機械の魔獣
ポカポカと、のどかな日差し。
もしこの世界に四季というものがあるなら、これは春の日差しというものだろう。俺は今、ウィンクルムのコックピットに乗って街道を東に向かっている。
街道と言っても、特段石で舗装されたようなものじゃない。当然アスファルトでもなければコンクリートでもなく、ただの荒れた土の道だ。ウィンクルムが一歩踏み出すごとに土煙が舞い、足跡が出来ていた。
「そろそろ閉めたらどうじゃミチカズ」
「もうちょっと、もうちょっと」
俺は空調の効いたコックピットの扉をわざと開け、先ほどからこの、心地よい日の光を浴びている。ウィンクルムが前に進むごとコックピットを撫でていく春風も、頬に心地よかった。ウインクルムの胸の高さから肉眼で見る景色も、味わい深い。
遠くに見える森、草の稜線。 白い雲、淡い青の空。
空気が美味しかった。
ゼイナルさんの小屋を出て、二日経つ。
足元の馬車に合わせた速度の旅路だ、進行はゆっくりとしたものだった。
途中街道で出会った旅の商人から食料を買い、夜には横道に逸れて野宿する生活。その生活は、これはこれで新鮮なもので、俺の胸をワクワクさせてくれた。
食事や金銭の管理、交渉ごとは、馬車を動かしてくれている女性に一任。シクラナと言う名らしい彼女はゼイナルさんにも色々と言い含められているらしく、その辺を要領よくこなしてくれていた。ウィンクルムを見てビックリする者、怯える者、その辺へのとりなしも心得ているらしく、うまくなだめてくれているようだ。
「地図によると、そろそろ小さな街っぽい物が見えてきていいはずなんだけどなぁ」
俺はゼイナルさんから貰った地図を開き、外を見た。
丁度丘陵の手前なので先は見にくいが、まだそれらしきものは見えない。
「飛べばすぐじゃろうに。面倒なことじゃ」
「そう言うなよウィンクルム。今の目的は彼女たちの身を街まで送ることなんだから」
「はーお守りじゃお守りじゃ」
「それはそうと、おまえの中には地図はインプットされていないのか? そういうの得意そうだけど」
「マップはデータとして記録されておるが、これがいつのものだかはわからん。百年前か千年前か、現在地を照らし合わせることができれば大雑把な地形くらいはわかるやもしれんが、永らく人間に興味を抱いておらんかったから今ここがどこかすらわからんわい」
「そうなんだ」
「わしが興味を持った人間は、おまえさまが初めてじゃよ。心配するな初恋というものじゃ」
「……ほんっと! どういう語録がインプットされてんだおまえの中には!」
「カカカカカ!」
再び、のどかな時間。
重力管理されたウィンクルムのコックピットで軽く揺られていると、なんとも眠くなってくる。半オートモードの今、AIであるウィンクルムが機体を操縦しているので、眠ってしまっても構わないと言えば構わないのだが、
「寝るなよミチカズ?」
とウィンクルムに釘を刺される。
理由を問うてみても、「なんとなくじゃ」と不機嫌そうに鼻を鳴らされるだけだった。そういうわけで、俺は眠れない。眠くなったら軽い上半身ストレッチをして眠気を晴らす。
だがこのときの眠気は、そんなことをせずとも晴れた。
丘陵を上り終えたとき、遠くに煙が見えたのだ。
「街が……!」
「燃えとるの」
☆☆☆
下にいる馬車の面々にも、煙立ち上る街が見えたらしい。
御者台を下りたシクラナが、こちらに向かって前方を指差し声を掛けてくる。
俺はウィンクルムをしゃがませてシクラナに近づき、ゼスチャー付きで声を掛けた。
「見えた、わかってる!」
俺とシクラナのやりとりに、ウインクルムが割り込んでくる。
「どうするのじゃ、ミチカズ」
「彼女たちはここに置いて、先行しよう。なにがあったのか、様子を見なくては!」
しっかり伝わったか自信はないが、シクラナにそう伝えてウィンクルムを立ち上がらせた。
「コックピットを閉めるぞミチカズ」
「頼むウィンクルム。飛べるか?」
「肯定じゃ。だがこの近距離を飛ぶのは、無駄にナノエネルギーの消費が激しいだけじゃな。地上を進むことを提案する」
エネルギー? エネルギーの概念があったのか。
迂闊にも失念していた。そりゃあウィンクルムはロボットなのだから、エネルギーを必要とするのも当然か。
色々と聞きたいことは増えたが、それは後回し。俺はウィンクルムの言葉に頷いた。
「わかった、任せる! 街へ急ぐぞ、頼むウィンクルム!」
「了解した」
ウィンクルムが大股で、街道を走る。
ガシュンガシュン、と下半身の駆動アクチュエータに音を立てさせながら、急ぎ走る。途中、街道で馬車などとすれ違った。街から逃げ出した住民か旅人か、皆必死の形相で馬を走らせている。
やがて徒歩の人の群れにも出くわした。
こちらを見て怯えていたようだが気にしない。ハードル跳びの要領で一気に駆け抜け、俺たちは街に向かった。
街では、巨大なシルエットが家屋を薙ぎ払っていた。
身の丈はウィンクルムより少し小さいくらいか。だがしかし、巨大なモノ、そのシルエットは人型ではない異形だった。
俺の言葉で語るならひと言、モンスター、と言えばよいのか。動物を複合させたような形だ、だがしかし、その身体はどうやら生身の肉ではない。
銀色の機械のように見えた。
「……なんだあのデカいものは、あれもマキナなのか!?」
「ああ、あれか。わしもよく知らぬが、この世界に『自然発生』する『外敵』らしい。わしもよく人間に操られて戦わされたものよ」
一握りの人間が、魔法などでそのシルエットに攻撃を仕掛けている。小型のマキナも数機、巨大なモノに対抗して応戦しているようだ。
ウィンクルムより小さいが、ゴリラと鳥を合わせたようなその身体は前後左右に大きく、巨体から受ける見た目の圧迫感は、ウィンクルムより断然強い。
「それで、行けるのかウィンクルム!?」
「貴様がそれを望むならば、砂一粒ほどの問題もない」
「よし、『奴ら』を倒す!」
「了解した」
奴ら、なのだ。敵は複数いた。大きなものが、三匹。小さいものは、無数に。
「アークソードを使えミチカズ、背に収納してある大剣じゃ!」
網膜投影の操作ナビが、コントロールパネルの火器管制ボタンを示す。俺はそのボタンを押した。
『アークソード、エネルギーロード。使用可能時間、およそ五分』
「それならば時間を超えても質量兵器として使える! 奴らには十分有効じゃ!」
「おう!」
レバー操作で俺はウィンクルムの背中から大剣を引き抜く。
両手で構えてみればそれはウィンクルムの背丈の半分はあるかという大きく広刃の剣だった。扱うための機体運動は、基本的にAIの中にインプットされている。俺がやることは頭の中でイメージをしながらレバーでターゲットの微調整を行うこと。脳波スキャンによりあとはウィンクルムが統制してくれる。
俺は街に飛び込んだ。
羽と尻尾の生えた巨大機械ゴリラが、街人の集団を追いかけている。それを横から、縦に斬りつけた。
両断。
機械ゴリラが火花を放つ。断面は、奇怪な機械で溢れていた。別に洒落ているわけでもない。まるで肉体の内部にも見える構造、筋肉や内臓にも見える機械が、断面からゴシャア、とあふれ出たのだ。
逃げ惑っていた住民が、棒立ちでこちらを見上げている。
ざわざわと、声を立てる人々。やがて彼らの間から、歓声が沸き起こった。
「やれやれ、照れるのぅ」
「次のターゲットはどこだ、ウィンクルム」
「左後方、二百メートル。残り三分、アークソードのエネルギーがあるうちにもう一機仕留めてしまえミチカズ!」
「跳べ! 一気にいくぞ!」
ジャンプして、方向転換。
一足飛びに次の機械ゴリラへ接近した。
『アンノウンより敵性照準、感知』
機械ゴリラが口から炎弾を吐いた。これは『ブレス』というものか!? 思わず俺は、大剣を盾にしてそれを受ける。
「しゃらくさいのぅ。ミチカズ、斬れ。今は攻撃こそ最大の防御じゃ、一刀に断ぜよ!」
「こなくそっ!」
大剣からの唐竹割りで、二匹目の機械ゴリラを両断。
「残り二秒、ギリギリ間におうたの。ここからは乱打戦じゃ」
「小さいモノが住民を追っている、そっちを叩こう」
「ならばアームカノンを使うとよかろう。チビにはとても有効じゃ」
「いつもの光弾か」
右手を伸ばし、光弾を連射する。
虫のような小さな機械――といっても二メートル以上はある――が、光弾の雨に爆ぜて消えていった。だが数が多い、あっちを撃ち、こっちを撃ち、とにかく敵の頭数を減らすことに腐心する。
「キリがない」
俺がボヤくと、ウィンクルムが提案をしてきた。
「フレイムラプチャーを使うか?」
「それは?」
「森でわしが使ったじゃろ? 範囲を攻撃できる大技じゃ」
「街が壊滅してしまう!」
「む。それもそうか」
ウィンクルムの言うことは、適正なのか抜けているのか、ときどきよくわからなくなる。穴が多いというか、もしかすると命を軽く見ているのかもしれない。
『エンゲージ。戦闘範囲内に新たな機影多数』
突然の警告。
「なんだって?」
「いやまてミチカズ、あれは……」
言い差したウィンクルムが、俺の網膜投影スクリーンにいくつかの画像を投射する。
「人間どもの機体じゃ」
ブルーに彩られた、それはマキナの集団。そしてその先頭には、ひと際大きい人型のマキナが立っていた。ウィンクルムとはまた違った形の、カクカクした板張りのような男性型。
それは、ブルーに金の枠取りがされた全身鎧のようなデザインだった。
「ほう、あれはギガントマキナじゃな。どうやら軍のお出ましと見える」
ギガントマキナから、なにかの声が上がる。
鬨の声、というものだろうか、士気を鼓舞するような叫びだった。そして応じるマキナたち。彼らも声を上げながら、突撃を開始する。
街を襲っていた機械虫たちが、青いマキナによって駆逐されていく。
そしてひと際大きいマキナ、青いギガントマキナはと言うと、羽と尻尾の生えた巨大機械ゴリラの前に立ちはだかっている。
青いギガントマキナもまた、剣を構えていた。ただし、ウィンクルムの持つような大剣ではない。片手剣だ。そして左手には盾。この盾が巨大で、それこそギガントマキナの身長くらいあるシロモノだった。
「手助けするべきかな、ウィンクルム?」
「冗談じゃろ? こういうときは、お手並み拝見といくものじゃよ」
カカカ、と笑うウィンクルム。
とそのとき、機械ゴリラが咆哮を上げた。
初めての咆哮だったが、その声は腹の底から込み上げたような低音で、地面が振動するほどのものだった。身が震えた。
機械ゴリラが、青いギガントマキナに向かって走り出す。
巨大質量を持った体当たりは、だがギガントマキナの巨大な盾で防がれた。両手で叩く。それも盾で防がれる。尻尾を振るう。やっぱり盾で防がれた。
しかし押している。
盾ごとズルズルと後退させられる青いギガントマキナ。機械ゴリラは、盾の裏側に腕を伸ばした。その刹那。
機械ゴリラの腕が、吹き飛んだ。
悲鳴のような声を上げる機械ゴリラ。ギガントマキナの片手剣が、機械ゴリラの腕を斬ったのだ。
盾が、ドン! と前に出る。
機械ゴリラがよろめいた。その瞬間、盾が開き、ギガントマキナの蹴りが炸裂する。機械ゴリラは倒れ込んだ。
倒れた機械ゴリラの上に、ギガントマキナが盾ごと倒れこんだ。咆哮を上げる機械ゴリラ、だがお構いなしにギガントマキナは、盾の裏で潰されている機械ゴリラに向かって横から剣を突き立てる。
咆哮は悲鳴となり、悲鳴はやがて、絶え絶えな声となった。
機械ゴリラが息絶えるまで、数分。
それは一方的な刺殺だった。
☆☆☆
「なかなかやりおる。ドンくさい手際じゃがの」
「……それはいいんだが、これはどうするウィンクルム?」
俺とウィンクルムは今、たくさんの青いマキナたちに囲まれていた。全てのマキナが、こちらに砲を向けている。
『敵性照準、さらに感知。警告』
先ほどからずっと、アラートが鳴りっぱなしだった。俺たちは動けない。いや、少なくとも俺は動けない。
「んー?」
とウィンクルムが、なんとも笑いを含んだような声を上げた。
「わからせてやるか? マイマスター」
などと言う。余裕あるじゃないかウィンクルム。
だが俺は動けなかった。動けなかったのだ。