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 俺はトリガーを引いた。標的は、地上に鎮座している搭乗型機械人形、マキナだ。

 光弾が音を立てて両腕の先から放たれる。

 月の出ていない夜だった。

 闇の中、地表に向かって火線が伸びていく。そして一瞬の静寂後、



『着弾。目標沈黙』


 

 大きな爆発音と共に、ウィンクルムの声とは違った抑揚のない電子音声が報告してくる。



「操縦桿を倒せミチカズ、急降下じゃ! 始めるぞ!」


「おう!」



 網膜投影のナビゲーションに従って俺はウィンクルムの身体を操縦した。統制管理された穏やかなコックピットGと共に炎燃え盛る地上へと向かい急降下していく。

 高速度から一気に着地。

 ガキュゥン、と、各部駆動アクチュエータが音を立てて排気を行う。



「×××! ××!」「×!」「××××!」「――!」



 炎に巻かれながら、キャンプの中を右往左往する夜盗たち。

 俺たちは仁王立ちにウィンクルムを維持したまま、燃え盛る地上をモニター越しに観察した。夜間用のスキャニング機能がついた光学カメラは、月の出ていない夜でも問題なく使用できるようだ。



「一機残ったマキナにパイロットが搭乗しようとしておるの。どうする、先に叩かぬのか?」

 

「おまえのチカラなら、あの一機程度余裕なんだな? ウィンクルム」


「肯定じゃ。どうやら装甲も薄い廉価型よの、盗賊風情が良い機体を持てるはずもないが」


「ならあとに回す。いきなり敵の士気を挫きたくない」


「――? ふむ?」



 俺はわざと人に当てぬようにしながら、地上に光弾を撃った。なるべく派手に、だが幾つもあるテントを狙うことはできない。万一フィーネが居るとも限らないからだ。



「リーダーとおぼしき男を見つけたら報告してくれ。わかるか?」


「肯定。先刻の戦闘データを記録してある、リーダーとは……この男だな?」



 ポップアップしたウインドウに録画された映像が映し出された。夕刻の戦闘のものだ。馬に乗った敵の集団から、一人の男がクローズアップされた。



「そうだ、頼む」


「おっとミチカズ、目論見通りじゃ。早くも馬車が動き出しおったぞ。ここはわしに任せて、貴様はあの馬車を――」


「いや」



 俺は、ウィンクルムの言葉を遮った。



「俺がやる。トリガーを引くよウィンクルム」


「……そうか。了解じゃ、馬車の方は追跡ログを取っておく。心のままに行け、マイパートナー」



『マキナの起動を確認。敵性照準、感知』



 音声と共に、視界にピッと赤い注意勧告が出る。

 敵のマキナが動き出したのだ。俺はウィンクルムをそっちに向けた。

 敵のマキナはずんぐりとした人型で、上半身が異様に大きかった。もっとも機体として全体の大きさは、こちらのウィンクルムの半分程度か。小さい。

 ボボボボボ! と、腕に構えた銃のような物でこちらを攻撃してきた。



「間接部に当てられぬ限り、あの程度の攻撃問題ない」



 弾はウィンクルムの装甲で弾かれた。

 と、そのとき視界のモニタ正面に大きな爆光が広がる。



「ほう、魔法兵もおるようじゃの。マキナの所持といい、存外大きな盗賊団ではないか」


「魔法?」


「魔法じゃ。わしも詳しくはないがの、なんらかの手段を用いて物事の事象を歪める技術らしい。戦闘でもああして火球や雷撃などの形で重用されておる」



 俺は苦笑した。巨大ロボットに、魔法。ここは本当に、元の世界と違う常識で成り立った世界だ。



『索敵対象を発見』



 再び視界に報告が届いた。



「見つけたぞミチカズ。リーダーじゃ! あれを潰せばあとは烏合、ちりじりになることじゃろうよ!」


「それじゃ困るんだウィンクルム」


「なんじゃと?」


「八方に逃げられたら、奴らを殲滅できない」


「殲滅?」



 そう殲滅だ。奴らには恐怖を味わって貰う。この場を終えても喉元を過ぎないように、絶望を。俺たちが居なくなった後も、あの父娘に刃を向けようなどと考えないように、恐怖を植え付けなくてはいけない。

 


「だからリーダーには当面指揮を取って貰う。最適解は、ここで奴らを殲滅することだ」



 中途半端では、いけない。

 父娘二人の安全を買うために、二十人近い盗賊を全員殺す。



「カカカ! 知らぬ二十人より身近な二人! 明瞭なロジックじゃなミチカズ!」



 そう、二人。たった二人だ。

 しかしその二人は、この「異世界」で出会った数少ない二人だ。俺にとって、世界の半分にも等しい二人だった。あとの半分は、おれ自身と、ウィンクルム。俺にとってこの世界は今、そんな形をしている。


 俺は、撃って、撃って、撃って、撃ちまくった。

 近寄る敵は払いのけ、時にジャンプで場所を入れ替えた。

 リーダーは最終的に自ら逃げようとしたので踏みつぶした。一番逃してはならない。

 泣き言は、もう言わない。トリガーを引きながら、唇を噛んだ。

 俺はこの世界で生きる。だから。


 俺は虐殺した。




☆☆☆




 ほー、ほー、と。

 フクロウが鳴いている。


 ウィンクルムに借りた暗視ゴーグルのお陰で、月のない夜の森でも俺は進むことができた。目の前に馬車がある、ウィンクルムの監視ログによれば、これが盗賊どもの馬車だ。



「荷台に多数の生命反応がある。予想通りといったところじゃ、あとは首尾よくやれ」


「了解」



 通信機を耳に当てたまま、俺は小さく呟いた。

 星が綺麗な夜だった。森の木々の合間から、キラキラとこぼれ落ちている。俺は音を殺しながら御者台に近づいていった。


 御者台では男がうずくまっていた。

 声を殺して泣いている。

 服装に見覚えがある、これはリーダー側付きの男だ。


 側付きがこちらに気づく。

 一瞬笑顔を浮かべたその顔が、みるみるうちに恐怖に彩られていった。俺の右手にナイフが握られていることに気がついたのだろう。



「〇〇〇、〇〇〇……」



 こちらを見て、首を振っている。俺と同じくらいの年ごろか? まだ幼さの残る顔つきをした、若い男だった。



「俺はキミのことを知らないし、言葉もわからない。なので、キミを逃がしてフィーネたちが安全を得られるかの確証が持てない」


「〇〇〇! 〇〇〇!」


「だからキミも殺すよ。これは俺の都合だ」


「××!」



 側付きが懐から武器を取り出そうとしたのか、視界に赤いラインが一瞬見えた。一瞬だったのは、俺のナイフが側付きの胸に突き刺さったからだ。男は懐に手を入れたまま、こちらを見ている。

 ごぼっと。男の口から血が溢れた。



「障害排除、きてくれウィンクルム」



 俺はパートナーに報告した。




☆☆☆




 馬車の中には八人の女子供が眠らされて監禁されていた。その中に、フィーネもいる。薬か、それとも魔法というものかはわからないが、寝息を立てているフィーネの顔を見て、俺は安堵した。


 彼女らを起こさぬよう静かに馬車を引き、ゼイナルさんの小屋まで戻った頃には、東の空が白々と空けてきていた。横を歩くウィンクルムの音を聞きつけでもしたのか、小屋の外ではゼイナルさんが待っていた。治療用ナノパックのお陰だろうか、どうやら動けるようになったようだ。


 フィーネを確認したゼイナルさんは、俺の肩を抱きしめてきた。わからぬ言葉で、しきりになにかを言ってくる。たぶん礼を言われているのだ。だが、礼を言いたいのはこっちだった。ゼイナルさんたちの世話にならなければ、俺はこの異世界でどれだけ孤独だったことか。


 暫くすると馬車の中の女子供が、幾人か起きてきた。

 順に縄を外しながら、ゼイナルさんが色々と話し掛けている。あとはゼイナルさんにお任せするのがいいだろう。俺は途中で場を外し、ウィンクルムと共に小屋の横で眠りについた。忘れていた疲れがどっと出て、あっという間に闇へと落ちていった。



 状況がある程度落ち着くまで、三日ほど掛かった。

 この三日、ただでさえ狭い小屋が、かつてないほど賑やかな声で溢れていた。女子供、皆、笑っている。俺も皆にお礼――だと思う――を言われ、抱きしめられた。ウィンクルムはやんちゃそうな男の子に登られ不満の声を上げていたが、俺が彼らの心を伝えたあとは、まんざらでもなさそうにバイザーを光らせている。


 結局救い出した女子供のうち、二人が小屋を去っていった。その辺は全てゼイナルさんにお任せだ。

 残りの子はどうするのだろう、ここで面倒を見るのはさすがに難しいだろう。なんて考えていたその日、ゼイナルさんは俺を小屋の中に呼び入れた。



「〇〇」



 相変わらず何を言っているのかわからないが、それは改まった挨拶だと俺は思った。ゼイナルさんが胸に自分の右拳手を添え、直立不動で起立したからだ。軍隊の、敬礼に似た雰囲気だ。



「こんにちは、ゼイナルさん」



 ゼイナルさんはこちらの挨拶に頷くと、テーブルの上に手を向けた。見ると、テーブルの上には大きな紙が広がっていた。紙といっても、俺の知っているものとは比べ物にならないくらい粒子の荒いものだ。表面見るからに、ごわごわしている。



「これは……」



 たぶん、地図だった。山や川、道のような物が描かれ、東西南北を示したような矢印が記されている。

 ゼイナルさんが、山の中の一点を示した。そしてそこに、ペンでなにやら書き込む。絵だ。拙いが、どうやら小屋の形をしていた。

 つまり、この場所だろう。

 その後、東へと指を動かす。少し遠い場所に、街のようなものが描かれていた。そこまで指を移動すると、俺の顔を見て、俺を指差した。



「俺に、そこへ、行けと?」



 俺は自分の胸に手を当てたあと、地図に描かれた街を指差した。

 ゼイナルさんが頷き、また地図に何かを描く。どうやら馬車だ、馬車と矢印。矢印は、街を示していた。馬車を連れていけ、というのだろう。



「わかりました」



 俺は頷いた。

 子供たちをこのままにしておけるとは俺も思っていなかった。身受けした分の責任は果たしたいと考えていたのだ。

 ゼイナルさんは頷くと、懐から蝋で封された手紙を俺に差し出す。



「〇〇」



 誰かに渡す為のものだろうか。わからない。困っていると、ゼイナルさんは強引に俺の手の中にその手紙を握らせた。持っていろ、という意味だろうか。

 そして、幾ばくかの貨幣が入った袋。

 路銀は旅に必須なものだ、俺はありがたく受け取った。




☆☆☆




 準備は整った。

 解放した奴隷の一人が馬車を動かして、俺はウィンクルムに乗って横を歩く。そうやって移動することになった。

 俺がウィンクルムのコックピットに上がろうとすると、フィーネが泣いて抱きついてくる。俺はフィーネの頭をそっと撫でて笑いかけてみせた。そして彼女を降ろす。また会えることもあるだろう、俺がこの世界で生きている限り。


 荷台には、救い出した残りの三人。

 小さな女の子が二人に、二十代くらいの女性が一人。


 ゼイナルさんが、手を差し出してきた。

 ああ、この世界でも握手の風習はあるのかと、ちょっと不思議な気持ちで俺はゼイナルさんの手を握り返した。力強く握り返してくる、ゴツゴツした手。それはゼイナルさんの人生を表しているのだろう。



「よし行くぞウィンクルム!」



 俺はコックピットに乗り込んだ。



「はてさて、これはお守りと言うのじゃ。わしは知っておる」


「そういうなお前が必要なんだウィンクルム」


「はー小間使い、小間使いじゃ」


「おまえ、変な言葉知ってるな」


「わしは博識じゃからの」



 そう言い合って、一瞬の間。

 俺たちは一斉に噴き出した。ウィンクルムの奴、口もないのに器用に噴き出すな、なんて思いながら、立ち上がった。

 俺たちの旅は、ここから始まる。


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