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帝国軍との共闘


 朝が来た。

 帝国軍の巨大戦艦、ドレッドノートの隣でオーレリアたちと焚き火をして暖を取りながらの睡眠だった。昨夜は色々とあったので、ドレッドノートから戻った俺たちは少し話し合ったのだ。


 結論から言うと、俺たちは帝国としばらく共闘することになった。

 俺は昨晩のことを思い出す。




☆☆☆




「共闘、ですか?」


「そう共闘。丁度いいだろう? きっと情報収集が主任務のキミらだ、帝国の内情を知りながら、現場を探索することもできる」



 ドレッドノート艦橋内。

 訝しんだ俺の声に対し、裏などないとばかりの明るい声でメイ博士が笑う。くゆらせているネムの葉の煙草が、少しけむい。



「このドレッドノートは、図体からお察しの通り非常にマナを食う機体でね。補給を待つか長期間の機関停止でもしないと、そろそろ動くのも難しい状態なんだよ」



 艦橋内の兵士がどよどよと、声を上げる。その中の一人が立ち上がり、メイ博士の方に近づいてきた。



「博士! そんなことを教えてしまっては……!」


「いいんだよ副艦長、事実なんだから。言ったろう? このドレッドノートは継戦能力が皆無だと。あたしは素直に首都へ帰還しようと言ったはず、なのに友軍の危機を座視できないとシュタデル方面に引き返したのはおまえさん方だよ。それももう、十分働いた。ここらが潮時さ」



 肩を竦め、クマの濃い目を一旦閉じるメイ博士。



「艦長だってもう納得してるはずだ、我々は出来る限りの友軍を助けたよ。そろそろ目的を切り替える時期さ」


「切り替える、と言いますと?」


「原因の究明に決まってるじゃあないか」



 副艦長に答えながらメイ博士はこちらを一瞥、ウインクをして見せた。



「原因を探り、事態を収拾する。原因にはキミらも興味あるだろう? そっちにはどう伝わってるんだい? ミチカズ・ユウキ」


「……こちらでは、帝国の実験失敗とも過激派のテロとも言われていますが」


「なるほどね。それはたぶん、どちらも正解だ」



 博士の咥えた煙草の灰が、床に落ちた。



「こちらの機甲魔法士どもが、シュタデルでなにやら実験をしていたのは事実。そこを過激派に妨害されて実験が失敗、今回の事件が起きた、とこちらでは言われている」


「黒い巨人の召喚だぞ兄さま……!」



 俺の隣で話を聞いていたアイシャが、俺の軍服の袖を引っ張っりながら言った。



「やつら巨人を復活させようとして失敗したんだ。仕方ない、黒い巨人はまだまだ目覚めるべきときではないのだから」


「お嬢ちゃん、詳しいじゃないか。もうちょっと聞かせてくれるかい? 機甲魔法士の奴らは秘密主義でさ、ほとんど情報を開示しないまま都市の中で消滅してしまったんだよ」



 メイ博士の言葉に、アイシャが睨むような視線を送り返しながら一歩前に出た。



「おまえらはアイシャの村から長老や語り部を連れていったろう! 黒い巨人を呼び覚まして、なにを企んでいるんだ!」


「その黒い巨人? とやらが、無限のマナを生む、とかなんとか言ってた気はするけどねぇ。詳しいことはわからん」


「無限のマナ? ……それはなんとも途方もない話ですね」



 ルミルナも眼鏡を光らせて反応した。

 メイ博士が、どこか満足気に頷く。



「よかった共通の興味が出来たようだ。キミも興味がわかないか? ミチカズ・ユウキ」



 正直、無限のマナとやらのことはピンとこない。

 だが一国がプロジェクトを動かしたほどの話であることには興味を持った。



「その、黒い巨人てのは結局なんなんだアイシャ?」


「村の神じゃないか兄さま! 時の終わりにこの世に楽園をもたらすという神だ、それを無理矢理眠りから覚まそうとするから……!」


「村……村か」



 俺は考え込んだ。

 発端がアイシャの、そして俺の肉体となった者の村にあるならば、一度赴いてみるのも必要かもしれない。幸いアイシャに案内も頼める状況だ、まずはそこに行ってみるのもいいか。



「村へ行ってみるか。案内を頼めるか? アイシャ」


「それは問題ないが……」



 ちらり、とメイ博士の方を見るアイシャ。



「もしかして、この女も付いてくるのか? 兄さま」


「ん? そりゃあ、あたしが行かなくちゃ意味ないだろう。何のための共闘さね」



 と、メイ博士が腕を組んだとき、艦橋に男がやってきた。

 環境の乗務員が口々に、「艦長」と呟きながら、敬礼をする。



「それは認められませんなメイ博士」


「なぜだいエスダート艦長」



 艦長と呼ばれた口髭の制服男が、メイ博士の傍らに立った。



「我々は貴女の身の安全を守らなければならないと言ったでしょう。貴女の身をミリーティアの者に委ねるなど、許可することは出来ません」


「彼らはあちらさんの国の命を受け、協力の建前で動いているんだ。平気だよ」


「それでも、事故に見せかけて貴女を排除することは出来てしまう。貴女は我が帝国にとって大事な技術者であり――」


「稀有な魔法使いでもある、だろ? ならわかってるんじゃないか? あたしを害するなんて、そうそう出来るものでもない」


「それは……そうですが。だがもし、機甲魔獣が出たら!」



 苦虫を噛み潰したような顔で、エスダート艦長が語尾を強める。



「なぁに、外にいるのは帝国から流出してしまったジ・オリジナルだ。マナが枯渇しかけのドレッドノートに居るより、もしかしたら安全かもしれんよ」


「ですが……」


「心配なら付いてきてくれたまえよ艦長、もと剣聖の位であった貴殿の腕があれば、あたしも安心だ」



 エスダート艦長は両腕を組み目を瞑った。どうやら思案しているようだ、歯を食いしばるようにギリギリ鳴らしている。

 思うにメイ博士はいつも勝手を言って艦長を困らせているのだろう。奔放な人物と生真面目な人物は、けっこう相性が悪い。奔放な方が上司ならば尚更だ、生真面目な方の心労が絶えない。



「副長!」


「はっ!」



 メイ博士の傍らにいた兵士が敬礼した。



「これよりドレッドノートはマナの回復に入る。俺は博士の供をするので、帰るまでの間、艦橋の方を頼む」


「了解しました、艦をお預かりします!」



 メイ博士がその不健康そうなクマを持ち上げて、にんまり笑う。

 ちょっとズルそうな笑い顔は、ここで悪戯をしても叱られないことを知っている子供のような悪い顔でもあった。

 彼女はこちらを見ると、満足気にこう言った。



「ということになったミチカズ・ユウキ。早速明日の朝に出発しよう」



 

☆☆☆




「ミチカズ、準備が出来たわよ。アイシャちゃんはルミルナと一緒にマキナキャリーの助手席に。道案内をするので今回はキャリーが先頭ね」



 オーレリアが報告にきた。

 その後に馬車、俺の乗ったウィンクルム、といった順で続く。

 メイ博士とエスダート艦長は、オーレリアと共に馬車へと乗って貰う算段だ。



「アイシャのハデゥ村はここからもっと西だ。西に進み、西に進み、西に進む」



 とにかく西へ。

 そう言うアイシャに、俺たちは続く。街道を外れた丘陵地帯を抜け、山間部へと入っていく。陽が暮れると俺たちは火を焚き、暖をとって眠りについた。


 山間部に入った頃から、ちょいちょいと「モンスター」に出会うようになった。機甲魔獣とは違って、生身の身体を持つ動物的な生き物だ。特によく出会うのは、ワイバーンと彼らが呼ぶ翼竜だった。

 体長は、尻尾まで合わせて二から三メートルくらいと小型から中型。

 空を飛び、集団で行動している。

 山間部の渓谷ともなってくると、何匹ものワイバーンが谷間をゆらゆら飛んでいた。ワイバーンは大人しい性質で、よほどのことがないと人を襲うことがないらしい。食事も、木の葉や木の実が主だとか。俺が思い描いていたワイバーン像とは、少し違う。



「ここから先は、徒歩じゃないと難しそうですね」



 渓谷が深まり、ルミルナの判断によってここを一次キャンプとすることにした。

 アイシャが言うにはハデゥ村はもうすぐだ。

 俺たちは部下にキャンプを維持して貰うことにして、徒歩で先に進む。

 アイシャを道案内に、俺、オーレリア、ルミルナの三人。そこにメイ博士とエスダート艦長が続く形だ。


 谷間を進むごとにアイシャの眉間に、なぜか皺が寄っていく。

 険しい表情を見せるようになったアイシャに、俺はその理由を聞いてみた。



「おかしいぞ兄さま。さっきから、ワイバーンの姿が見えない」



 言いつつ鼻をヒクヒクさせて、なにやら匂いを嗅いでいる。

 


「そして焦げくさい」



 俺もアイシャに倣って鼻を利かせてみるが、正直よくわからなかった。

 隣を歩いていたメイ博士が、小首を傾げた。



「それは、なにを意味するんだい?」


「……ドラゴンがくるぞ」



 アイシャは目を細めた。


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