エンシェント
「古竜級……!」
エスダート艦長の呟きを俺は復唱した。
聞かなくてもわかる、目の前に居る体長二十メートルはあろうかという黒竜は、齢を多く数えた古きドラゴンなのだろう。
楽隊がブレスで全滅した今、竜笛での防衛はもう望めない。
前線に居る弓兵たちが一気に崩れた。平原の中、我先にと逃げようとしている彼らを留める術はない。
「マ、マキナ隊!」
ウーミルトが声を上げるまでもなく、十機のマキナと一機のギガントマキナは黒竜に光弾を浴びせかけている。だが、それもどこまで効いているのか。ほとんどが竜鱗で弾かれていた。
「魔法士はブレスへの防御魔法を! 崩れるな、固まれ! 魔法壁の後ろに!」
エスダート艦長も声を上げた。
ウーミルトが、横でヘタっていたからだ。マキナ隊という言葉を連呼しながら、腰を抜かしている。
「仙人岳に古のドラゴンが住み着いているという伝説はあった。だがまさか、まさか、このタイミングで出てくるとは……」
ウーミルトの代わりに声を上げたエスダート艦長が、唇を噛むように呟く。
聞きながら、俺はウィンクルムの方へと走りだした。
「ルミルナ、オーレリア! 掛けられるならば本隊への火炎防御魔法を! 俺はウィンクルムで出る!」
頷く二人。
アイシャは、逃げ出した弓兵から弓と矢を奪い取って弓を構えた。矢が特殊なら、あれでも役に立つかもしれない。
「デカイのがやってきたのぅ!」
ウィンクルムが戦意溢れる声を出す。俺は訊ねた。
「そうだな。あのクラスと戦ったことはあるかウィンクルム?」
「ないな。未知数だ」
「未知数……、お前がそう言うのは初めて聞いたかもな」
「しっぽの先まで見たらわしの倍は大きい。見るのも初めてじゃよ、カカカ!」
俺はウィンクルムの中に乗り込んだ。
そのまま立ち上がり、前線へと走る。
前線では今、マキナが業火に巻かれていた。
マキナには耐火能力がある。それでもブレスの直撃を受け続けると……。
「うがあぁぁあーっ!」
マキナのハッチが開いて、中から全身火達磨になったパイロットが這い出してくる。その様子を、俺はなにが出来るわけでもなく眺めるしかない。
「前に出るぞ、ウィンクルム!」
「カカ、望むところよ!」
滞空していた黒竜が、地に降り立った。
四つの足で、平原の大地を踏みしめる。俺はウィンクルムで黒竜と対峙した。着地して四つ足になった黒竜は、まるで大きなトカゲのように平べったいのだが、それでもウィンクルムの腹くらいのところに頭が位置する高さを持つ。
黒竜は首を捻ると、口の奥をカシン、カシン、と鳴らした。ブレスの準備音だ。
「くるぞ!」
と俺は外部スピーカーで周囲に注意を促した。
黒竜が首を振りながら、ブレスを横一文字に吐いてくる。
俺は両手剣のアークソードをウィンクルムの背中から引き抜き、ブレスを剣の腹で受け流した。
周りのマキナも直撃は避けたようだった。俺はウィンクルムに大剣を両手で握らせ、振りかぶった。
「せいっ!」
そのまま黒竜の頭部目掛けて振り下ろす。
ガキンッ! と、硬質な音を立てて、大剣が受け止められた。黒竜が口を開けて、大剣に牙を向いたのだ。
ブレードに噛みつき、頭をくねらせる。
黒竜が、こちらの手から大剣を巻き取ろうとする。
下手にウィンクルムの手首を動かすと剣を取られそうだったので、腕の操作をAIによるオートに任せつつ、ウィンクルムの身を捻った。俺は梃子の要領で大剣に力を加え、黒竜の口から剣をもぎ取った。
その勢いで、黒竜の頭を蹴り飛ばす。効いてるのか効いてないのか、黒竜は頭を振っただけだった。
「効いてなさそうじゃの」
「そう思うか?」
「引く様子がない」
ウィンクルムの言う通りだった。
黒竜は、さらに前に出てくる。今度は上半身を起こし、前足を振るってきた。上半身を起こされると、それだけでウィンクルムの身長と同じくらいの高さになる。
ウィンクルムの横に帝国の赤いギガントマキナが出てきた。
黒竜の前足を盾で防ぎつつ、剣で突く。後方の戦闘マキナたちはサイドへと周り込み、光弾を浴びせかけている。
黒竜の後方に、別動隊の赤いギガントマキナ二機がやってきた。が、こちらは尻尾を大きく振られ、うまく攻撃位置に着けていないようだった。
俺もウィンクルムで大剣を振るう。
黒竜に剣と光弾の雨を振らせた。物量で攻めると、さすがに鬱陶しそうに身を捩りながらの咆哮をあげるが、それでも効果はイマイチそうだ。
「硬い……!」
黒竜が身体を横に回転させた。強烈な尻尾攻撃で、赤いギガントマキナが一機吹き飛ばされる。
「今のを見たかミチカズ?」
「凄い攻撃だったな、重いギガントマキナが受けた盾ごと吹き飛ばされるなんて」
「違うそっちじゃない。回転した折の、奴の脇腹じゃ。鱗に裂孔が開いておった! 彼奴め、手負いだぞ!」
「なに?」
サブウィンドウでウィンクルムが画像解析を始める。
回転しっぽ攻撃をしたとき、左の脇腹が前になった瞬間がスローモーションで再現されている。そこには確かに、生々しい大きな傷跡が残っていた。
「古傷、というわけでもなさそうだな」
「まだ癒えてない傷だ。見事に鱗を貫いておる、狙うならここじゃな」
黒竜が突然強く前に出てきた。
不覚にも俺は吹き飛ばされる。倒れた衝撃が、重力制御下のコックピットにも伝わってくる。全方位モニターの視界が回った。
「なにをしとるミチカズ! はよう立て!」
「す、すまん」
立ち上がると、一機のギガントマキナが黒竜に組み付かれていた。肩口を齧られ、肩のアーマーパーツが割れている。俺は黒竜のサイドへと周り込み、脇腹の傷を探した。
「あそこか!」
脇腹に大剣を突き込もうとしたが、尻尾で叩かれた。狙いが外れる。
齧られたギガントマキナは、顎で両腕を引き千切られていた。あれではもう行動不能だろう。
「まだまだっ!」
ウィンクルムの両足を踏ん張り、尻尾に吹き飛ばされないよう耐える。
そのまま、黒竜の傷ついた脇腹に向かって剣を振るった。
突き立てるのは、しっぽ攻撃でブレてしまうので難しい。だから、傷口を狙ってとにかく剣を振るう。
傷口から鮮血が溢れ出す。
それでも俺は剣を振るうのをやめない。傷口を叩きつける。やがて黒竜は齧っていたギガントマキナから前足を離すと、身体をこちらへと向けた。
カシンカシン、と、口の奥で音。ブレスだ。
俺は避けるでなく、咄嗟に黒竜の口に向けて右腕のアームカノンを放った。ブレスと光弾が交差する。
ブレスはすぐに止み、黒竜が咆哮を上げた。
そのとき。
呼応するように、地に伏した赤竜が弱々しい声を上げた。
もう一度黒竜が咆哮を上げる。赤竜が、足を引きずりながら立ち上がった。
ひょこり、ひょこり、と足を引きながら歩き、羽を動かす。
だが飛び立てはしない。数歩進んだところで、再び地に伏した。
目の前の黒竜が羽ばたいた。
空中へ飛んだと思うと、そのまま赤竜の近くとへ舞い降りる。
黒竜は赤竜の手前に陣取ると、こちらを見て地にしゃがみ込んだ。
こちらに攻撃をするわけでもなく、じっと座る。
「……なんじゃ? どうするつもりなのじゃ」
ウィンクルムが腑に落ちない、といった声を上げる。
じっと座り込んだ黒竜を前にして、戦場の時間が止まったようだった。俺たちだけでなく、誰も手を出さない。俺は目を細めて思案した。
「停戦……? のつもりなのかもしれない」
「停戦、じゃと?」
黒竜は既に武力を誇示した。
ギガントマキナを一機無力化した。
ウィンクルムを無視すれば、空を飛びながら歩兵たちへとブレスを行い、こちらを壊滅状態にすることも出来る。
とはいえ、弱点もある。
どこで受けたか知らないが傷口もさることながら、今は動けない赤竜が、黒竜最大の弱点だ。どうやら黒竜は、あの赤竜を助けたいのだ。
「ミチカズは、どうするつもりじゃ?」
「どうするもなにも、乗るしかない。もしもあいつが俺たちを無視して軍の壊滅に走ったら、今の俺たちにはオーレリアたちを救う術がない。一番怖かったのは、そこだ」
俺は外部スピーカーで声を出した。
「停戦だ! 皆、いったん引け!」
☆☆☆
俺は本陣へと戻り、停戦の旨をウーミルトとエスダート艦長に伝えた。
二人は俺の考えをすぐに受け入れてくれた。ウィンクルムだけでは軍を守り切れない、というのが大きい。竜笛が効かない古竜級ドラゴンを倒すには、今の編成では無理というのもある。
「竜害はまだ続く、というわけか」
ウーミルトが溜息をつく。だが俺は、なんとなくそこは問題ないような気がした。停戦、という概念があるくらい知能が高いのだから、あの赤竜も、人に害を成せば痛い目を見る、ということを知ったのではないだろうか。
「それに黒竜は、今まで目撃されていなかったのですよね? 赤竜を助ける為に出てきたところを見ても、あちらはもともと人と争う気がないように思います」
どちらにせよ選択肢はないのだ。
もし竜害が続くようなら、それはそれ、また新たに隊を結成して挑むだけの話である。その際は、あの黒竜のことも加味して今回どころの規模ではない大遠征となるのだろう。
結局のところ、速やかに撤退するという運びになった。
撤退する間、俺はウィンクルムに乗ってあの黒竜の見張りをする。なにか変な行動をしたら即戦闘、というわけだ。だが俺は、そこに関してあまり心配をしていなかった。
だからこうして今、ウィンクルムのコックピットハッチを開けて、黒竜と対峙している。俺はコックピットを出て、ハッチの上に立った。
「停戦は受け入れられたぞ」
別に黒竜へと話し掛けるでもなく、一人ごちる。
「そっちの赤竜は若竜なのか? よく言い聞かせておいてくれ、もう人里には降りてくるな、と」
肌寒い風が、頬を切る。
赤竜は動かず回復を待っているようだった。黒竜は、こちらをじっと見ていたが、ふいと目を瞑った。
『そちらから我々の寝所を荒らしておいてその言いざまか。人間はいつも一方的なもの言いをする』
突然、頭に声が響いた。
「なにか言ったか? ウィンクルム」
「いや? なにも言っておらんよ」
『だが、我の申し出に気づいてくれたことには感謝しよう人の子』
俺は目を丸くした。
「もしかして黒竜か?」
『そうだ。貴様らと対話をするのは時間が掛かる、やっと同調できた』
竜が喋るくらい、俺がこの世界にいるのに比べたら不思議なことでもなんでもない。そもそも知能が高そうだと思っていたこともあり、俺は自然と黒竜の言うことを受け入れた。
「こちらから寝所を荒らしただって? どういうことだ」
『山で寝ていた我らの住処に土足で入り込んできて、我らを追い出したのは貴様ら人間だという話よ』
「人間、で、ひと括りにされても困る。そういう奴らが居たとして、お前らが他の人間に迷惑を掛けたならそれを対処されても仕方ないだろう」
『……そうだな。報復は報復を生む。赤竜には良い勉強になったはずだ』
「お前たちが俺たちに手を出さなければ、お前たちに手を出そうとする人間なんて極少数だ、それはわかって欲しい。そもそもお前らはほとんどの人間よりも強いのだから」
『くく、その大きな鎧を着て戦う貴様も強かったぞ人間。我はもう、貴様らとなぞ戦いたくもない。だから赤竜と共に、別の寝所を探そう』
どうやら事態の収拾はつきそうだ、俺は少しホッとした。
俺が黒竜と話をしていると、横で聞いていたウィンクルムが声を上げた。
「なんじゃ、あの竜と話をしておるのか? ならば聞いてくれ、彼奴は誰にあんな傷を負わされたのじゃ? あの鱗をあれだけ切り裂くとか見事としか言いようがない」
俺はそのままを黒竜に聞いた。
すると黒竜は忌々しそうに声を震わせた。
『貴様の同類ではないのか? 貴様のその鎧と同じ形をしながら黒い奴にやられたよ。最初は我の方が圧倒的に強かった。しかし毎日仕掛けられ、日に日に強くなっていっておった。脇腹を割かれたのは最後の日だ、その日を境に、我らは仙人境から出ていった』
――アルデルシアのことか?
マレルたちは、そんなところに行っていたのか。
「ほほう、あやつら、急激に強くでもなったのか?」
ウィンクルムが嬉しそうな声を上げた。
「次会うのが楽しみじゃのう、なあミチカズ」
カカカ、と笑うウィンクルム。俺はといえば、ウィンクルムと違って戦いを楽しむ趣味はないので、頭が痛かった。
『なんだ、やはり貴様らの仲間か』
「仲間、じゃあない。敵だな」
『敵……か。ならば注意することだな、仙人境で修業をしておるのだ、そやつらと次に会ったときは苦労するだろうて』
黒竜が忠告めいたことを言うが、考えたところで詮無い類のことだ。
夕日の中を撤退していく帝国軍を眺めながら、俺は頭を掻いたのだった。




