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『イエス、マイパートナー』


 いつの間にかこちらを向いていたウィンクルムの右腕から、次々と光弾が発せられる。バチュンバチュン、と、一発飛ぶごとに俺を囲んでいる敵の身体が吹き飛ぶ。



「××! ×××!」



 敵の一行が悲鳴を上げた。隊列が乱れる。

 リーダーらしき男が大声で何か指令を出すと、皆が一斉に馬を走らせた。一部の者がウィンクルムに弓を射かけながら、バラバラになって焼け焦げた広場から逃げていく。その中には、フィーネを抱えた側付きもいた。


 ウィンクルムの光弾も、動きまわる馬にはなかなか当たらないようだ、一行は広場から風のように去っていった。



「ま、待てっ!」



 俺は追いかけようとしたが、到底馬の脚に追いつけるわけもなく断念した。足を槍で貫かれたゼイナルさんのことも気になったのだ。



「ゼイナルさん!」



 ウィンクルムに背を預けるようにして、ゼイナルさんは倒れていた。太ももには自分で処置したのか、止血用の布が巻き付けてあった。しかし布などお構いなしに血が流れているようだ。これでは――、



「大丈夫ですかゼイナルさん!」


「否定じゃ」



 応えたのはゼイナルさんではなく、聞き覚えのあるソプラノの電子音声だった。



「ウィンクルム!」


「太ももを貫かれておる。このままでは数刻持たず失血死するであろうな」


「なっ……、どうにかできないのかウィンクルム!」


「わしのコックピットの中に治療用ナノパックがある。それを使えば、運次第といったところかの」



 ガコン、とウィンクルムの胸が開いた。

 俺は慌ててコックピットの中に入って、ナノパックとやらを探した。



「そこの横にある小物入れじゃ」



 言われるままに引き出しを開けると、手のひら大の円筒が見つかった。円頭に無数の針が付いている。



「それを太ももにワンプッシュ、刺してやれ」



 カシュン、と音を立てたワンプッシュが成功すると、てきめんに出血が収まってきた。俺は額の汗を拭き、ホッと一呼吸。そしてウィンクルムの方を向いた。



「……生きていたのかウィンクルム」


「初めて知ったことだが、わしの自動修復機能はとても高水準のものらしい」


「そうか」


「すまんな。決闘と言いながら、これまでわしは一方的に生命を賭けさせていたようだ。どうやらわしは、無敵らしいのだ」



 その言いざまが妙に可笑しくて、俺は苦笑した。



「なにを笑っておる?」


「いや。よかった、俺はまだおまえと話をしたかったんだ、ウィンクルム」


「奇遇だな。わしも、おまえと話がしたかったのだミチカズ。一方的な談話でなく、会話をな」


「?」


「毎日、わしに話し掛けてきておったろう? 主に泣き言やポエムを」



 ギクリ! と俺は全身を硬直させた。



「聞こえてたのか! 黙って聞いてたのか!」



 これまでの一人ごとを全部聞かれていたと思うと、それは急に恥ずかしい出来事になってしまう。素っ裸にひん剥かれたような、心細い恥ずかしさ。顔が上気して、ああたぶんこれは真っ赤だ。



「お母さん寂しいよー不安だよー」


「言ってない!」


「クカカ、言っておった言っておった、そういう声音じゃったわ!」


「聞こえてたなら声を掛けろ!」


「機能回復しきっていなかったのじゃ。仕方なかろう」


「だからって、……あーもう、ちくしょう!」


「カカカカカ!」



 俺の怒鳴り声に、ウィンクルムは笑い声を上げた。これまで聞いたことのない、芯の底から楽しそうな声だった。



「わしに語り掛ける貴様は、時折りなんとも楽しそうじゃったぞ。だからわしもな、興味が湧いた。貴様ら人間にな。故にチカラを貸してもよい、ミチカズ」


「え?」


「貴様これからフィーネというあの娘を連れ帰しに向かうのだろう? わしの助力は、必要か?」


「……ああ」


「もっと明確な言葉で」


「俺を助けてくれ、ウィンクルム。フィーネを助け出すため、チカラを貸してくれ!」


「わしが欲しいのか?」


「おまえが欲しい!」



 ガシュウン、と、ウィンクルムの全身から空気が排出された。



『イエス、マイパートナー』



 ウィンクルムのバイザーが光る。



「ミチカズよ、わしはこれから貴様の剣となり盾となり鎧となろう! 必要ならば馬となり鳥となり、目となろう! これからのわしは、貴様と共にある! わしは貴様を裏切らぬ!」




☆☆☆




 ゼイナルさんを小屋のベッドに運び込んだ俺は、急いでウィンクルムの元へ戻ってきてコックピットに乗り込んだ。

 ウィンクルムがいつから存在するものかは知らないが、不思議とコックピットの中は、新品の車のような匂いがした。



「記録にある限り、わしの中に入ったのは貴様が初めてじゃよ。各種ナノパックも開発時の備え付けじゃと記録されている。もっともその頃の記録はほとんど残っておらぬがの。まあ、概ね処女というわけじゃ。嬉しいじゃろうよミチカズ?」



 俺は、ぶっと噴き出した。



「しょ……っ!」


「ん? 気にするのであろう? 人間の男は?」


「どういう知識だ!」


「カカカ!」



 コックピットに座ると、後頭部に電極のついた枕のようなものが伸びてくる。首の力を抜いて、それに頭を預けた。すると、ウィンクルム内のゲージやパネルの意味が、頭に流れ込んできた。



「わしを操縦するための知識を貴様の脳に転写しておる。インストーラーというやつじゃ。ほれ、そこのスイッチの意味もわかるようになったじゃろ?」



 網膜投影によるナビゲートスクリーンが目前に展開された。スイッチがクローズアップされる。俺はそれをオンにする。



『起動シークエンス、実行。機体コンディション、グリーン。オートパイロットモードからセミパイロットモードに移行します。セーフティ解除、ワン、ツー。使用可能武装に制限あり。ウィンクルム、戦闘モード起動』



 各種のゲージが網膜転写された。

 左右のレバーを俺は握る。



『索敵により、目標とおぼしき生体反応複数を発見。追尾ログの取得開始』


「捉えたぞミチカズ、少し遠いな。さっそく追うか?」



 脳裏に、ベッドへと寝かせたゼイナルさんとのやり取りが浮かぶ。

 ゼイナルさんは目を覚ますと、無理やり身体を起こそうとしてベッドから転げ落ちた。俺が手を貸そうとすると、それを振り払おうとして「フィーネ、フィーネ」と呟いていた。



『フィーネは、俺が助け出します』



 そう言って、俺はゼイナルさんの手を取って、目を見た。

 彼は悔しそうに目を瞑ると、ゆっくり口を動かした。



『〇〇〇〇、ミチカズ』



 言葉はわからなかったが、意味はわかる。

 俺は託された。ゼイナルさんに、フィーネのことを託されたのだ。「頼む、ミチカズ」たぶん彼は、そう言ったのだ。



「飛べるか? ウィンクルム」


「肯定じゃ。安い御用よ」



 重力モードが飛行体勢になった。コックピット内のパイロットは、重力管制により肉体を保護される。俺が住んでいた世界の知識では、未来技術に相当するものだった。理屈はわからないが、問題はない。俺は全てをウィンクルムに委ねる。



「行くぞミチカズ!」



 飛んだ。体感を得るためにわざと残されている低G制御が、一抹の浮遊感をミチカズに与える。三百六十度スクリーンの前面が空を映し出し、その後に小さくなった地上の森を一瞬映し出した。

 前面に写し出される映像がすぐに水平になり、機体が空中で安定する。



「奴らは東におるな。どうやら森の中に野営を張っておる」


「任せるウィンクルム。まずは上空から接近して情報を得よう」


「了解じゃ」



 そこは上空を飛ぶウィンクルムの足ならば十分掛からない場所だった。下部カメラでクローズアップされた野営は簡素なもので、森の中の大きな空き地に幾つかのテントや陣幕が張ってあるだけだ。旅の夜盗ども、と言った雰囲気とでも言えばいいのか。ただ、俺の知識では見慣れないものが、そこにあった。



「マキナじゃな。機械人形じゃ」

 

「二機か。おまえみたいなものか? ウィンクルム」


「ふざけて貰っては困る。わしはギガントマキナ、マキナなんかより一回りも二回りもデカイ。無論大きさだけではなく存在としても桁違いじゃ。一緒にするものではない」


「す、すまん」


「それにマキナは完全搭乗型だ、パイロットが居るようじゃの。盗賊風情が生意気な」



 フン、と鼻を鳴らすウィンクルム。鼻などないのに器用なものだ。



「フィーネが囚われている場所を特定できるか?」


「否定。この距離では下にいる人数こそわかれど、それが子供かどうかまでの判別は難しい。無論、赤外線を含めた光学モニターで確認できれば話は別だがの」


「そうか……」


「だが、予測はできる」


「え?」


「馬車らしき物の中に、小さくかたまったたくさんの光点がある。奴らが女子供をさらい奴隷売買を生業の一つとしている者ならば、ここにフィーネが囚われている可能性は高かろう」


「なるほど」


「奴隷は商売品だ。マキナを狙って派手に襲撃を掛ければ、商売品の乗った馬車を戦場から遠ざける可能性は高い。離れたら、そこを貴様が叩け」


「わかったそれでいこう」




☆☆☆




「良いのじゃな?」


「えっ?」



 高度を下げ、マキナに照準を合わせた俺に、ウィンクルムが問うてきた。



「話を聞かされた限り、『貴様の居た世界』とやらは随分と平和な世界だったらしいではないか」


「あ、ああ」


「これから始めるのは人殺し、同種殺しだ。わしは狙いもつけよう、拳も振るおう、攻撃もしよう。だが、トリガーを引くのは貴様だ、貴様が貴様の殺意で殺すのじゃ。戻ることはできんぞ」


「……」



 そうか殺人か、と心の遠くで思った。

 ウィンクルムに問われて気づいたが、人を殺すことへの抵抗は、自分でも意外なほどに小さなものだった。この世界で初めて優しく接してくれたフィーネを助けたいという思いは、もちろん強い。だがそれにしても、元の世界に居た頃なら殺人なんて考えることすらできない選択なはずだった。

 現実感がないわけではない。もうだいぶ、こちらの世界に慣れてきた。

 それなのに、自然と状況を受け入れてしまっている自分がいる。



「ウィンクルムはどう感じているんだ?」


「弱きは淘汰される、それが貴様ら生命というものなのであろう? わしにとってはそれ以上でもそれ以下でもないわ」



 フン、とまた器用に、ないはずの鼻を鳴らす。



「だがそうだな、今もしこの場で貴様が即死んでしまうことがあれば、なんともモヤモヤとしたモノが残るかもしれん。不思議と言語化できぬが」


「なるほどね……」



 それは、たぶん優先順位というものだ。

 ウィンクルムにとって、俺が少し特別なモノになったということなのだろう。そう言ってみたら、「ば、ばかな。わしは貴様など!」なんてデレるかもしれない。


 単純な話なのだ。

 別に人が殺したいわけではない、だけど、俺にとってフィーネはもう大事な娘だ。優先順位に則って、命を選別する。選択肢が狭ければ、尚更だ。


 こんな強い思考をする高校生だっけかな、俺? と苦笑してしまう。もしかすると俺、「ミチカズ」は結城道和と違って、こちらの肉体に影響を受けているのかもしれない。そんな気がした。



「問題ないよウィンクルム。俺は、俺の意思でフィーネを助ける。その為に必要なら、人殺しも厭わない」


「ならば行こう、マイパートナー。わしは貴様を裏切らぬ」



 狙いをつけて――。

 俺はトリガーを引いた。


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