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ドラゴンバスター


 ドラゴン。

 アイシャの口から発せられたその言葉は、俺がまだこちらの世界にくる前から聞いたことのあるものだった。大抵は物語のラスボス級の力を持つ帝王的な魔物で、空を飛ぶ爬虫類の姿をした神の化身だったりすることも多い。

 この世界で言うドラゴンがどういう物かはわからないが、緊張したアイシャの顔を見れば剣呑な存在であることくらいは想像ついた。



「ドラゴンですって!?」



 オーレリアが声を上げた。



「こんな渓谷に、どうして! 普通はもっと高い山の中とかに居るものじゃない!」


「ときおり山から降りてくるんだ。昔はハデゥ村も襲われていたらしいが、一度手痛い反撃を食らわせて以来、村には手を出さなくなったらしい。アイシャや兄さまが生まれるもっと前の話だ」



 アイシャは鼻をクンクン利かせながら、



「だがもう村に人はいない。好き放題やって、今や村も縄張りの一部と認識しているかもしれない」



 周囲を見渡すアイシャの横で、メイ博士が懐から煙草を取り出した。

 彼女が軽く何かを唱えると、煙草の先に火がついた。魔法で煙草に火を着けたらしい。



「この人数でドラゴンの縄張りに足を踏み入れるのか。ぞっとしないな」



 確かに、見上げればあれほど飛んでいたワイバーンの姿が、いつの間にかなくなっていた。渓谷の沢に流れる水の音だけが耳に響いてくる。

 俺は通信機を使ってウィンクルムに訊ねた。



「ドラゴンと戦ったことはあるか? ウィンクルム」


「残念なことに否定じゃ、飛んでそちらと合流するか?」


「そうだな、頼む」



 ウィンクルムが来るまでに、俺は意見を募ることにした。



「アイシャ、そのドラゴンというのはどの程度の大きさなんだ?」


「十メートル級の、若いドラゴンだ。本来なら兄さまだって見たことあるはずなんだぞ?」


「すまない、記憶は本当にないんだよ。オーレリア、若いドラゴンと言うと戦力的にどんなものかわかるか?」


「わたしは戦ったことがないから、耳で聞き齧った程度の話だけど……」



 と、オーレリアが語るには、ドラゴンは若くても強力な魔物の部類で、空を飛び火を吐き、硬い鱗で剣も矢も弾くものらしい。討伐には強力な射撃武器を持ったマキナを十機は編成するのが通常のようだ。

 とにかく飛び回るので、地上の攻撃が届かないらしい。



「……一応、ウィンクルムで大剣を振り上げれば、二十メートル弱程度の高さまでは届く。致命傷にならずとも牽制にはなるか」


「最悪、追い払えればいいのではないか兄さま?」


「いや」



 と、アイシャの言葉を否定したのは、メイ博士だ。



「村を縄張りと認識してしまっていたら、簡単に追い払うことは出来ないだろう。ドラゴンは縄張りには固執する。倒し切らないと、村に滞在している間にまた来るぞ」


「戦わず、村に行くのを諦めるという手もあるな」



 俺がそう言うと、メイ博士とアイシャが同時にそれを否定した。

 今更なにを言う、といった論調のメイ博士と、村をこのままにはしておけない、というアイシャの言葉が、左右同時に俺の耳へと襲い掛かってきた。



「ミチカズ、貴様らを発見した。降りるぞ注意するのじゃ」



 ウィンクルムが到着した。

 とりあえず俺がウィンクルムで先行することだけを決め、急いで乗り込んだ。急いだのには、訳がある。

 


『正体不明の飛行体、接近中』



 戦術AIからの報告を、ウィンクルムが俺たちに伝えたのだ。

 ドラゴンが、来るのだった。

 



☆☆☆




 そいつは大きな翼を羽ばたかせながら、谷間の高空を飛んできた。

 緑色に輝く硬そうな鱗に身を包み、イグアナのような身体をくねらせて空中を泳ぐように進んでくる。

 体長は、尻尾も含めたら十メートルを超える。これで若竜だと言うのだから、恐ろしい生物だ。ドラゴンが大きな咆哮を上げた。そして遠距離から、炎の息を吐く。



「カカカ! あちらさん、やる気十分じゃの!」



 コックピットの耳元で、ウィンクルムがどこか嬉しげに囁く。

 俺はオーレリアたちが岩陰に隠れたのを確認し、ウィンクルムで前に出た。

 遠距離からの炎の息は、正直ウィンクルムにとってなんの影響もなかった。コックピット内の空調も、問題なく機能している。



「近距離でコックピットに向けて長時間息を吐かれたら面倒かもしれぬが、遠距離ならば一つも問題なさそうじゃ。次はこちらからお見舞いしてやれミチカズ」


「おう!」



 俺はウィンクルムの右腕を伸ばし、飛んでいるドラゴンの方へと向けた。

 アームカノンを連射する。バチュンバチュンと音を立てて飛び出した光弾が、横に飛ぶドラゴンの後を追う。図体の大きさの割に、動きが速い。俺はアームカノンを撃ちながら、素早く腕を動かした。

 ドラゴンが動いている方向への偏差撃ちを狙い、それは成功した。――が。



「なんじゃ鱗で弾かれてしもうた」



 あれはマキナより硬いぞ、とウィンクルムが呆れたような声を出す。



「近づいて剣を振るうしかないか」



 俺は背中からアークソードを引き抜いた。

 するとドラゴンは、ウィンクルムから一定の距離を取るように空中で静止した。

 ばさり、ばさり、と翼を大きく動かしながらのホバリング。



「様子見しておる、忌々しい」


「こちらも空中を飛びながら戦う、というのは可能か? ウィンクルム」


「否定じゃ、そのように器用な機能にはなっておらん。あくまで移動の為の飛行じゃよ」


「ジャンプで斬りつけるとして、その補助程度には?」


「それは可能じゃ、ジャンプの距離を伸ばしたり多少の空中移動なら問題ない」



 ならばそれでいこう、と俺は頷いた。

 両手で大剣を肩担ぎに構え、しゃがみ込む。各関節のバネを活かす為に、溜めを作ったのだ。

 そのまま、ホバリングしているドラゴンに向かって跳躍。ドラゴンが、翼を大きく羽ばたかせた。高度を上げてこちらの突進を避けようとする。



「逃がすかっ!」



 そこで空中ブースト。空中で俺はウィンクルムの軌道を変えた、ドラゴンに追いすがる。肩に担いだアークソードを、袈裟切りに一閃。大剣がドラゴンの肩に食い込んだ。

 ほとばしった血に、苦悶の咆哮を上げるドラゴン。

 だが大剣は肩に食い込んだだけで、そこから斜めに斬り込むことは叶わなかった。ドラゴンが身じろぎすると、肉から大剣が弾かれる。ウィンクルムが、空中で体勢を崩された。そのまま尻尾で、地上に叩きつけられる。



「くはっ!」



 重力制御されているはずのコックピットが大きく揺れた。

 一瞬俺は自分の場所を見失った。正面を見ると、高い渓谷を真上に見上げている景色がモニターに映っている。ウィンクルムは仰向けに倒されたのだった。



「くるぞミチカズッ!」



 ウィンクルムが警鐘を鳴らすが、俺の意識が一瞬追いつかなかった。

 どことなく他人事のようにモニタ越しに見ていたのは、飛来するドラゴンの姿だ。爪をたて、鷲のように襲い掛かってくる。両腕を両の腕で押さえられ、腰の上に大きな図体が圧し掛かってくる。カチン、カチン、とドラゴンの口の奥で音が鳴った。


 身体を拘束されたまま、ゼロ距離で火の息を吐かれる。

 空調が効いているはずのコックピットの温度が、グングン上がる。



「くそっ! 動けないっ!」



 ドラゴンに体幹を押さえられているせいか、ウィンクルムの身体がうまく動かせない。身じろぎにしかならなかった。



「いかんのぅ、このままだとボディは平気でも関節部にダメージがくる」



 ドラゴンの息が一旦止まる。

 ウィンクルムの首元にガリッと噛みついてくるが、装甲に牙が通らないことを知ると、ドラゴンはまたカチン、カチンと口の奥で音を鳴らし始めた。

 ――そのとき。



「おおおおおーっ!」



 物陰から飛び出してきたエスダート艦長が、ドラゴンの足元に剣を突き立てた。ドラゴンの巨体から見れば、ぷすり。針とは言わぬまでも爪楊枝の先が刺さったようなものだろう。

 それでも意識はこちらから逸れたらしく、ドラゴンは火の息を吐くのをやめ、尻尾を動かしてエスダート艦長を足元から追い払おうとする。


 続いて物陰から飛び出したルミルナとメイ博士が、なにか魔法を放った。

 魔法は乾いた音を立てながらドラゴンの足へと一直線に伸びた。そこに突き刺さっていた剣へと向かって伸びたのは、幾本もの稲光だ。

 あれはきっと、ライトニングの魔法だろう。突き立った剣を通じて、ドラゴンの足を焼く。ドラゴンが苦悶の声を上げた。

 今度こそドラゴンは、ルミルナたちの方へと身体を向きなおして反撃をしようとする。つまり。



「今じゃミチカズ!」



 ウィンクルムへの拘束が、弱まるのだ。

 俺はウィンクルムの巨体を大きく動かした。上に乗っていたドラゴンの身体がよろめく。出来た隙間を利用して、下からドラゴンの腹に向かって膝蹴りを繰り出した。右腕の拘束が解かれたので、アームカノンを至近距離から撃ち放つ。

 狙うのはドラゴンの目。

 いくら硬いと言っても、目までは硬くあるまい。この距離ならば、狙える。


 ドラゴンの目に、光弾が炸裂した。赤い体液が飛び散る。

 首を振って暴れるドラゴン。翼を広げ、飛び立とうとするドラゴンの下から俺はウィンクルムの身体を起こし、翼を握る。逃さない。



「ミチカズ・ユウキ!」



 と、メイ博士が大声でこちらに話し掛けてきた。



「これからあたしが『グラヴィティ』でドラゴンの身体を一時押さえつける! その間になにか致命傷を与えてくれ!」



 ズシン、と、ドラゴンの身体が地面にへばりつく。

 翼も腕も、尻尾も。全ての部分に「見えない重り」が繋がれたかのように、地面へとべったりくっついた。

 これが、メイ博士の魔法か。



「了解した、メイ博士!」



 応えながら俺は、ウィンクルムで飛び上がった。

 ジャンプではなく、空に向かって飛びあがる。そのまま谷の上を越える高さまで上り、コックピットのハッチを開いた。



「弱点は! 心臓はどこだ!」



 俺は肉眼で、地上にうつ伏せになったドラゴンの背中を見た。

 そのまま自然落下しながら、大剣を構える。白いラインが見えてくる。剣を突き立てるべき場所が見えてくる。補正、位置の補正。補正、大剣の角度の補正。

 微調整に継ぐ微調整。

 俺は「目」を使いながら、ウィンクルムを動かした。そして。



「ここだっ!」



 ウィンクルムの重量を大剣の切っ先に全て掛け、俺はドラゴンの背を突いたのだった。


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