さな男の子みたいな、でもよく聞けば女の子な声だ。俺はコックピットから顔を出した。



「あれ? ポーか!? 久しぶりだな!」



 小さな冒険者、ポーシェルミ・ルクトンがそこにいた。

 男の子みたいだった短髪がだいぶ伸び、肩口を越えたセミロングになっている。魔法の帽子を被ったまま、こちらを見上げている。



「久しぶりだねー」


「最近、街を空けていたみたいじゃないか」


「仕事でちょっとね、それよりルミルナから聞いたよ。おめでとう、と言うべきか大変だね、と言うべきか悩んでいるんだけど、どっちがいーい?」



 相変わらず呑気な声で語り掛けてくるボーイッシュな女の子だ。髪が伸びても、本質は変わらない。

 俺はウィンクルムから降りて、ポーの元に歩いていった。 



「どちらもやめて欲しいな。前者はこそばゆいし、後者は気が重くなる」


「んー、素直だねぇミチカズ。いい子いい子」



 と、背を伸ばして俺の頭を撫でてくるポー。これはこれで、こそばゆい。



「でもそれだとボクの話題がなくなっちゃうから、残念ながら話すね。ウィンクルムの件にしようか。ウィンクルムが反応しなくなったんだって?」


「……ああ」


「あれはただのAIではないから、ルミルナもお手上げだって言ってたよ。ただでさえAIはブラックボックスなのに、ウィンクルムは特別なんだってね。どう特別なんだか聞いた?」



 いや、聞いていない。なんだろうそれは。



「ウィンクルムが喋るとき、周囲のマナがキラキラするんだってさ。ウィンクルムはただ機械が作り出している知性じゃあないんだって。極めて魔法的な機能から成り立っているんじゃないか、ってルミルナは予想してるんだ」


「へえ。そうなると、どうなるんだ?」



 イマイチ話の主旨がわからないので、素直に聞いてみる。ポーはにっこりと笑った。



「つまり、この問題は魔法使いの領分ってことでもあるわけだよミチカズ」


「魔法使いの領分?」


「そう!」



 えっへん、と腕を組むポー。鼻息も荒く、胸を張る。



「ウィンクルムの思考AIが魔法的なものなら、マナを辿ってリンクすればウィンクルムの記憶領域に入り込めるかもしれない。ウィンクルムの中を覗きにいって、そこでウィンクルムに声を掛けられれば、もしかしたら戻ってくるかも」


「そ、それはポーでも出来るのか!?」


「出来なかったら声掛けないよー。んじゃ、行く? ミチカズ」


「もちろんだ、頼む!」


「頼まれたー」



 ポーが言うには、俺とウィンクルムを繋ぐ触媒と、現世と俺を繋ぐ触媒が必要とのことだ。前者は通信機を使うことにした。俺とウィンクルムはだいたい通信機を使って会話をしている。繋がりの象徴になるだろう、とのことだった。

 で、後者の触媒だが、


 

「ミチカズ、オーレリアから長い髪の毛を一本貰ってきてー」



 俺はオーレリアを探し、髪の毛を貰った。

 なんのために? と訝しい顔をされたが、ポーの魔法のことを話すと納得したようで髪を何本かくれた。俺についてきたかったらしいが、任務があるので抜けられないとのことで渋々諦めるオーレリア。危ないことはしないでね、と念を押された。



「この髪の毛を、小指に結ぶ、と」



 マキナ整備場に戻ってくると、ポーが準備を終えていた。

 直径二メートルほどの魔法円が、ウィンクルムの足元の床に描かれている。俺は円の中心に座らせられた。



「ほらミチカズ、もっとリラックスしてー」


「無茶言わないでくれよ、どうしたって緊張してしまう」


「わらえー、わらえー、リラックスー。こちょこちょこちょ」


「やっ、やめろポー! こらっ! じゃれつくなって!」


「そんな感じそんな感じ。とにかく力を抜いてー?」



 俺たちの周りに、整備員たちが集まってきた。

 なにしてるんだ? と口々に聞いてくる。ポーが彼らに答えた。



「ちょっと魔法でウィンクルムの中に入ってくるよー。ボクたちここで動かなくなるけど、気にしないでね?」


「ボクたち?」



 俺は聞き返す。



「そう、ボクたち」


「ポーもついてくるのか」


「案内人がいないと困るだろー? 第一、帰ってこれなくなったらどうするの」



 そう言われてしまっては拒むことも出来ない。

 本当は一人で行きたかったが、仕方あるまい。


 なにがあっても、俺たちを魔法円から動かさないで、とポーが周りに念を押す。整備員の皆が頷いた。



「ミチカズさん。ウィンクルムの毒舌も、聞けなくなると寂しいもんでさ、早いとこ喋るように言ってきてやってください」



 どうやら俺がいないとき、ウィンクルムはちょいちょい整備員の皆と話をしていたらしい。案外本気で心配されているみたいだった。 

 俺は笑う。



「わかった、言ってきてやる」



 ざわざわと周囲の仲間に見守られる中、機械油の匂いが充満したこの場所で、俺とポーは魔法円の中で横になった。カンコンと、響く木槌金槌の音が子守唄代わりだ。



「じゃあいくよー」



 ポーが小さな声で抑揚のない詠唱を始める。

 目の前が暗くなっていく。ストン、と落ちていくそこには音がなかった。眠りよりも深い闇、だが不安はない。俺はウィンクルムの元にいくのだから。


 ――。


 やがて光が広がった。


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