メイ博士
今日はメイ博士の案内で、都市ギュルベのマキナ工房に来ている。
当初は全員招く、という話だったのだが、さすがにそれは国の誰かが許さなかったらしい。今日は俺とルミルナだけのお招きだ。
メイ博士とエスダート艦長に連れられて、俺たちはいま、石造りの大きな建物の中に居た。
俺たちの本拠地、オルデルンの工房よりひと回り大きいそこには、沢山の戦闘用マキナに混ざり、ギガントマキナが三機置いてある。
「この辺のギガントマキナは、いまキミがパイロットとなっているジ・オリジナルを解析して作られたものらしいよ。まだ私らが生まれる前の話だがね」
工房の活気ある喧噪の中で、メイ博士が俺たちに説明した。
帝国が覇権を唱えているのは今に始まったことではない。数世代前から、他の国々に勝る魔法科学力で君臨していたのだ。……とは、俺の上司であるゲルドの受け売りだ。
ここのある機体の数を見れば、それはすぐにわかる。
「よくもまあ、シュタデルは帝国と戦争をする気になったものだ」
俺が嘆息混じりに言うと、メイ博士は「そうだろう?」と頷いた。
「シュタデルの国力で敵うわけがなかったんだ。それでも持ったのは、思いがけず周辺諸国の団結が固かったおかげだな。キミの国も、シュタデルにはだいぶ助力したんだろう?」
「どうなんでしょうね、俺はその辺詳しくないので」
「そうか、キミは最近までルクルトの陰で眠っていた人格だったのだっけ? その辺詳しくはわからんが」
「そんなところです」
「まあ、今日ルミルナ博士に見せたかったのはこんなのじゃないんだ。奥にある」
俺たちは工房の端を列をなして歩いていった。
ルミルナが俺の横にやってくる。
「なにを見せてくれるんでしょうね、メイ博士」
「さてなぁ。お前らみたいなメカオタクの考えることは、俺にはわかんないよ」
「オタ……なんです?」
ルミルナがきょとんとする。つい俺の世界の言葉を使ってしまった。
「ああすまん、熱心すぎるマキナ研究者ってことだな」
「そんな、私なんてまだまだですよ?」
満更でもなさそうにルミルナが身をくねらせたので、俺は頭を掻いた。まあ本人が悪い気してないなら良いだろう、ここはあえて、マッドな研究者、とは言わないでおく。
「こっちこっち」
奥の部屋を抜け、地下への階段を降りだすメイ博士。
地下階段の先には、鋼鉄の扉があった。
「この中さ」
と言って、なにか呪文のようなものを唱える。
すると鉄の扉はゆっくりと自ら開いていく。魔法の扉なのだ、なんとも厳重な部屋ではないか。
俺たちはメイ博士に続いて、部屋に入っていった。
「あ」
と思わず声を漏らしてしまった。
広いその部屋の中央では、ガラスケースの中に大きな魔法石が安置されていたのだ。魔法石はキラキラと輝いている。その色合いに、なんとなく覚えがあった。
黒いダイヤのような、その輝き。
それは、俺たちが山奥の採掘場で発見したものと同じだった。
マキナの動きを止めてしまう魔法石、ルミルナは確か、その魔法石を、
「……ウィルス」
と呼んでいた。
そう、ルミルナが魔法石を見て呟いたのだった。
「うちではアンチマキナ、と呼ばれている魔法石さ。ウィルスってのは古書から取った名かい? ルミルナ博士」
テーブルの上で、大きなガラスケースに入れられて置かれている魔法石。
そのケースをペタペタ触りながら、メイ博士がルミルナに笑い掛けた。
「はい。マキナに干渉する魔力、という意味の言葉です」
「なるほどね。良いネーミングだ、そのモノずばり、この魔法石はマキナを行動不能にさせてしまう。マキナを浸食してね。ルミルナ博士が開発していた新兵器とは、これを使ったものだろう?」
ルミルナは黙った。
俺の方をチラリ、と見る。さすがに国の秘密兵器のことをペラペラ喋ることには抵抗があったようだ。
「いいんだいいんだ、喋ってしまいたまえルミルナ博士。こっちの方が研究が進んでいるんだから、黙ってても無駄というものさ。そのテの武器は、こちらではもう実用化されて配備もされてるんだから」
俺はルミルナに頷いた。
黙ってたところで意味がなさそうだ、ここはメイ博士に気持ちよくなってもらい、なにか口を滑らせて貰った方がお得というものだった。
「……やっぱり帝国でも、鉛で弾頭加工をして武器を持つマキナへの影響を少なくしてるんですか?」
「そうだね。アンチマキナを大量に使う武器には、シールド魔法を展開した素材を併用したりして武器を持つマキナ自身を保護しているよ」
「なるほど魔法素材ですか、こちらではまだそれは実験段階でした」
「この素材をな――」
二人が技術的なことを話し始めたので、俺はちょっと横に逸れてその様子を眺めることにした。同じく横に移動したエスダート艦長と目が合い、お互い苦笑する。
「これが始まると、止められませんね艦長」
「ですな。ペラペラと軍事の機密を喋ってしまわれるので、メイ博士には本当困っておりますよ」
あちらの方が進んだ技術を持っている。損をする度合いもあちらの方が大きいだろう、そういう意味ではルミルナがペラペラ喋ってくれてもこちらとしては問題ない。むしろお得というものだった。
「にしても、ルミルナ殿はもう本調子になられたようですな」
「ええ。どうやら、……なんというか、俺にキスをしたことが周囲にバレて開き直れたみたいです。この間、艦長の奥さんを交えて女子会をした、と皆で喜んでましたから」
「ああ、その節は。うちのも楽しませて頂いたようで、喜んでましたよ」
奥さんの話になると、頬が緩むエスダート艦長だ。
昨日一昨日と、邸宅には帰らなかった。軍務が忙しいのだろう。
「ドレッドノートの解呪の用意は整っているのですか?」
俺が艦長に問うと、あちらでルミルナと話していたメイ博士が、こちらの会話に割り込んでくる。
「そう、ドレッドノート」
「え?」
と俺はメイ博士の方へと振り向いた。
「黒き巨人、アルデルシアが行ったという支配の魔法。浸食型だと言う話じゃないか。私はね、ルミルナ博士、このアンチマキナとアルデルシアの浸食型支配魔法は系列の似たものじゃないかと思っているんだよ」
「確かに、どちらもマキナを浸食するという点で似ていますね」
俺は相槌を打った。
「機能停止か支配下に置くか。効果は全然違うがね、根っ子は同じな気がしてならない」
そう言うメイ博士に、ルミルナが問いかける。
「でも、アルデルシアの攻撃は人にも影響がありましたよ? ウィルスはマキナにしか影響がないのでは」
「そうか。まだそちらでは、人体への影響が認知されていないのか」
「え?」
「アンチマキナで作った矢を人に撃ち込むと、その人間のマナが不活性になる。アンチマキナの別名は『魔法士殺し』だ」
弓を放つ真似をしながら、メイ博士がルミルナの腕に触れた。
放った矢がルミルナの腕に刺さったことを模しているのだろう。
「体内のマナを狂わされた者は、魔法が使えなくなりやがて昏倒する。丁度いまのドレッドノート乗組員や、そちらのエイトン隊長のようにね」
ふう、とメイ博士は息をついた。
「ルミルナ博士に、この話を伝えておきたかったんだ。きっと次に奴と戦うことになるとき、アンチマキナの研究が役に立つ。頑張ってくれたまえ」
そう言って、メイ博士はルミルナと握手をした。
俺は不思議に思って、メイ博士に訊ねてみた。
「なんで、ここまで俺たちに良くしてくれるのです?」
「簡単さ、いずれキミ達の国も私たちの国の一部となる。その時の為に、基礎研究をしっかり伸ばしておいて欲しいのさ。ルミルナ博士は、私にとって未来の同僚だよ」
嘯くように大言を吐くメイ博士。
しかし、その目は笑っていない。
「先日な、エスダート艦長の報告を元に、シュタデルへの大規模な武力移動が決まったぞ?」
「メ、メイ博士!」
博士の言葉を止めようとする艦長を制し、メイ博士が続ける。
「態勢が整えば、今度はミリーティアへの侵攻が始まるだろう。うちと戦争なんかしない方がいいぞ、ミチカズ・ユウキ? それはよくわかっているだろう?」
メイ博士が目を細める。
「だからな、国に帰ったら抗戦派をなだめてくれないか。適当な条件で降伏してくれ、と」
本気の顔で、俺にそう告げてくる。もちろんそんなわけには行かないのだが。
俺が困った顔をしていると、メイ博士は、「なんてな」と笑った。
「冗談だ、冗談。まああれだ、件の話からアルデルシアと戦うのはキミらが先になりそうだったからな。ちょっとした贈り物だよ」
「俺たちがアルデルシアに負けた方が、帝国は優位に立てるじゃないですか」
俺がそう言うと、メイ博士が苦笑しながら俺の頭を、コツンと叩いた。
「私もな、奴らに好き勝手されて腹立たしいんだ。素直に受け取っておけ。それにキミらがどう転ぼうと、帝国の優位は動かんよ。あまり見くびって貰っては困る」
なるほど、これは厚意なのか。
今さらながらに気が付いた。なんとも失礼な受けごたえをしてしまったものだ。
「私はこれから首都に戻ることになる。ここでさよならだ」
ルミルナと握手をしたメイ博士。
その手を、俺にも差し出してきた。
「次に会うのは、きっと戦場だな」
「そうかもしれませんね」
「ドレッドノートも改良する。流れ弾に当たって死ぬとか、やめてくれよ?」
「なるべくなら、戦いたくはないのですが」
「そうもいかない、我々は軍人だ。――だが」
とメイ博士は俺の手を一段強く、ぎゅっと握り。
「ここ数か月、なかなか楽しかったなぁ」
遠い目をして呟いた。俺も頷く。
「楽しかったですね」
竜を倒し、村で発掘をし、シュタデルへと向かい……。思い出してみればあっという間の冬物語だった。募る思いがないわけではない。俺は笑った。
「博士、ご壮健で」
「キミもな、ミチカズ・ユウキ」
――こうして、メイ・ムラミ博士は我々の前から姿を消した。
次に会う機会があるとすれば、博士の言う通り、戦場でのことだろう。その戦争までにはまだ間があるが、いずれ勃発することになるのは誰もが確信していることのようであった。
春に一歩近づいた、そんなある日の話。
この先がどうなるかだなんて、俺たちの中に知る者は誰一人として居なかった。




