ギュルベの城
城塞都市ギュルベは帝国の首都に非ず。
しかしそれでも、主要な都市であることには間違いがない。その証拠に、というべきか、文化の水準が非常に高い。
中心区は見渡す限り、しっかりとした石造りの街並み。
二階建て以上の建物が多く、比較的貧困層の市民が暮らす地区ですらも木造五階建ての集団住宅になっているようだ。
中央通りには乗り合い馬車がひっきりなしに走り、周辺の村や街へのアクセスも悪くない。そしてとにかく人通りが多い。俺たちの拠点地であるオルデルン城塞都市と比べると、倍くらいの人間があっちへこっちへと小走りに移動しているようだった。
「こうして俺たちが歩いていると、どこから見ても『お上りさん』て感じだなぁ」
今俺たちはメインストリートに居る。
大道芸人や音楽隊が見物人からおひねりを貰っている広場から道側に少し入ったところだ。今さらながら、竜のウロコや皮、爪などの素材の代金が、帝国から支払われたのだ。
シュタデルで待機している部下へのボーナス分を確保して、残りは俺たちで分配した。それでもちょっとした額になったので、女性陣が買い物に行きたい、と言い出したのだった。
「アイシャちゃん、こっちこっち!」
オーレリアが目をキラキラさせてアイシャを呼び込んだ。
宝飾品を売る店の前だ。ガラス越しのショーケースに、煌びやかな宝石が並んでいる。二人は店に飛び込んでいった。
「やれやれ、どの世界でも女の子はああいうのが好きなんだな」
「それはそうです、キラキラとカワイイは正義なんですよミチカズ?」
「ルミルナは行かなくていいのか?」
「……私は頂いたお金はマキナの部品代にとっておこうかな、と」
「ルミルナは偉いな、あの二人に聞かせてやりたいよ」
俺は店の前でショーケースを覗きながら言った。
ガラス張りのショーケースだ。帝国にきて一番驚いたのは、ガラスを街のあちこちで見掛けることだった。もちろんオルデルンでもガラスは見たが、絶対量が違う。それに店の外側に面した場所をガラスなんかにしたら、暴漢がガラスを割って盗みを働くのではないかと思う。
そんな疑問を、いつの間にか俺は口にしていたらしい。横で聞いていたルミルナが笑いながら説明をしてくれた。
「これはマナで硬度を上げたガラスなんですよ。オルデルンでもたまに使われていますよ、でもこんなたくさん、あちこちで使われているのは、私も初めて見ましたが」
ルミルナ曰く、ハンマーで叩いても割れないらしい。
俺は思わずガラスをコンコンと叩いてしまった。感触ではよくわからないが、ガラスに触れると弾けるように光が散った。
「とてもマナを使うから高価なんですけどねぇ。すごい街です、マナを使うものに溢れてます」
「そうなのか?」
「ほらあそこも、そこも」
ルミルナが街のあちこちを指さした。
街の街灯やショーケースの飾りなど、ちょっとしたものにも魔法の素材が使われているとのことだった。
言われてみれば、街並みがキラキラしている。
もとの世界でいうところ、都会のネオン街とでも言うのだろうか? 昼なのに、蛍光色の光が街の風景に溢れている。
「魔法に満ちた街なんだな」
「首都はもっと凄いですよ」
と、ルミルナの物とは全然違う渋い声が返ってきた。
ビックリして振り向くと、そこにはエスダート艦長がいた。
「申し訳ない、驚かせてしまいましたか?」
「い、いえ、そんなことは」
あたふたしながら俺が答えると、艦長は済まなそうな笑顔を見せた。
「エリーアから、皆さんが買い物に出かけたと聞いたもので」
言いつつ、顎を撫でる。俺は頭を掻いて苦笑した。
「なにか御用でしたか?」
「ええ。実はこの街の領主が、皆さんを晩餐会にご招待したいとのことなのですが」
晩餐会、要するにお食事会だ。
立場ある方からの誘いを断ると、相手の顔を潰すことになってしまう。俺は了承した。
「わかりました。いつのご予定でしょう?」
「明日の夜にでも、とのことです」
「承りました。俺たち全員なんですね?」
「はい。領主殿はドラゴン退治の話に興味があるようでして。皆さんを、とのことです」
などと話していたら、店の中からアイシャが顔を出してきた。
「おー艦長! 艦長も宝石に興味があるのかー!?」
「いえ、私は……」
オーレリアがアイシャのあとに続いて顔を覗かせた。
「もしかして奥さんへの贈り物ですかー?」
「いや、ははは」
キャー、と、オーレリア。おおー、とアイシャ。
二人が手と手を取り合って黄色い声を出す。
「選びましょ選びましょ! エリーアさんに合いそうな宝石はっと!」
店の中に引っ張り込まれるエスダート艦長。ご愁傷さまだ。
そんなこんなで、俺たちは晩餐会へと招かれることになったのだった。
☆☆☆
次の日の夕刻。俺たちは城へと向かった。
領主の城は街の中心にある。先日、エスダート艦長に連れられて上った塔の近くだ。地形的な高台にあるのは、やはり防衛的に有利だからだろうか。
「先日も外からは見ましたが、大きな城ですね」
俺はエスダート艦長に率直な感想を述べた。
「ギュルベは帝国でも主要な都市の一つですからね。首都の城ほどではないですが大きい方だと思いますよ。大きいだけでなく、造りも凝っています」
「造り?」
「それはまあ、見て頂くのが早いでしょう」
曲がりくねった坂を上り詰めると、そこには城の正門があった。
大きな大きな木の門だ。分厚そうな板戸が閉まっている。
エスダート艦長が門の前に立ち、門の横壁にある見張り塔へと大きな声を出した。
「ドレッドノート艦長、エスダート・グラムだ! ミチカズ以下三名、今宵の晩餐会への招待客をお連れした! 開門願う!」
「確認した艦長殿! 開門する!」
見張り塔から声が聞こえた。すると大きな門が、内開きに自動で開いてゆく。
「誰も居ないのに門が開くぞ兄さま!」
アイシャが声を上げるのも仕方ない。俺も驚いた。
エスダート艦長が俺たちの方を振り向いた。
「凝っている、と言ったでしょう? 魔法式なんですよ、魔法を使った自動門です」
「凄いですね、マナの消費も半端なさそう」
ルミルナが魔法士ぽいことを言う。こういうギミックは大好きそうなルミルナだ。目を輝かせていた。
俺たちは門の中に入った。
中庭は普通の城と変わらなかった、兵舎があり物見塔がありと、シンプルなものだ。だが、本棟に入るときがまた違った。
「じ、自動ドア!」
またもやルミルナが声を上げた。俺たちが正面入り口に立つと、扉が勝手に開いたのだ。
「しかも魔法雑貨屋の荷重式とは違う方式のようですよミチカズ! ああ、これはどうなっているのかしら!」
興奮しているルミルナは横に置いておこう。
城に入ると、そこには執事が立っていた。
「ようこそお越しくださいました、ミチカズ殿。城主ウーミルト様がお待ちです」
執事がそう言うと、城の通路壁に光が灯る。
これも松明などではなく、魔法の明かりだ。ルミルナが声を上げずに驚いている。
「ささ、お嬢様がたも」
執事に案内され、俺たちは城の中を進んだ。
俺たちが新たな通路に着くと、そこは自動的に魔法の光で明るくなった。
「すごいわね……」
「まるで昼間みたいだな、兄さま」
オーレリアとアイシャがそれぞれ俺に小声で話し掛けてくる。俺はいちいちそれに頷いた。確かにビックリだ。これは元居た世界を思い出す、明るさが、近代日本のデパート内のようだった。一般家庭の屋内よりは、きっと明るい。
「造りが凝っている、とはこういうことだったのですね艦長」
俺がそう言うと、艦長ではなく執事が応えた。
「ウーミルト様は新しいもの好きでして。ですが帝都はもっと凄いですよ、街レベルでこういった明るさが支配しております。あそこはちょっとした不夜城ですな」
この世界では想像しにくいが、日本の東京みたいなものなのだろうか。
あそこは確かに、街全体が夜も明るい不夜城だった。
そうこうしているうちに案内された部屋は、これまた豪奢で明るい部屋だった。
髭を生やした壮年の男がこちらに近づいてくる。
「ようこそ我が城へ、ミチカズ殿! お嬢さん方も! さあさあお座りくださいこちらです」
我が城? ということはこの方が領主殿なのだろうか。
想像していたよりも気さくな方のように見える。
俺たちは促されるままに席へとついた。
「ミチカズ殿は今回の旅路でなんとドラゴンを退治したとか! 今日は是非ともその話をお聞かせ頂きたくてな! 失礼を承知でお呼びしたのですよ」
「いえ、お招き頂きましてありがとうございます。すごい城ですね、驚愕致しました」
「ははは、まだまだ帝都には及びません。それにここだけの話、今日は倍増しで魔法光を稼働させておりますよ。見栄をお張りしたくてね、驚いて頂けたなら狙い通りです」
横からルミルナが興味深げな眼をして入り込んできた。
「これだけの魔力、一体どうやって維持なさってるのですか?」
「おお、貴女がルミルナ博士ですか? お噂はメイ博士より聞いております」
領主であり城主でもあるウーミルトは、両手を広げて歓待の意を表した。
「帝国には魔力の櫃と呼ばれる魔力を蓄える為の大きな箱があるのですが、それを使っております」
「そのようなものが……」
「月に五、六個は消費しますかな。消費した櫃にはまたマナを注ぎ込めるので手間さえ惜しまなければ事実上無限に使っていけますが」
「枯渇しないのですか?」
「マナは世界に溢れておりますゆえ」
ははは、と笑うウーミルト。帝都での消費に比べれば大した量ではないと肩を竦めた。ルミルナはビックリした顔でウーミルトの話を聞いている。
「帝国は光り輝く街だと聞いたことはあるけど、比喩だと思ってた。まさか言葉通りだとは思ってなかったわ」
オーレリアもまた、目を丸くして呟いた。帝国とミリーティアでは確立した技術に大きな差があるようだった。
「まあまあ、それよりも食事にしましょう。よい酒も用意致しましたよ」
俺たちは食事を始めた。
食事も大変美味しいものではあったが、さすがにミリーティアで食べるものと大きな差はない。地方差があるくらい、という範疇の違いだった。俺は少しホッとした。
俺たちはウーミルトに求められるままに、ドラゴンとの戦いのことを話した。
ウィンクルムの大剣で両断出来ないくらいに表皮が硬かったこと、遠距離からは炎の息を吐くこと、最終的にはメイ博士の魔法『グラヴィティ』でドラゴンの身体を押さえつけてトドメを刺したこと。
どの話にも、ウーミルトは興味深げな反応で、うんうん、と頷いてくれたので、こちらも話していて興が乗りやすかった。
ひとしきりドラゴン退治の話を終え、食事もデザートへ、という段階になった。
「なるほど、体験者の話を聞くのは実に興味深い」
「お楽しみ頂けてなによりです」
「楽しみ、そうですな……、楽しんでおるだけにも行かないのが、困ったところなのですよミチカズ殿」
神妙な顔で、ウーミルトは一拍置いた。
俺は訊ね返す。
「と、言いますと?」
「実は今、近隣の街でドラゴンによる被害が出ているのです。我々は近く、ドラゴン退治に向かわなければなりません」
なるほど、話が読めてきた。
「そこで貴方たちに、アドバイザーとして同行して頂けたらと思いまして……」
「同行、ですか?」
「はい、退治自体はこちらの軍が行います。皆さんにはご意見を頂けたら、と思うのですが」
少し拍子抜けたのは、退治自体を頼まれるかと思っていたからだ。
そのときは辞退しようと思っていたのだが、同行くらいならば問題ないような気もする。
俺は目でオーレリアに問い掛けた。オーレリアが頷く。
「わかりました。お困りとあれば協力を惜しむ気はございません、ご助力致します」
「おお! それはありがたい! 予定などは、後ほどそこのエスダート殿を通じて連絡させて頂きます! 今宵は良い酒の席になりました!」
ドラゴン退治、再び。
遭遇戦ではなく準備をしてのドラゴン退治、不謹慎ながら俺の胸に躍るものがあったのは否定できない。
実のところ、軍によるドラゴン退治というものにも興味はあった。
それをこの目で見られる機会というわけだ、こちらにもそれなりの利がある話だった。
「またドラゴンの肉が食べられるな、兄さま!」
アイシャが笑った。ドラゴンの肉はウマイぞー? と、どこか自慢げにウーミルトに話す。ウーミルトは笑いながら、
「無事倒せましたらドラゴンの肉で宴会と致しましょう」
そう締めくくったのだった。




