アルデルシア・ザ・ギガントマキナ
「カカカカカーッ! わからせてやれミチカズ!」
「おうっ!」
穴の斜面を滑り降りながら、俺はアークソードを引き抜いた。
『敵性照準、感知』
戦術AIが告げてくる。黒き巨人のターゲットが、こちらへと移ったようだ。これで後方の皆が逃げる時間を取れるだろう。
穴の底から射撃してくる黒き巨人の光弾を、アークソードの側面で受け流しつつ接近していく。大剣の距離に入った。袈裟切りに剣を振るう。
「うおっ!?」
振り下ろした大剣の軌跡が、勝手に変わる。
黒き巨人は左手を伸ばしていた。
ウィンクルムの左手には、重力場を作り光弾などを逸らすことが出来る「グラヴィティフィスト」が内臓されている。黒き巨人もまた、グラヴィティフィストを使い、大剣の軌道を逸らしたのだろう。
ウィンクルムが笑う。
「カカ、小賢しい! やるではないか!」
黒き巨人が数歩の距離を後方に飛び退いた。
その後、向こうも背負ったアークソードを抜いてくる。先手を取って、俺は剣を振りかざした。
ガキュゥン! と大きな金属音を立てて、大剣と大剣が合わさる。
勢いで勝ったこちらが、相手の大剣を弾き飛ばす形が出来た。相手の胴がガラ空きになったので、俺はそこに前蹴りを叩きこもうとする。
「あっ?」
と思ったときにはこちらの視界が回転していた。
前蹴りを、グラヴィティフィストで掬われたのだ。
敵の体勢を崩そうと思って繰り出した蹴りが、アダになった。逆に体勢を崩され、地面に転がってしまう。
回る視界に一瞬気を取られた。
その隙に、今度は黒き巨人が剣を振り上げてくる。大上段から、地に転がったウィンクルムに向かって大剣を振り下ろそうとしている。
俺は右腕を伸ばし、敵の足元の地面をアームカノンで撃った。
敵の足元が崩れる。それはそのまま、相手の姿勢が崩れたことを意味した。
重い大剣を振り下ろしながら姿勢を崩した黒き巨人は、大剣の狙いを外しただけでなく、つんのめってウィンクルムの横にうつ伏せに倒れこんだ。
黒き巨人の手から離れた大剣を、俺はウィンクルムに拾わせた。そのまま立ち上がらせ、構える。
大剣の二刀流だ。
黒き巨人も立ち上がる。
しかしその手には剣がない。俺は遠心力をイメージして、ウィンクルムに持たせた両手の大剣を振るった。大剣を振り回すまま勢いで背中を向けて、逆腕の剣を更に振っていく。回転斬りだ。
ガガン、ガガン! 鳴り響く金属音。
大剣は、黒き巨人の装甲にヘコみを作った。だが致命的なダメージにはほど遠そうだ。
「こやつ硬いぞ! ちゃんと関節を狙えミチカズ!」
「難しい注文をしてくれる!」
「『やれる』じゃろ!」
「ああ、『やれる』とも!」
俺はひと振りを、グラヴィティフィスト側に振るった。
案の定、その大剣をグラヴィティフィストで流そうとして、左腕を伸ばしてくる。
俺は振った側の大剣を投げ捨てて、両手で素早くもうひと振りの大剣を構えなおした。伸ばしてきた左腕の関節に向けて、大剣を振り下ろす。
相手の動きを予想していたことと、両手でしっかり狙いをつけたことで、攻撃の「精度」が上がる。――はずだ!
「でぃやぁぁあっ!」
思わず口から気合の声が零れる。
黒き巨人の左腕が飛んだ。
肘関節に大剣が当たり、吹き飛ばしたのだ。
「見事じゃ! ミチカズ!」
よし! と思わず俺も、コックピットの中でガッツポーズ。
敵はもう、グラヴィティフィストが使えない。大剣を拾ったとて、こちらの両手振りにはついてこれまい。
俺が安堵した、そのとき。
「あまーい」
と、黒き巨人の中から脳杖が呑気な声を出した。
「儀式が終わったばかりだよ? その回復力たるや、今は尋常じゃないんだ」
黒き巨人の左腕に、白い霞が纏わりつく。
パリ! パリパリ! と小さな雷光が奔ったかと思うと、そこには左腕が新たに生えていた。
「なっ!?」
地面に斬り落としたはずの左腕は、霞となって消えていた。
霞になって、元の場所に再生したのか!?
「だから逃げろと言ったのに」
腕を再生させた後も、白い霞は広がっていく。
その霞は、黒い巨人の左右に塊を成した。霞だった塊が、凝縮していく。するとそこに、黒い蜘蛛型の機甲魔獣が姿を現した。左右二機づつ、計四機。
俺は息を呑む。
機甲魔獣が生み出されたのだった。
「なんと!?」
脳杖が声を上げた。
「こんな能力、俺は知らないぞ!? なに勝手をしているんだアルデルシア!」
黒き巨人が両手を広げた。蜘蛛型の機甲魔獣が、こちらに向かってくる。小さいが、すばしこい。
「まさか独自に進化してしまったのか!? そんなことがありえるのか!?」
脳杖は喚き散らした。
これまでの脳杖からは考えられない狼狽えようだ。彼にとって計算外のことが、いま始めて起こっているのだろう。
「脳杖! どういうことだ!」
「わからない! なにかが、アルデルシアに干渉しているんだ! これは、俺が作ったアルデルシアじゃあない!」
――俺が、作った?
脳杖が、黒き巨人を作ったというのか? それを訊きたい衝動に駆られたが、状況がそれを許さなかった。アルデルシアと呼ばれた黒き巨人が大剣を握り、四機の子蜘蛛と共に攻撃を仕掛けてきたのだ。
黒い子蜘蛛たちが、光弾を撃ってくる。
それをウィンクルムの装甲で斜めに弾きながら、こちらも大剣でアルデルシアの大剣に対抗した。
大剣と大剣がぶつかり合うたび、重力管制下にあるはずのコックピットが大きく揺れる。力一杯の剣戟だ、衝撃の度合いが半端ないのだろう。
「ミチカズッ!」
後方からオーレリアの声が響いた。オーレリアの指揮で動いただろう三機の戦闘用マキナが、子蜘蛛たちに光弾を撃ち込んでいく。遠い上に動いている敵だ、ほとんど当たらなかっただろうが、子蜘蛛を散らすことには成功してくれた。
子蜘蛛がオーレリアたちの戦闘用マキナへと向かっていく。
「こいつらは任せて!」
そう告げて穴のふちから離れていくオーレリアたち。
俺たちは再び一騎打ちを始めた。
剣を振っていて気がついたことがある。奴は、反応が鈍い。大剣の切り返しが遅い。これならば、優位には立てる。
「奴の反応が鈍いのではないぞミチカズ、貴様の反応が鋭いのじゃ。貴様はわしが動かすよりも、『この身体』をうまく動かしておる!」
「それは最上級のホメ言葉だな? ウィンクルム?」
「ふん、まだホメたりしておらんわ。ホメて欲しければ結果を出せ!」
結果。
さてどうやって結果を出そうか。関節を狙い斬りしても、すぐ手足が復活してしまうようでは、埒があかない。といって硬い装甲を削り合うのは、もっと不毛だった。なにを、どうすればいいか。
俺はアルデルシアと剣を交えながら考えた。そして一つ、思いつく。
「ウィンクルム、確かおまえの弱点って……」
「うなじじゃよ。そこを斬られると、機能が止まる」
「そうだよな、そこをうまく斬れれば、きっと奴も」
ウィンクルムと初めて出会ったときの戦いで、俺はウィンクルムのうなじをナイフで斬り裂いて勝利を得た。あのときを再現できれば、きっと奴に勝てる。
「だがどう斬るのだ? 貴様の方が多少押しておるが、動いている奴の後ろから首筋を斬りつけられる程の差はなかろう」
「オーレリアに手伝って貰う! あのライフル弾だ、ウィルス弾が当たれば機能全停止とまでは行かずとも、隙くらいは生まれるだろう」
「なるほど、それでいってみるのもよいか」
方針は決まった。
俺は剣を振りながら、後方に下がる。まずはオーレリアに連絡を取る為に穴の外に出ないと。
ジリジリと下がり、一定の距離が得られたところで後方へとジャンプした。空中ブーストを使った長いジャンプからの着地、そのままアルデルシアに背を向けて、穴の外へと走り出す。
穴の外では、丁度一行が子蜘蛛四機を倒したところだった。
俺は穴のふちに足を掛けたまま、オーレリアにライフル支援の要請をする。
「わかったわミチカズ。奴を穴の外におびき寄せて!」
そう言ってオーレリアの機体が、しゃがみ込む。
右手に持っていたライフルを構えて、射撃体勢をつくった。
「頼むぞオーレリア!」
アルデルシアが、穴の斜面を上ってくる。左手に大剣をぶらさげ、右手をこちらに向けながら上ってくる。
バチュン、バチュン、と光弾を放ちながら、一歩一歩と近づいてきていた。
俺は下がり、穴の下から姿が見えなくなるように街道の脇にウィンクルムをしゃがみ込ませた。光弾が止み、ズシン、ズシン、とアルデルシアの歩行音だけが響いてくる。
ごくり、と唾を飲み込む。
一瞬で、作戦は終わる。オーレリア次第、そして俺次第で。
アルデルシアの頭が、穴のふちから見えてきた。
ウィンクルムと同じフェイスに同じ髪型、違うのは色だけだ。首が見え、肩が出る。まったく同じ形なのに、色が違う。これはどういうことなのだろう、ウィンクルムと奴が、なにかしら関係するのは明白だ。関係ないと考える方がおかしい。
俺は頭を振るった。
それはあとで考えるべきこと。今は、作戦に集中しろと、自分に言い聞かせる。そしてアルデルシアの腰までが、穴の上に露出したその時。
「今だ!」
と俺はオーレリアに合図した。オーレリアが無言でライフルを撃つ。
ドゴォ! と轟音一発、ウィルス弾が発射された。が。
ガゴォン! とアルデルシアの大剣から金属音が響いた。大剣の側面で、弾を受けたのだ。
「次弾、装填するわ! 時間を稼いで!」
「おうっ!」
と、俺はウィンクルムを立ち上がらせた。
「いや、見ろミチカズ!」
「え?」
「効いておる!」
ウィルス弾が着弾した場所から、白いヒビのような線が大剣全体に走っていく。そしてそれは、アルデルシアの右腕にも伸びていった。
「カカ、恐ろしいのう! 当たれば問答無用とは! 行けミチカズ! 今じゃ!」
俺はウィンクルムを走らせた。大剣を振り上げる。
その間にアルデルシアは、左腕で大剣ごと右腕をもぎり落とした。そのまま、後方へと引こうとするアルデルシア。これでは、うなじを斬ることはできない。
「おおおおおっ!」
俺はウィンクルムで飛んだ。ジャンプの勢いと合わせて、一気にアルデルシアの頭上に踊り出る。それでも、うなじには届きそうもない。
俺は決断した。
「ウィンクルム! コントロールを譲る!」
「譲るじゃと!?」
ハッチを開けて、俺は外に飛び出した。
空中を落ちる。アルデルシアの頭に向かって落ちる。俺は腰からナイフを引き抜いた。頭に落ち、アルデルシアの髪を掴み、ああそして、うなじを見る。やはりそこには、白いラインが見えた。ウィンクルムの時と一緒だ、ここが奴の弱点だ。
俺はナイフで、そのラインを切り裂いた。
ガクン、とアルデルシアの動きが止まる。だがきっと、今の奴はこの程度の傷、すぐ回復してしまうのだ。だから。
「あとは頼むぞウィンクルム!」
俺はアルデルシアの身体を伝って落ちていく。離脱していく。
今の俺にはよくわかっていた、この体術は、ルクルトが肉体に沁み込ませたものだ。アイシャの言う通り、俺の一部はルクルトなのだ。
ガクンと力抜けたアルデルシアは、まるで斬首されるのを待つようにしゃがみ込み、首を垂らしている。俺はアルデルシアの脚の間をすり抜けて、地面へと転がった。転がりながら、ウィンクルムが大剣を振り下ろすさまを見る。
そして、アルデルシアの首が、宙を舞った。
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私事にて書くペースが落ちてしまいそうなので、ここから三日に一度更新になってしまいます。
申し訳ありません。
やっと中盤くらいでこの体たらくですが、これからもお付き合い頂けますと幸いですよろしくお願いします。




