黒い呪縛
『高エネルギー反応、接近。正面からです』
突如、補助AIの警告がコックピット内に響いた。
朝日の中、平原が広がる大地の奥から煌めく白い光が近づいてくる。
「避けよミチカズッ!」
ウィンクルムに言われるまでもない、咄嗟に俺は、その光の束を急降下して避けた。降下が急すぎて、地面に足が引っかかる。コックピットが衝撃で大きく揺れた。
「なんだ!? 今のはドレッドノートの主砲だろ!」
「前方にドレッドノートを確認。ミチカズ、ドレッドノートはあんな色じゃったかの?」
遠景に見えたドレッドノートを、ウィンクルムがサブウィンドウでクローズアップする。
「……いや、あんな色じゃあなかった。もっと武骨な、鉄の色で」
クローズアップされたドレッドノートは、真っ黒だった。
まるでアルデルシアのような黒色だ。
「アルデルシアはどこだ!」
「ドレッドノートの横に立っておる。……どういうことじゃ、ドレッドノートに手を掛けて、こちらを見ておるぞ」
『前方に高エネルギー反応、第二射準備と思われます』
なにが起こっているというのだ。
わからないが、確実に今、ドレッドノートは俺たちを狙っている。
回避準備をしながらウィンクルムを急がせる。
「ルミルナたちは?」
ウィンクルムがまたサブウィンドウを広げた。
ルミルナたちが乗っていると思しきマキナキャリーと馬車たちは、ドレッドノートから離れていくように走っていた。
「無事か」
俺はホッと息をついた。
「とにかく急ごう。なにが起こっているのか確かめなければ」
「む」
「どうしたウィンクルム」
「アルデルシアが飛び立った。逃げよるぞ」
「ドレッドノートの様子は?」
聞いているそばから、主砲の第二射が飛んできた。
「こんな様子じゃ」
「見ればわかる!」
第二射を横に避け、地上に降りる。
土を蹴って埃を上げながら、そのまま前へと走った。地上の方が空中よりも器用に動ける。なにが来ても避けやすいのだ。
『高エネルギー反応続きます、第三射を用意しているようです』
補助AIの声が響く。追うようにウィンクルムが呟いた。
「理由はわからぬが、あれは敵じゃぞ」
「どうやらそうらしい」
どういうことだかわからないが、ドレッドノートは現在敵になっているようだった。破壊することにやぶさかではないが、乗組員はどうなっているのだろうか。それがわからないと、どう手を出すべきか加減がつかない。
「ルミルナと合流して事情を聞こう。マキナキャリーの傍でいったん降りるから、回避運動をしていてくれウィンクルム」
「了解じゃ。だが全力飛行でエネルギーをだいぶ消耗しておる、わしだけじゃ長くは活動できんぞ」
「わかった」
俺はそれから二度ほど主砲を避けながら、ウィンクルムをマキナキャリーへと近づけていった。マキナキャリーはドレッドノートからみて横方向に逃げていたので、現在主砲の射角にない。代わりと言ってはなんだが、側面からは口径の小さい機銃のような光弾がバラバラと発射されてくる。
「ここでいい。あまり近づくと、流れ弾がキャリーや馬車に当たりそうで怖い」
俺はマキナキャリーの進行方向でウィンクルムから降りた。
そのままキャリーの方へと走っていくと、あちらも俺に気がついたのか、マキナキャリーが止まった。
「ミチカズさん!」
と、マキナキャリーを運転していた男が俺に声を掛けてくる。
俺は男に訊ねる。
「突然ドレッドノートから攻撃を受けた! いったい何が起こっているんだ!?」
「わかりません! 黒いギガントマキナがなにかしてたようですが……。こちらも突然攻撃を受けて逃げているところでした」
「ルミルナ博士は?」
俺が聞くと男はうつむき加減に、
「は……博士は、ドレッドノートの中に……」
「なんだって!?」
聞けば、ルミルナはこのところずっとドレッドノートに入り浸っていたという。メイ博士が技術交流という形で許可をしたというが、体よく人質としていたのだろう。それにしても。
「あの中に居るのか……」
俺はドレッドノートの方を見た。
ウィンクルムが動き回って、ドレッドノートからの光弾を避けている。
一旦キャンプに戻り、ドレッドノートの件をメイ博士たちに報告をしようかと思っていたのだが、どうやらそうも行かなくなったようだ。
ルミルナを助けなくてはならない。無事ならば良いのだが、と今さらながらにドレッドノートの乗組員のことも考える。
「聞いていたか? ウィンクルム」
俺は通信機でウィンクルムに連絡を取った。
返事が返ってくる、聞いていたようだ。
「あの眼鏡娘もたいがい暢気じゃな。のこのこ出向いて自ら囚われておるとは」
「ウィンクルム、俺をドレッドノートの上まで運んでくれ。どこか入れる場所を探してそこから侵入する」
「了解じゃ」
ウィンクルムの手に乗った俺は、ドレッドノートの上面へと運ばれた。
空中から、そこに降りる。
前にウィンクルムと話した通り、やはりドレッドノートは上方向への攻撃や防御が手薄らしく、飛んで頭上に位置すると、まったく攻撃をしてこなくなった。
「上面は板張り革張りだな。ウィンクルム、ここに着地は無理だ。飛んでいてくれ」
俺は革張りの部分にナイフを突き立ててみる。
が、通らない。見た目より硬いのだ。
「ドラゴンの皮か」
ご丁寧に、鱗もついたままだ。
竜の鱗が硬いのは、ハデゥ村に向かう際に出会ったドラゴンとの戦いで体験している。軽い光弾くらいならば弾いてしまうのだろう。
いざとなれば、俺は「目」を使って上面を切り裂くつもりだったが、そこまでせずともほどなくハッチを見つけた。
たぶん上面メンテナンス用のハッチなのだろう、手間を掛けずに済んだ。
ハッチを開くと、そこには梯子があった。
降りていくと、艦内は薄暗い。外身だけでなく中までも黒かったのだ。壁一面が黒い。それに。
「……なんだこれは?」
通路の壁に床に、無数のコードがせり出していた。
まるで皮膚の下に見える血管のように張り巡らされている。
ゴウンゴウン、と、動力による低音が通路に響いている。
不気味な光景の中でそれは、ドレッドノートが胎動する音のように聞こえた。
ドレッドノートに何が起こったというのだろう。俺は念の為にナイフを構えて通路を進む。階段があった。確かこれは、艦橋へと続く階段だ。俺は階段を上り、艦橋へと入っていった。
思わず言葉を失う。
艦橋には乗組員が居た。ただし皆、ドレッドノートと同じく、皮膚が真っ黒になっている。黒い人間が、無言でドレッドノートを操船しているのだった。
「お、おい……?」
俺はそのうちの一人に近づいた。
肩に手を置いてみるが、反応はない。黒いコードがぐるぐると、人間にも巻き付いていた。コードの先が、皮膚の中に埋まっている。
これが原因なのかと思い、俺はナイフでコードを切ってみた。が、切った先からコードが蛇のように伸び、再び乗組員の皮膚に刺さっていく。
「くそっ!」
木に巻き付いたツタを切る気持ちで、ブチブチとコードを切っていく。
するとコードが、今度は俺に向かって伸びてきた。咄嗟に後ろに飛び退く。向かってくるコードを、ナイフで跳ねのけた。
「駄目だ、どうにもならない!」
今度は壁からコードが伸びてくる。無数のコードが触手のようにうねうねと、荒ぶりながらこちらへと向かってきた。俺は艦橋から逃げ出した。
「ウィンクルム! 中では人も真っ黒になっている! どういうことだかわかるか!?」
「否定じゃよ、わかろうはずもない。眼鏡娘はどうなった?」
俺は唇を噛んだ。ルミルナは無事だろうか?
不安をその場に置くようにして、俺は通路を走り出した。、
このドレッドノートに敵性と判断されたのか、通路のコードもうねりだす。床から短く伸びたコードが俺の足に絡みつこうとするので、蹴飛ばしながら通路を進んだ。
「ルミルナー! 聞こえるかー? 聞こえたら返事をしろー!」
返事はない。
代わりに、戦艦内のどこかで爆発音が聞こえた。下の方だ。
下に降りていくと、艦内が燃えていた。
コードが燃えているのだ。火に巻かれながら、うねうねと動いている。
「きゃあぁぁあーっ!」
悲鳴が聞こえた。前方だ。
俺はところどころで火が燃えている通路を走った。扉がある。扉を蹴り開けた。そこは広い空間だった。マキナの格納庫だ。そこに三十人ほどの人間がいた。その中にルミルナもいる。
「ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール!」
どんどんどーん! と爆発が広がる。
ルミルナが魔法を放ったのは、黒いマキナに対してだ。黒くなったマキナと、ルミルナたちが戦っている。
俺は格納庫に走り込みながらナイフを構えた。
黒く染まったマキナの足と手、そこに狙いを定めて『視る』。切るべき場所を示す白いラインが浮かんできた。が。
「ファイヤーボールッ!」
「おわあっ!?」
俺まで巻き込まんとする位置で、火球が炸裂した。攻撃を表す赤いラインがしっかり見えたのでどうにか避けられたが、あわや燃やされるところだった。
「おいルミルナッ! 危ないだろっ!」
「へっ? あっ? ミチカズッ!? どうしてこんなところに居るんですかっ!?」
とぼけた声を出すルミルナ。
「助けにきたんだよ!」
俺はナイフで黒いマキナの片手片足を両断しながら言ったのだった。




