シュタデル自治都市跡
駐屯位置を前線から下げた俺たちは、シュタデルに向けて出立することになった。
帝国側は変わらずメイ博士とエスダート艦長のみ。こちらミリーティア側はルミルナが残る形になり、代わりというわけではないのだがエイトン隊長がついてくる。俺、オーレリア、アイシャ、エイトンの四人、……のはずだったが。
エイトンはマキナ部隊を一緒に動かすと言って聞かなかった。
この先は危険だからと、ガンとして譲らず、結局マキナ部隊も連れていくことになった。五機のマキナと、運用する為の人員だ。軍人と民間の雇われ、半数づつ三十人くらいの大部隊が、共についてくることになったのだ。
メイ博士は肩を竦めながら、俺からの報告を聞いていた。
「まあ村への行軍と違って確実に機甲魔獣と出会うだろうから、戦力を増やすのは構わんが」
逆に逃げにくくなる難点はあるな、と煙草を吸う。
「俺はウィンクルム任せの方が、助かるのですが」
結局、どうせマキナを導入するなら、という形で、今回もオーレリアはマキナに乗ってライフルを試験運用することになった。ルミルナはついてこないが、もうだいぶオーレリア自身が運用に慣れているらしい。
総勢、ウィンクルムと戦闘用マキナ六機となる。
マキナ五機の指揮はエイトンが執ることになった。所属が補給部隊であるからと、そこも譲る気がないらしい。
「やりにくそうだな、ミチカズ・ユウキ」
煙草を奥歯で噛みながら、キシシ、と笑うメイ博士だった。
そんな楽しまれても、なんというか、困る。
☆☆☆
出発して一週間。
すでに二度ほど戦闘があった。こちらの戦闘機体が多いのは一見楽そうだが、ウィンクルムの性能があれば単体で戦った方が楽という場面が多かった。守りに手間が掛かるのだ。
「これはどうしたことだミチカズ殿! あのギガントマキナに似た黒い機甲魔獣は、機体同士で連携を取ってくるではないか!」
エイトンが強い剣幕で俺に詰め寄ってくる。
そうなのだ、自分で戦ってみればわかるのだが、ここ一帯の黒い機甲魔獣たちは、拙いながら連携を取ってくる。
「最初の報告書に書かせておいたと思いますが……」
「ただでさえ敵は数が多いのだ。連携されたらこちらが不利極まりないではないか!」
俺に言われても困る。
幸いというべきか、ウィンクルムの高範囲レーダーのお陰で、敵との遭遇戦であってもある程度戦場をこちらで設定できる。歩兵が生身で戦う機会がほぼないのが救いだった。
「俺がウィンクルムで前に出ますから、マキナ隊はなるべく援護に徹する形で動いて頂ければ……」
「うぬぼれるなよミチカズ殿! 貴殿が優れているわけではなく、マキナの性能差であるということを忘れるな!」
その通りなので、別になんとも思わない。
エイトンはなにかと俺と張り合いたがるのがやりにくかった。
ある夜、夕食を囲んだ場でアイシャに聞かれた。
「兄さまは、あの男になにか恨まれるようなことでもしてるのか?」
干し肉を戻したスープを啜りながら、アイシャが俺の顔を見上げてくる。
「特になにをしたわけでもないんだが……」
「なに言ってるのミチカズ、ミチカズは色々やってきたじゃない」
オーレリアが木製のスプーンを立てて言った。
「その結果アルフバレン侯爵の覚えめでたく隊長に抜擢され、隊長頭であるゲルドにも厚く信頼されている。そりゃあもう、エイトン隊長から見たら憎くて憎くて仕方ないわよ」
「そう言われると苦笑するしかない」
「もう! 自分だってわかってるクセに!」
改まって言われると、けっこう理不尽極まりない状態な気もする。俺はスープを啜りながら沈黙した。
「村では兄さまを応援する者こそおれ、嫉妬する者はいなかったのに。不思議だなぁ、兄さま」
俺がなんとなしに覚えているルクルトの記憶によると、そんなことはない。
村の中でもしっかり嫉妬で嫌がらせを受けたことはあるはずなのだが、アイシャからはそんなところ見えてなかったのだろう。
ある意味アイシャは温室育ちなのだ。
「アイシャは裏表がないからな、少し理解しにくいだろ」
「む。くるのか? くる気だな? またアイシャを子供扱いするつもりだな兄さま?」
ジロリ、とアイシャが目を細めてくる。
俺が苦笑いをしていると、珍しくエスダート艦長が話に加わってきた。
「この世の中、妬み嫉みの感情で動く者は案外多い。特に組織なんてものは、そういった輩が生息するに好ましい湿り具合だったりするものです。アイシャ殿がこの先ミチカズ殿についていくならば、そういう相手がいる、ということも覚えていかねばならんでしょうな」
食事を終えた彼は、焚き火の前で剣の手入れをしていた。
活躍の機会こそあまりないが、エスダート艦長はいつもメイ博士から離れない。メイ博士の護衛としての役割は、しっかり果たしている。もちろん今も、メイ博士の隣だ。
メイ博士は目の下のクマを擦りながら、ニィと笑う。
「語るねぇ艦長。本国の娘さんを思い出してしまうかい?」
「そうですな。娘の方がまだ小さいですが」
「アイシャも小さい、似たようなものだ。なあミチカズ・ユウキ」
結局子供扱いかーっ! とアイシャが爆発したところで、食事もだいたい終わった。笑いながら円座がお開きになる(アイシャはブツブツ言っていたが)。
俺はメイ博士を捕まえて話を聞いた。
「メイ博士」
「なんだい?」
「このまま何もなければ、明日の昼頃にはシュタデルに着くんですね?」
「そうだな、そんなところだろう」
「着いたらまず防衛しやすそうな適当な場所にキャンプを設営するとして、それが終わったらどうしますか?」
メイ博士は腕を組んだ。
「まずは街施設の見分だな。前に他の隊が偵察した情報はある程度貰っているが、実際見てみないとわからん」
「ほう情報!」
と横から入ってきたのはエイトンだった。
「是非ともお聞きしたいものですなメイ博士。必要な話は共有して頂かないと困りますぞ!」
「別に隠すつもりだったわけでもないが……」
と、紫煙を吐きながら、メイ博士が説明を始める。
あの巨大な光の柱と共に消えたのは、人間とマキナだけ。街自体は、ほぼ原形を留めているそうだ。ただ、街の中心であった市長邸を中心に、抉られたような大穴が空き、そこだけ家屋も消滅しているらしい。
「街の中にはちらほらと蜘蛛型の小型機甲魔獣が徘徊しているようだな。それらに適時対応しながら、我が軍が軍議所として接収した家屋を探せれば、そこに黒き巨人の研究資料が残っているかもしれない」
「軍議所はどこだかわからないんですか?」
「軍旗を立ててあるとは思うんだが、今の時点ではわからないな」
これでどうやら当面の方針は決まったようだった。
エイトンも納得したのか、満足気に頷きながら歩いていく。
「ありゃ、挨拶もなしに行っちまった」
さすがに呆れ気味なメイ博士が肩を竦めた。俺もちょっと首を傾げる。
「いくらなんでもあそこまで無神経な方ではないはずなのですが……、この遠征中、なんか様子がおかしいですね」
☆☆☆
ミチカズに様子がおかしいと言われたエイトンは、事実焦っていたのだ。
これまでエイトンは武勲という武勲をさして立てていない。親の七光りと金の力で今の地位についたようなものだった。
いま、実家の爵位継承に関して、弟に家を継がせるべきではないか、という話が出ている。エイトンが焦っているのはその為だ。
弟は兄と比べて優秀な男であった。研究畑で地味だが、若くして幾つもの功績を立てていた。
この遠征は、エイトンにとって最後のチャンスだった。彼の数少ない味方である母に懇願し、実家に金を出して貰った遠征だ。ここで功績を上げなくては、エイトンに未来はない。
その為にはミチカズを、帝国を出し抜く必要がある。
エイトンはそう考えていた。まずは軍議所を誰よりも早く押さえ、研究資料とやらを確保することだ。第一発見者となるのは功績であるし、うまくいけば重要な資料をミチカズや帝国に隠して運用できるかもしれない。
その為にはすばやい行動が必要だ。
誰になんと言われようとも、エイトンはやり遂げるつもりであった。
輝かしくなければならない、自分の未来の為に。
☆☆☆
シュタデルに着いたのは、次の日の夕方だった。
機甲魔獣と軽い戦闘を一戦交えた結果だ。
シュタデルは俺たちが本拠地にしている城塞都市、オルデルンに劣らないほど大きな街だった。夕陽の中、そんな大きな街に人の気配がまるでないというのは、思った以上に不気味なもので、街の外れに到着した俺は、ウィンクルムのコックピットで思わず息を呑んだ。
「凄い寂れ具合じゃのう」
「事件からまだ半年も経ってないのに、建物の劣化が始まっているみたいだ」
「人が住まぬ家屋はすぐ悪くなると言うからの。人の住まぬ街なのだ、想像できぬ勢いで荒廃していっとるのじゃろうな」
俺はウィンクルムから降りて、皆とキャンプ場所の相談をした。ウィンクルムでざっと見た感じ、街中よりも街外の入り口付近で、街壁を背にして陣取るのが良さそうだと思ったので報告をする。
エイトンに異論でも唱えられるかと思ったのだが、意外にもすんなり了承し、俺たちはキャンプの設営に入った。
オーレリアが俺に話し掛けてきたのは、設営を始めて一時間ほどした頃だったろうか。
「ねえミチカズ。エイトン隊長の姿が見えないんだけど」
「ん?」
「マキナの数も少ないし」
俺はエイトン隊のキャンプを確認しにいった。確かにマキナが二台少ない。エイトンもいない。
設営作業をしている非制服の雇われ労働者に、俺はエイトン隊長の行方を訊ねてみた。
「隊長さんならキャンプの設営を俺らに任せて、制服組を連れて街の中に入っていきましたよ」
「え、いつの話だい?」
「最初っからですよ。お陰で人数が足りなくて大変です」
要するに抜け駆けをしたわけだろうか?
俺にはエイトンがなにを考えているのかわからない。メイ博士に相談すると、
「ほっときたまえよ。彼だけでなにが出来るわけでもなし」
と、肩を竦められた。
それもそうなのだが、と俺も思い、エイトンのことは横に置いてキャンプ設営に戻ってしまった。
結果として、俺は後悔することになる。
このときエイトンを追っていれば、あんなことにはならなかったかもしれない、と。




