掘り出し物物件
オルデルンの城の一室。
調度品も質素な作戦室で俺は、アルフバレン侯爵とゲルドに旅の報告を正式に終えた。三人でテーブルに着いて、二時間は話をしただろうか。二人が一番興味を示したのは、帝国の移動破槌ドレッドノートについてだった。
「ドレッドノートは現状だとウィンクルムを除けばワイバーン隊で対抗するしかなさそうですな」
「残念ながらゲルドの言う通りか。空からの攻撃に弱いと言われても、飛べる戦力など限られている。ワイバーン隊のワッチ隊長とその辺は詰めておく必要がありそうだ」
「その辺は俺がワッチ隊長に伝えておきますよ侯爵。想定訓練をしておいて貰いましょう」
二人の話題が今後のことに傾いてきたのを見て、俺は席を立つことにした。
「それでは俺はこれで。追加の報告書に関しては、あとでオーレリアと相談して書き上げます」
椅子から腰を上げようとしたところで、ゲルドが「まあ待て」と声を掛けてくる。
「小耳に挟んだんだがな、ミチカズ。おまえ家を買うんだって?」
「ほう、兵舎を出るのかね」
アルフバレン侯爵が興味ありそうに俺の方を見る。
「そうなんですよアルフバレン侯、こいつ家を持つそうなんです」
どこから聞きつけたのだろう。耳聡いことだ。
「しかもルミルナと暮らすそうじゃないか。意外だな」
なるほどルミルナ経由か? 俺は苦笑した。
「意外っていうのは、どういうことです?」
「いやお前はオーレリアとくっつくと思っていたからさ」
肩を竦めながら、ゲルド。
「オーレリアも一緒ですよ」
「は?」
「それにアイシャもです」
「おいおい」
眼帯で隠されていない方の目を丸くして、ゲルドが驚いたような声を上げる。俺はもう一度苦笑した。
「別に、特別な一人と暮らすってわけじゃないんだゲルド。俺にとって皆は家族みたいなものだから」
「おま……、おまえなぁ、良い歳した男女が家族って……それでいいのか?」
「言うても無駄じゃゲルド、こやつはヘタレじゃからの」
通信機越しに、ウィンクルムが割り込んできた。
「あんな長い旅を一緒にしておいて、誰とも『そういう仲』にならんかった。筋金入りじゃよ」
「そういうなよウィンクルム、それどころじゃなかった旅だったろ?」
俺が頭を掻いていると、変わってゲルドが攻めてくる。
「いやいやミチカズ、『それどころじゃなかった』とか言うなよ。若い男にとって女のことは一大事だろ!」
そう言われても、と俺は困ってしまう。
「なんならゲルドも一緒に住むか? ゲルドも俺にとっては大事な仲間だ」
「やめてくれ、女どもに恨まれるのは御免こうむる!」
ははは、とアルフバレン侯が笑った。
「家に仲間! 順調にこの国へと縛られてくれたみたいで大いに結構。私も安心だよミチカズ!」
こう正直に言われると、反射的になにか言い返したくなるが、特別言い返せる言葉が見つからなかった。守るべきものを増やして人生を歩むのは、少なくともその逆よりは自然なことなのだから、当然とも言える。
たぶん俺がこの世界で生きていくには、孤独じゃ無理なのだ。
見知らぬ世界に転生した身に、孤独は毒すぎる。だからきっと、家族のような仲間を俺は欲しているのだろう。
ゆるゆると生温かい湯に浸かるような、そんな日常を送りたいのだ。皆で鍋を囲むような、皆で温泉に入るような、家族ごっこをしたいのだ。
「もう物件は見つけたのかね?」
「いえアルフバレン侯、アイシャと探している最中ではありますが、なかなか条件に合うものがなくて……」
「街はずれにはなるが、マキナの整備場と方角は同じで大きめの物件が一つ空いてたぞ。一回下見でもどうだね?」
「そこは……まだ見ていませんね一度行ってみます」
俺は侯爵に具体的な場所を教わると、作戦室を辞した。
三日後の午後は、休日だ。オーレリアは確か、哨戒任務があるはずだったが、アイシャと二人で見に行こう。俺は三日後が待ち遠しくなった。
☆☆☆
そして三日後の午後、晴れ。
春の日差しが気持ちいい、座っているとウトウトしてしまうような日になった。
のどかに街中にも蝶々が舞っている。
俺とアイシャは、商会から紹介された商人の案内で、街のはずれに居る。喧噪からは断絶された区域、大きな屋敷が幾つも並んだ一角だ。その中の一つ、やはり周囲と同じく大きな屋敷の前に、俺たちは立っていた。
「ここが侯爵の仰っていた物件……、なるほど良さそうなお屋敷ですね」
俺は屋敷を見上げながら問うた。商人が笑顔で頷く。
「そうでございます。最近売りに出された大物物件の中では掘り出し物! 破格の値段となっておりますよ。ささ、まずは中を見てください!」
広い。
木造だが中は大きな応接間を始めとして、二階には個人部屋になりそうな部屋が六つもある。くつろげそうな居間もあり、居住空間としては相当に快適そうだ。
部屋にはソファやテーブル、などの調度品が少し残っていた。
「まだ前の方の生活臭が残っていますね」
「必要なければ引き取りますし、ご入用でしたら調度品もこのままお譲り致しますよ」
「中が広いのは嬉しいけど……、どうなんだアイシャ?」
俺はアイシャに訊ねた。
アイシャは今、俺のサイフを握っている。未だこの世界の経済がイマイチ分かっていない俺は、旅をしながら商人の真似事もしていたというアイシャに、金銭管理を一任しているのだ。
そして、金銭感覚がイマイチな俺でも想像できる。
この物件が安いわけがない、アイシャに訊ねたのは、サイフとの相談的に「どうなんだ?」ということだった。
「うん。無理だぞ兄さま、ちょっと規模が大きすぎる。アイシャたちの予算じゃ到底手が届かない物件だ、次のを探そう」
そうスッパリと言い切って、踵を返す。
そんなアイシャを、商人が慌てて後ろから捕まえた。
「ちょちょちょ、ちょっとお待ちください! 言いましたでしょう掘り出し物だと!」
アイシャの袖口を掴んだ商人が、早口でまくし立てた。
「お手持ちの方は如何ほどなのでしょう?」
振り向いたアイシャが、じとっとした目で商人を見た。
商人の右手を取ると、手のひらに指を二本乗せて何かを書いた。
「なるほど……。でしたらこの値では如何でしょう」
今度は商人がアイシャの右手を取った。
同じように、今度は三本指でなにかを書く。
「それだと購入後の生活が安定しないぞ。こうでどうだ?」
「ううむ。でしたらこれは」
「そこ、一本減らして欲しく思う」
「えええ? それだと……ううん」
なにやら口と指を動かして、二人が百面相を始めていた。いや、二人というのは間違いか、アイシャはジトッと細めた目でひたすら能面だ。商人の方が、赤くなったり青くなったり、涙を浮かべたりと忙しく表情を変えていた。
「ちょっと部屋を回ってきていいですか?」
「どうぞどうぞ、……えっ! さらにここから!?」
お取込み中の商人に確認を取って、俺は部屋を回ることにした。
二階に上がる。
ガラスの窓から差し込む日の光が、舞う埃にキラキラと反射していた。俺が手を動かすと、その埃は気流に乗ってふんわりと空間の中を泳いでいく。
「ウィンクルム、聞こえるか?」
俺は、端の部屋に入りながら通信機を使ってみた。
「なんじゃ? なにか用か?」
「いや、用と言うわけじゃあないんだが」
ウィンクルムに経緯を説明する。今は新しく住むところを探している最中だと。
「わしには関係ない話じゃの。好きにすればよいではないか」
「なんだ? 不貞腐れてるのか?」
「そそそ、そんなことはない!」
慌てるウィンクルムに俺は笑った。
「皆で住む。そこにはお前も一緒だ、少なくとも、この通信は出来る場所にしたいんだよ。それならいつでも喋れるだろう?」
ウィンクルムの機体はマキナ整備場に預ける他はない。
だが、いつでもコミュニケーションが取れる場には居たいのだ。
「なぁにを言うておる」
「ウィンクルム。おまえは俺がこの世界に来て、初めて喋った相手だ。おまえが居てくれたお陰で、寂しさをあまり感じずに済んだ」
「――」
「俺はおまえに伝えたいことがあったんだ。それがなんだったのか、うまく言葉では言えない。なあウィンクルム、今は楽しいか?」
「ふん。まあまあ、かの」
「そうか、それならいいんだ」
俺はほっと胸を撫でおろした。
俺の「楽しい」が、なるべく皆の「楽しい」であって欲しい。嬉しい、であって欲しい。難しいことなのだろうが、そうありたい。俺はそう思った。
「なのでまあ、通信が繋がるかはとても重要なのさ。これまでの物件だって、通信が届かないから諦めたとこもあるんだぞ?」
「ほほーう。で、今回の物件はどうなんじゃ?」
「条件はかなり良いな。あとは値段が折り合いつくかどうかなんだけど……」
階下から「兄さまー」とアイシャの声がした。
トーンが明るい、どうやら交渉はうまくいったらしい。
俺はウィンクルムに笑ってみせた。
「なんとかなりそうだ」
階下に降りると、商人が精魂尽きたという感じで応接間のソファーに身体を預けていた。アイシャがこっちに駆けてくる。
「とりあえずこれくらいになったぞ兄さま」
と、アイシャが提示したのは、商人が最初に提示した半分以下だった。
「俺にはわからないが、これって市場相場的にはどうなんだ?」
「四分の一くらいだな。やったやった」
無邪気に喜んでいるアイシャ。
商人は疲れた顔でこちらを見ている。
「なんでこんなに安くできるんです?」
俺は商人に訊ねてみた。いくらなんでも、相場の四分の一はおかしい。つまり、他に買い手がいない、ということだ。
「いやあ、あはは」
と、愛想笑いをする商人。
「俺がいた国では、物件譲渡の際には説明の義務があるんですよ。もしかしてこの屋敷、なにかいわく付きだったりしませんか?」
商人は話しづらそうに目を逸らしながら、顔だけを俺に向けた。
「住人だった魔法使いが、失踪しているんですよ。私は管理を任されておりましてね、一年連絡がなかったら処分する、という契約になっていたんです」
「別に、それだけならいわくってほどでもないなぁ」
俺が頭を掻くと、アイシャが商人に一歩詰め寄った。
「最初に全部話しておいた方がいいぞ? どうせ少し調べればすぐわかってしまう程度のことなんだ」
「……その魔法使い、というのが実は病床にありましてな。とても旅に出れるような体調ではなかったんです。文字通りの失踪、忽然と姿を消したのです。以来、この屋敷は周囲から不吉だと噂されてしまって」
「なるほど」
俺が頷くと、アイシャが腕を組む。
「それだけなのか?」
「え?」
「まだあるだろう? 言っただろ、少し調べればわかる、と。実はもう聞き込みも終わっているんだぞ!」
「ひぃぃ!」
と、アイシャの剣幕に負けた商人が語り始める。
この屋敷、ときおり無人であるはずなのに中から物音が聞こえるそうである。
不審に思って商人が泊まってみると、特になにも聞こえない。だけど、静かな夜、確かになにか物音がすることがあるのだ、と周囲の住民は言ってる、らしい。
「幽霊屋敷じゃあないか!」
俺は絶句したが、アイシャは笑う。
「そういうこと! だから喜べ兄さま、まだまだ値切れるぞ!」
「ひぃぃっ!」
アイシャの言葉に商人が、ゲッソリとした顔をした。




