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ドラゴンの肉、人魚の肉


 俺はドラゴンの背を刺した。

 心臓までを貫く深い突き、うつ伏せたままのドラゴンが、断末魔の叫びをあげる。

 炎の息を吐きながら首をバタバタ動かし、羽を持ち上げようとするが、ドラゴンは動けない。

 まだメイ博士の魔法「グラヴィティ」が解けていないのだ。

 アスファルトに張り付いたカエルのような恰好のまま、炎を吐く頭だけがのたくった。


 刺した大剣を引き抜くと、真っ赤な鮮血が噴き出した。

 沢の水を赤く濁らせ、河原の石が黒くぬめる。

 谷に木霊する断末魔はしばらく続いたが、丁度メイ博士の魔法が効力を無くした頃にその声も途絶えた。



「どうだ? ウィンクルム」


「……動く様子はないの」


「そうか」



 俺が深々とコックピットシートに座り込むと同時に、外でルミルナが大声を上げた。



「あわわわわぁーっ!? ドッ、ドラゴンやっちゃいましたよ! 本当に倒しちゃいましたよミチカズーっ!」



 ジャンプしながらこちらに向かって両手を振っている。

 メイ博士も額の汗を拭いながら、こちらに向かって手を振ってきた。



「しっかりキメてくれるじゃないかミチカズ・ユウキ。それでこそ大魔法の使い甲斐があるってものだ」


「メイ博士の魔法様々ですよ。ドラゴンが動き回っていたら、あんな綺麗に剣を刺すことは出来ませんでしたから」


「そうかい? ドラゴンバスター殿に言われると、なんだかこそばゆいね」


「事実ですよ」



 俺はコックピットが開いたままのウィンクルムをしゃがませて、外に出た。

 岩陰に隠れていたオーレリアとアイシャも出てくる。

 俺たちはドラゴンの足元に集まった。

 メイ博士が杖の先で、ドラゴンの足をカツカツ、と叩く。

 


「でミチカズ・ユウキ、どうするねこのドラゴンは? 皮や鱗など高く売れる。ちょっとした宝の山だが」


「そうなんですか。捨て置くのはちょっと勿体ないですかね?」


 

 俺がそう言うと、アイシャとルミルナが同時に声を上げた。



「なにを言ってる兄さま! ドラゴンだぞドラゴン! 皮に鱗に肉に髭、爪だって牙だって皆が欲しがる、そんな勿体ないことしたらバチが当たるぞ!」


「そうですよミチカズ! バチ当たりですバチ当たり! お金があれば世の中の願いごとの半数は叶うんですよ!? それを放棄するなんてとんでもない! 三歩進んでさらに三歩進める大チャンス、六歩進んで下がらなくてもいいなんてそうそうない機会ですよ勿体ない!」


「……なるほど」



 俺は頭を掻いた。どうしたらいいだろう。

 ここで捨ててしまうと、士気にも関わるような気がした。



「提案がある、ミチカズ殿」



 エスダート艦長が軽く手を上げて発言した。

 俺はそちらを見る。



「ドラゴンの鱗や皮は貴重だ。この大きさ……、最低限採取するにも一週間ほど掛かりそうだが、ここで手分けして解体しておかないか? 腐らないようにさえしておけば、あとで俺の部下に回収させて皆にその代金を払おう」


「ドラゴンから剥ぎ取った経験はないが、アイシャは皮剥ぎなどが得意だ。まかせておけ兄さま」



 こうして、しばしここでキャンプを張ることになった。




☆☆☆




 その晩はドラゴンの肉での焼肉だった。

 剥ぎ取った鱗(まるで団扇のように大きい)を鉄板代わりにして火で熱する。そこに塩と胡椒とスパイスを振りかけて焼くだけだったが、赤身の味が濃く、ことのほか美味しい。

 二つの鱗を火に掛けて、それを囲んで銘々が肉を焼いていく。



「ドラゴンの肉を食べると寿命が延びるって言われてるのよ?」



 はむはむと口を動かしながら、オーレリアが俺の方を見る。



「でも……ミチカズは寿命まで生きるって柄でもなさそうねぇ」


「そうだ! 兄さまは戦士! 戦いの中で育ち、戦いの中で死ぬ! そういった運命を持っているんだ」


「いや殺さないでくれアイシャ」



 アイシャもドラゴンの肉をつつきながらご機嫌だった。

 皆どうやら初めて食したようで、堅苦しそうなエスダート艦長でさえ、その味には興味を持っていたようである。



「正直もっと武骨な味を想像していたのだが、これは美味しいですな博士」


「そうだな。あたしも初めてだが、案外臭みがない。肉食の生物とは思えない味がするよ」



 メイ博士の言葉に、アイシャは意外そうな顔をして頷いた。



「帝国のヒョロガリの癖にわかってるじゃないか。肉は草食動物の方が臭みなく旨い。ドラゴンの肉がこんなに美味しいというのは、なんとも奇跡的な発見だぞ」



 アイシャのメイ博士に対する言葉も、なんとなしに柔らかい。

 同じ鱗鉄板から肉をつついてるせいか、友好度も上がるのかもしれない。

 じうじう、と鳴る肉が鉄板の上で踊っている。寒い夜にはこの上のないご馳走だった。



「こうなると、野菜もちょっと欲しくなるな」



 俺がそう言うと、アイシャが「ちょっと待ってろ兄さま」と立ち上がった。河原の端にいき、なにやらごそごそしていたかと思うと、緑の草を持ってきて俺に見せた。



「コジャの葉だ、消化の助けになる。ほら兄さま」



 そういって俺に葉を渡してきた。しっかり人数分とってきたらしく、皆にも順に渡している。手慣れたものだ。



「ワイバーンの肉を食べるときはいつもこれを食む。それがハデゥ流だぞ」



 そうだ、ここはアイシャの村の近くなのだった。手慣れていても当然か。

 アイシャの村、俺の肉体が生まれた村。


 不思議と俺も、懐かしさに似た感情を覚えていた。

 それが、俺の肉体が有する記憶なのかはわからない。単に子供の頃に家族と行ったキャンプを思い出しているだけかもしれない。だが、その感情はとても大事な物のような気がして、俺は感慨に浸った。

 コジャの葉は苦みがあって、これはこれで味覚が変わって食欲をそそる。今日は久しぶりにお腹いっぱい食べられそうだ。



「寿命が延びるのはドラゴンの肉で、永遠の命が得られるのは人魚の肉、でしたっけ?」



 それまで黙々と肉を食べていたルミルナが、急になにかを言い出した。



「命が永遠なら、ずっとずっと研究を続けられるんですけどねー。人魚の肉、是非とも食べたいなー」


「ほう、ミリーティアにも人魚の肉の言い伝えがあるのか」



 興味を示したのはメイ博士だ。

 俺は訊ねた。



「人魚なんて居るんだ? この世界には」



 居ませんよ、居ないぞ、と。

 ルミルナとメイ博士が同時に答える。

 なんだ人魚は居ないのか、そういえばこの世界には、ゴブリンやオークの類の亜人種があまり居ない。もちろんエルフも居ない。唯一見たことがあるのは巨人くらいか。前世でファンタジー物のアニメなどを見てきた身としては、ちょっと残念な限りだった。

 俺がガッカリしていると、メイ博士がクスリと笑う。



「永遠の命なんてない、という意味の言葉でもあるんだよ。人間の欲は限りないからな、戒めの言葉とも言われている」


「永遠の命ならあるぞ」



 追加のコジャの葉を採ってきたアイシャが話に加わった。



「黒き巨人は永遠の時を生きる、それもハデゥ村の言い伝えだ。村祭りの日には、人魚に見立てた魚を巨人像に供えて祝うのが習わしでもあった」


「それはあくまで言い伝えではないか? 魔法の世界でも永遠の命は古くから追及される課題の一つだが、未だ完成どころか理論もまともに筋が立っておらん。眉唾だと思うがね」


「ふん、よそ者はこれだから」



 コジャの葉を食み食み、アイシャは肉を摘まみ出した。

 ルミルナも肉を摘まみながら、



「私はアイシャちゃんの話に興味がありますよメイ博士。伝説の類には真実が含まれているとも言いますし、もしかするとなにか不老不死への鍵があるのかも……」


「なるほどな。確かにあたしがそこまで不老不死に関心がないのもあって、たかが口伝と決めつけが過ぎたかもしれん、すまんなアイシャ」


「ふん」



 と、アイシャは鼻を鳴らしてメイ博士にコジャの葉を渡す。

 美味しいものを食べながら喧嘩するほど馬鹿馬鹿しいことはない。どうやらアイシャもそこは心得ているようだった。

 俺は話題を変えた。



「この肉、美味しいけど食べきれる量じゃあないよな」


「ならば兄さま、少し干し肉にしておこう。今なら空気も乾燥していて悪くない時期だ、鱗と皮を剥いでいるうちに作れるはず」


「干し肉か、いいね。なあオーレリア、干し肉作れるかい?」


「ええ。何度も作ったことがあるわ、私とルミルナは明日から干し肉係ね」


「よろしく頼むよ」



 こうして一日目は過ぎた。

 二日目、三日目、と、俺たちは分担をしてドラゴンから鱗と皮を剥ぎ取っていった。ドラゴンの肉は美味しかったが、こう毎日だと飽きてくる。四日目にはアイシャが魚採りの簡易な罠を作り、魚を採って食べた。

 俺はというと、エスダート艦長と共にドラゴンの皮を剥ぎ取る作業を主にしている。鱗を剥ぎ取った後でも、ドラゴンの皮は硬い。身体の線から剥ぎ取るにしても、ドラゴンの身体は大きすぎるので、適当な大きさに切りながら剥ぎ取っていくのだ。


 その際、俺の「目」は役に立った。

 エスダート艦長に「初めてとは思えないな」と笑われるくらい、スイスイとナイフを通していけたのだ。俺としては白い線に沿ってナイフを通しているだけなので、別に大したことはしていないのだが、そこはそれ、やはり秘密だ。


「目」と言えば。

 五日目の夜に、こんなことがあった。



「絶対誰か居ますってー!」



 焚き火を囲んだ夕食のときの話だ、ルミルナが耐えられないとばかりに声を上げたのだ。ルミルナが言うには、夜になると、周辺に白い人影が見えることがあるそうだ。


 そんなルミルナの言葉に、俺も含めた皆が首を振る。

 人影なんかない、と。



「幽霊みたいなものか? ルミルナ」


「ちょ、やめてよミチカズそんなこと言うの!」



 俺がルミルナの言葉に素朴な感想を述べると、オーレリアが青い顔をして否定してきた。幽霊、という概念はこの世界でもあるらしい。そしてオーレリアの反応を見るに、どうやら怖がられている存在のようでもあった。



「ゾンビが存在する世界でも幽霊は怖いものなのか? オーレリア」


「ゾンビは魔法や呪いを介した物理現象じゃない! 幽霊なんていう未知の物とは全然違うわ!」



 ふーん、よくわからない。

 俺はメイ博士の方を見た。



「幽霊は、居るとも居ないとも言われている存在だからな。そんなあやふやなものが、ときに生きている人間に害をなすと言われているのだ、怖がる理由もわからないではないがね」


「メイ博士は怖がっていないようですね」


「残念ながら見たことがないんでね。怖がる由もない」



 一連の会話を横で聞いていたアイシャが、ふん、と鼻を鳴らした。



「祖霊の話だろう? 普通に居るぞ。今は冬の祭りが近い、村の祖霊が帰ってきてるのかもな」


「アイシャは、幽霊を見たことがあるのか?」


「なにを言う兄さま、兄さまだって昔はその目で祖霊を見ていたではないか」


「そ、そうなのか?」


「祖霊の見方も忘れてしまったか、仕方ない教えてやるぞ兄さま。こうやるんだ」


「え?」



 幽霊の見方? ――俺は思わず聞き返したのだった。


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