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帰路色々


 ドラゴン退治の遠征、撤退から数日が経った。

 物見の話では、平原で傷を癒していたドラゴンたちは東へと飛び立ったそうだ。

 東は仙人岳とは違う方角だ。黒竜は俺との別れ際、新たな住処を探して東へでも行くと言っていたのだった。



「貴殿の言う通りになりましたな」



 軍を城塞都市ギュルベまで退かせる帰りの馬車の中、領主のウーミルトが俺に話し掛けてきた。



「黒竜と話をしたと聞いたときは半信半疑でしたが、信じざるを得ない。貴殿の言う通り、東へと去っていった」



 竜は言葉を持たない。それが世間の常識だったようで、竜が喋るのは御伽噺の中だけ、という認識だったらしい。黒竜と話をした、と告げると、ウーミルトだけでなくオーレリアたちまでがビックリしていたものだ。



「今回の遠征は帝国の史書に刻まれますよ。竜と交渉をした、などという事件は初ですから」



 力なく笑うウーミルト。

 今回の出兵は多くの人死にを出してしまった。見立てが甘かった、というのは酷なのだろう、帝国の歴史の中でも今回の黒竜クラスを相手に戦った例はないと言う。相手が悪かったのだ。

 俺はウーミルトの心中を察しながら、慰めるように言った。



「とりあえず、竜害はなくなりそうですね」


「そうですな。犠牲は出たが、どうにか目的は達成できた。ミチカズ殿のお陰です、感謝します」



 こうして竜退治の出兵は終わりを告げた。

 良し、とも言い切れない結果に終わってしまったが、こういうこともあるだろう。帰路につきながら、俺は黒竜との会話を思い出していた。アルデルシアに乗ったマレルたちが逃げた先のことだ。

 竜たちの住処でもあった仙人境という場所はどういうところなのか。

 食事時に、俺はエスダート艦長に聞いてみた。アルデルシアの件は伏せて、だ。



「仙人境は仙人岳の奥にあると言われている秘境ですな。千人境とも言われ、この世界を創りし神と千人の使途が『冬の時代』を過ごしたとされる場所です」


「冬の時代?」



 俺が首を捻ると、横にいたオーレリアが言葉を受け取ってくれた。



「ミチカズはその辺知らないわよね。教会の教えなの、人がこの地に立つ前の死に満ちた時代、それが冬の時代。冬の時代が終わり、仙人境から出でた使途たちが人に文化と魔法を与えてくれた、とされてるわ」


「ほー」



 俺の世界での中世ヨーロッパ同様、この世界でも宗教が力を持っているのは俺も知っている。この世界でも、教会の教えは真実として扱われているに違いない。



「仙人境と呼ばれている場所はうちの国にもあるわよ。きっと世界に幾つもあるのね」



 帰ったら行ってみる? と気楽に言うオーレリア。秘境じゃあないのか? と聞くとミリーティアの仙人境と呼ばれる場所はそんな辺鄙へんぴなところにあるわけでもないと言う。



「……そうだな、帰ったら行ってみるか」



 帰ったら、という言葉が妙に胸に染みた。

 もうだいぶ長いこと、オルデルンに帰っていない。ゲルドは元気だろうか、ウェイツたちは日々冒険の旅をしているのだろうか。

 ギュルベに戻る頃には、そろそろエイトンの体調も回復している頃だろう。俺たちも、本当の意味で帰路へとつくことになる。オルデルンへと帰ることになる。

 秋冬を掛けた俺たちの遠征が終わりを告げるわけだ。



「そうですな、皆さんもそろそろ国へと帰る時期ですな。ドレッドノートの乗組員をギュルベまで搬送してくださった恩は忘れませんよミチカズ殿」


「いえ艦長、ギュルベではお世話になりっぱなしでした」


「あれしきのこと。妻も楽しんでましたから」



 ははは、とエスダート艦長が笑う。



「ギュルベに戻ったら、すぐ発つのですか?」


「エイトン隊長の状態次第ではありますが、早めに戻ろうかと」


「寂しくなりますな。最初はメイ博士に乗せられて、イヤイヤながら貴方たちと行動を始めたはずなのですが……。不思議なものだ、半年足らずでだいぶ馴染んでしまった気がします」


「俺を警戒したりもしてたじゃないですか」



 笑いながら俺が言うと、やはり笑いながらエスダート艦長は応える。



「それが私の仕事ですからな」



 仕事に忠実な人なのだ、この人は。

 だから、次の機会にはこの人と戦うことになる。



「街に着いたら、皆でパーッとやりましょう。艦長がトコトン酔っぱらった姿を見てみたいものです」


「あの娘さんたちのペースで飲んだら、私などあっという間ですよ。勘弁してください」


「俺だってそうですよ。一緒に酔いましょう」


「はは、たまにはそれも良いかもしれませんな」



 後日、俺たちは約束通りしこたま飲んだ。俺は酔いで記憶を失う、という体験を初めてすることになる。だから、顛末はうまく思い出せない。ただ、楽しかったという思いだけが、身体の奥底に染み込んでいた。

 旅が終わったあとに楽しく酒が飲める。それは素晴らしいことな気がする。楽しかった、そう、この遠征は楽しかった。アイシャと出会い、ルクルトと話せた。エスダート艦長やメイ博士と共闘した。色々あった。


 終わった、と言えば、魔法院のベッドで寝ていたエイトンは、全てが終わったような顔をしていた。今回の遠征で失敗した自分は、もう家督を継げない。そう嘆いていた。

 嘆いていたエイトンに、アイシャが笑い掛ける。



「いいじゃないか、生きているんだ。どうにでもなるぞ」



 なるわけない、なにも知らずに勝手なことを! と喚くエイトンに、アイシャは続ける。



「軍務に精を出せばいいんだぞ、おまえの物資運用の手際を、兄さまもオーレリアも褒めていた。能力があるんだ、それを生かせばいいじゃないか」



 俺たちが褒めていた、と聞いたエイトンは、驚いたように目を見開いて俺とオーレリアの方を見た。俺は軽く目を逸らしてしまう。 

 黙りこくってしまったエイトンに気を遣い、俺たちはその場を辞そうとした。去り際、エイトンが俺に声を掛けてきた。



「私に才能はあると思うか? ミチカズ殿」


「シュタデルでの指揮は効率的で見事でした」



 俺は端的な感想を述べた。エイトンは、そうか、とだけ呟いてベッドに横になる。俺たちは部屋を去った。



「……アイシャ、よくあんなことを言ったなぁ」



 帰り道。

 鼻歌交じりに前を歩くアイシャに、俺は声を掛けた。



「アイシャはイジケ虫が嫌いなんだ、イジけるならアイシャが見ていないところでイジけろと思う」



 眉間に皺を寄せながら、こちらを向く。



「だから自然に声が出てしまった、迷惑だったら済まない、兄さま」


「いや、助かったよ。エイトンには能力があるんだ、勿体ない」



 俺にイヤミを言うくらい構わない。

 能力がある者は大事にするべきだ、俺はそう思う。エイトンが今後どう身を処するかはわからないが、自棄になっては欲しくなかった。そう言う意味で、アイシャの行動はありがたかった。

 自分の才能を自覚すれば、人はそうそうその才能を棄てたりはしない、俺はそう思うのだ。家督の問題はよくわからないが、軍でやっていく才があるのだ、エイトンにはそれで手を打って欲しいものだった。


 次の日、俺たちはギュルベを発つ。

 俺たちはシュタデルで部下たちと合流し、国境まで戻った。

 国境付近の難民は、数を減らしていた。シュタデル周辺で機甲魔獣が大量に涌くことがなくなったので、それぞれが自分の街や村に帰っていったのだ。


 残っているのは、ここが商売の場として良いと味を占めた者たちだ。国境付近は人の通りも多く、流通が多くなる。だからだろう、街道周りの出店やキャンプは残っていた。にぎやかなものだ。

 ウィンクルムがしゃがんでいると、また子供たちがアスレチック代わりに登ったりして遊びだした。出発が、子供たちが寝る夜となったのも行きと同じだった。



「アイシャちゃんは、ミリーティアにくるのは初めて?」



 オーレリアが、アイシャに聞いた。アイシャが、こくん、と頷く。



「オルデルンに着いたら、まずは住むところをどうにかしないとねアイシャちゃん」



 大切な仲間が一人増えた。アイシャは俺の肉体の持ち主であるルクルトの妹分であり、今では俺自身の妹分でもある。帰ったら住む場所を探してやらないと。



「気にするなオーレリア。アイシャは兄さまと一緒に住む」


「だっ、駄目よそれは! それに無理! ミチカズやわたしは兵舎住まいだから!」


「金なら竜素材の代金がたくさん残ってる。兄さま、どこかに家を買ってアイシャと住もう!」



 家を買う、か。その発案には、地味に心が惹かれた。

 兵舎は微妙に心が休まらない。今にしてそう思うのは、ここ半年自由な旅をしてしまったからだろうか。



「家か、悪くないな」



 俺が顎を触りながらそう言うと、オーレリアが「えっ!?」と声を上げた。



「な、なに言ってるのミチカズ! 家って凄い高いわよ!?」


「ほら、俺は今回の竜素材代も、今までの給金も、ほとんど遣っていないし」



 俺がそんなことを言ってると、横からルミルナが顔を出してきた。



「ミチカズ、家を買うんですか? もし良かったら私も一口噛ませてください、兵舎だとマキナパーツの置き場にそろそろ困ってしまってたんです」


「いいよ、まあ予算と相談だけど、出来るだけ大きな家を買おう」


「るるる、ルミルナまでなにをっ! 結婚前の男女が屋根を同じくするなんて!」



 オーレリアが顔を真っ赤にして怒鳴り出す。



「兵舎だって屋根は一緒よオーレリア、じゃあ『オーレリアだけ』一緒に住むのやめる?」



 ルミルナがニヤニヤ笑ってる。

 オーレリアは俯いた。



「……む」


「えっ、なにオーレリア? きこえなーい」


「すむ」



 オーレリアがジロリ、こっちを見た。



「住むわよわたしもっ! 構わないわよねミチカズッ!」



 答える代わりに、俺は、あはは、と笑った。

 兵舎とは一味違った騒がしい家になりそうだが、悪くない。大きな家を探そう、大きな、大きな家を。


 季節が冬から春になろうとしていた。

 春からの生活はどういうものになるのだろう。



「楽しみだな」


「わしは別に」



 ウィンクルムが通信機越しにそう締めくくったので、俺たちは笑った。

 




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二章完結です。ここまで読んで頂きありがとうございました。

約28万文字! だいぶ長いですねホントありがとうございます心底感謝。

二章は2-4付近で終わりでもよかったのですが、帝国の街をちょっとでも書いておきたくて少し伸びてしまいました。


ミチカズ、オーレリア、ルミルナ、アイシャ、の四人で会話させていると、あっという間に文字数を食い潰してしまうので、会話量と物語進行の兼ね合いが難しくなるなー、というのがこの章を書いていて一番強く感じたことでした。バランス難しいー。

書いてて不安も多かった章なのですが、どうにかお楽しみ頂けていれば幸いです。


構成演出弄り直したいところもいくつかあるのですが、時間が掛かりそうなのでこれが現在の精一杯と諦めて先に進んでしまいます。

ブクマ、評価、感想などなど、もしよろしければお願いします。励みになりますです。

今、基本三日に一回更新ペースですが、ちょい三章の進行をまとめたいので次回更新は少し遅れるかもです。申し訳ありません。


リアルタイム的には最近急に寒くなってきた気がする昨今です。風邪などひかれぬよう気を付けてください。

それでは失礼します。


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