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移動破槌ドレッドノート


 月の夜。

 帝国軍の戦艦級陸上兵器が、今俺たちの目の前にある。

 学校や市民会館にある大きな体育館を彷彿とさせる図体を持ち、高さはウィンクルムを一回り超えるほど。鉄の箱、または戦車と言った風情で、巨大な六輪の車輪とマキナの足で移動をする。


 鉄の箱の全面や側面には、夜の闇を切り裂く無数のライトが備え付けてあり、俺の乗ったウィンクルムやオーレリアの戦闘マキナ、ルミルナの指揮するマキナキャリーを上から照らしつけていた。



「私はドレッドノート艦長のエスダート・グラム。まずは友軍を助けて頂いたことに感謝する」



 戦艦級陸上兵器から、大きく声が響き渡った。艦外放送だ。

 拡声器によりひび割れた男の声は低く、複数の音響機器から声がこだましていることもあり、やや聞き取りにくい。



「ミリーティア国軍の方々とお見受けするが、隊の責任者の名をお聞かせ願いたい」



 俺もまた、ウィンクルムの中から拡声器で返答をする。



「こちらはミリーティア国西方軍に所属するマキナ隊、隊長のミチカズ・ユウキです。難事における救援活動の一環として派遣されてまいりました」


「ミリーティアから救援活動の申し出があったことは聞いている。だが我々現場部隊の判断では、ミリーティアの力を借りるまでもなく事態を収拾出来るものと考えている。我が帝国所領よりの即時撤退を――あっ、博士なにをっ!」


「いいじゃないか、マイク借りるよ?」



 なにやら拡声器の向こうから、ドタバタとした雰囲気が伝わってきた。

 横入りしてきた声は女性のもので、なにやら場にそぐわぬ明るい調子であちらの艦長とやりとりをしている。



「やあミチカズ・ユウキ? 艦長はああ言ってるけど、場の決定権はあたしにあるんだ。あたしはキミらに興味がある。それはウチのジ・オリジナルだよな? そこも含めて少し話を聞きたいんだけど、これからこっちに来ないかい?」


「メイ博士、やめてくだ――」


「いいからいいから」



 博士と呼ばれているあちらの女性の声は、あくまで陽気で楽しそうな声音だった。嬉しそう、と言ってもいい声かもしれない。半面、艦長の渋がる声が気になる。



「どうも揉めているようですが」


「大丈夫、立場はあたしが上だ。なんなら皇帝陛下の名において約束するよ? キミらがこちらに来てる間、絶対に手出しはしない。なっ、エスダート艦長、陛下の名誉を汚したりしないだろう?」



 結論として、俺たちは帝国の戦艦に招かれることになった。

 戦艦。正確には、移動破槌ドレッドノートと呼ばれているらしい。

 オーレリアを外に残し、ドレッドノートには俺とルミルナ、アイシャの三人が向かうことになった。アイシャはオマケというか、付いていくと言って聞かないので渋々了承した形である。


 ウィンクルムから降り、ルミルナアイシャと合流する。

 戦闘用マキナから顔を出したオーレリアが、心配そうにこちらを見ていた。



「大丈夫なのかしら」


「あちらが武力で圧する気ならとうに出来てる、少なくともその線はないだろう。オーレリアに残って貰うのはむしろ機甲魔獣が現れたときの為だ、そのときはウィンクルムと協力して対処してくれ」


「わしは広域サーチをしておればよいのじゃな? 了解した」


「頼むウィンクルム」



 秋も深くなり冬が近づいた夜だ。陽が落ちて外に出ると寒い。

 俺は軍服の上に羽織ったマントに身を包み、ドレッドノートの方へと歩いて行った。艦外放送の指示に従い、巨大な戦艦の背後へと回り込む。


 俺たちが助けた帝国の非戦闘用マキナ三機も、同様に移動を指示されていた。

 彼らは俺たちの後ろをゆっくり付いてくる。

 背後へと回り込むと、壁のような側面の一部が大きく開かれており、そこからドレッドノート内の明かりが漏れていた。

 マキナが入れるようなそこは、後部ハッチだった。

 後部ハッチは幾本もの鎖により上から下へと開かれている。丁度巻き上げ式の橋のように扉が降ろされ、扉はそのまま入艦橋になっているようだ。

 

 中から出てきていたドレッドノート内の整備員が、帝国のマキナを誘導し始め、俺たちと分かれる。マキナの連中は一度機体から顔を出し、それぞれ俺たちに一礼、手を振って去っていった。

 俺が軽く手を振り返していると、横でドレッドノートを見上げていたルミルナが、ぽかんと口を開けて呟いた。



「ほ、ほんと大きいですねぇこれ。マキナを中に積むことも出来るだなんて、どうやって機体強度を維持しているのでしょう」


「ミリーティアにはこういうのはないのか?」


「ありませんよ! あのマキナキャリーでさえ私が開発して、まだ懸案事項が幾つも残っているんですから。初めて見ましたよ、人が開発したこんな巨大な機体!」


「アイシャは前も見たことがある。そのときは前面から出る光の束で、シュタデルの街壁を崩していたぞ」



 なるほど、移動破槌とはそういうことか。

 城門や壁も簡単に崩す破城槌、先日の帝国対シュタデル自由都市国家での戦争でも使われていたらしい。



「へえ、あの光景を見てたんだ? 運がいいよキミ」



 と、横から会話に入り込んできた者がいる。

 長い銀髪に白衣。左手をポケットに突っ込んだまま、右手に持った杖で、無造作に首の後ろをトントン、と叩いている女性だ。

 切れ長の目が眠そうに充血しており、目の下にクマがある。煙草のようなものを口に咥えていた。



「なにせ移動するだけで、国庫の世話にならねば立ち行かない予算が動く機体だ、そうそうお目に掛かれるもんでもない」


「運がいい? 運がいいだと!?」



 アイシャが声を荒げた。



「光の束に巻き込まれて死んだ者だってたくさん居たんだ! それを運がいいだって!?」


「巻き込まれなかったんだから、尚のこと運がいい。範囲や出力を調整出来ないのが欠点さ、今後の課題だね」



 掴みかかりそうな勢いを見せたアイシャを、俺は羽交い絞めにして止めた。



「なぜ止める兄さま! こいつは生かしておいちゃいけない女だ!」



 口の端で煙草のような物を噛みながら、白衣の女性は困ったような顔をして肩を竦めた。



「なにを怒ってるんだ。戦争じゃないか仕方のないことだろう、イヤなら戦争などしなければよい。それにな、コレのチカラを見せつけたお陰であの攻城戦は短く終わったんだ。結果的に死者もだいぶ減ったはず、感謝されこそすれ、罵倒されるいわれなどないと思うんだがなぁ」



 ふぅぅ、と口から白い煙を吐く。

 やはり煙草の一種か。俺はケホッと咳をした。



「ああすまない、ネムの葉を乾燥させて巻いたものだ。覚醒感があってね、愛用している勘弁してくれ」


「メイ博士ですか?」


「そう、あたしがメイ・ムラミ。お迎えにきたよミチカズ・ユウキ」


「あまり挑発しないでやってください。戦争とその事後で、アイシャは村の仲間ことごとくを失っている。貴女と異なる感想を持つのも致し方ないでしょう」


「挑発したつもりはなかったんだが……」



 と、困った顔のままに腕を組む。



「まあすまない。あたしはよく言葉が過ぎると怒られるんだ。きっと今回もあたしが不味かったんだろう、悪かったな、えっと? アイシャ?」



 そう言って、メイ博士はアイシャに向かって手を差し伸べてきた。

 羽交い絞めにしているアイシャの身体からは依然力が抜けていない。まだまだ躍りかからんばかりの勢いだ。

 俺はアイシャの耳元で囁いた。



「ここで問題を起こされると、俺が困る。俺に従うか、自分を貫くか、いま選ぶんだアイシャ」



 力を抜かないようならば、アイシャを強引に眠らせる。

 そこまで考えていたのだが、杞憂だったようだ。アイシャは俺の腕をギュっとひとつねりして、全身の力を抜いた。俺も息を吐き、アイシャから手を離す。



「アイシャだ」



 ぶすっとした顔でそう言うと、アイシャはメイ博士の手を握る。

 メイ博士は笑顔で、



「メイ・ムラミだ。これで仲直りだな」



 そう言った。

 その後、メイ博士は俺とルミルナにも手を差し伸べてきた。

 それぞれと握手し終わると、また笑う。



「これで良し」


「なにがいいんですか?」



 俺が聞くと、むしろ不思議そうな顔をこちらに見せてくる。



「握手は平和の象徴なんだろう? これでキミらとは良い関係を築けた、次の話に移れると思ってね」


「次の話?」


「まま、それはあとで」



 そう言って、メイ博士は俺たちをドレッドノートの中に迎え入れる。

 ドレッドノートの中に入り、俺たちは内壁を見上げた。

 それは意外にも、木板が張られているだけの部分も多かった。鉄のフレームに木板と鉄板で補強されたボディなのだ。



「なるほど、外から見ると鉄だらけの箱だけど、中はそんなことないんですねぇ」



 ルミルナが眼鏡の奥の目をキラキラさせながら、露骨に周囲を見渡している。壁の近くまで寄って壁を触り出したルミルナに、微笑ましいといった笑顔でメイ博士が応える。



「重量の問題もあるからね。上の方はなめした皮だけを使ってる部分もあるよ、ここだけの秘密だがね?」


「うわっ、見た目詐欺じゃないですか!」


「見た目は大事さ、味方は戦意高揚、敵は戦意喪失。それに前面と前方サイドはしっかり防備してあるからね。戦場では前に出すぎなければいいだけだよ」


「もしかして、このドレッドノートの設計はメイ博士が?」


「そうだよ」



 ルミルナがピョンと跳ねて、嬉しそうにメイ博士へと両手を伸ばす。

 メイ博士の左手を両手で握ったルミルナは目をキラキラさせて、眼鏡を光らせた。



「凄いですメイ博士! こんな巨大な、しかもマキナを積載できる機体を設計するなんて! 私も見習いたいものです!」


「お、キミも設計者かい? もしかして、外にある大型のキャリアーみたいなのは、キミが?」


「はいそうです! マキナキャリーって言います!」


「なるほど鉄の塊で作られてるから、ちょっとした戦場でも使える。細かく実用的な設計だ、悪くない」


「本当ですか? そう言って頂けると、うーん、嬉しいです!」



 内部を進みながら、その後も二人はあっちを見、こっちを見しつつ話に花を咲かせていた。博士という人種は、国越えてこういうものなのだろうか、興味という物を隠そうとしない。お互いが、お互いの作った物の弱点を聞いて、それに律義に答えている。ハタから聞いていると、喋ってしまって良いのだろうか? と思わなくもない。



「兄さま、なんなのだあの二人は」


「マッドサイエンティストの系譜だろうな」


「まっ……ど?」


「ああごめんアイシャ、俺の――ミチカズの国での言葉だった」



 俺は頭を掻きながらアイシャに謝罪した。

 壁も足場も、鉄や木板がまだらに使われている。耐久度と軽量化、柔軟性などの兼ね合いが云々とメイ博士が言っていたが、俺にはよくわからない。加工には魔法工法が絡んでどうこうとまで言われると尚更だ。


 そうこうしながら幾つかの階段を経てフロアを上がっていくと、艦橋らしいフロアに着いた。最上階だった。



「あれ? 艦長はどこに行ったんだい?」



 広い艦橋の中をキョロキョロ見渡しながら、メイ博士が周囲の乗務員に問う。乗務員の一人が答えた。



「博士が一人で行ってしまいましたから、慌てて追いかけていきましたよ! どこでどう擦れ違ったんですか!?」


「あれスレ違っちゃったかぁ。まあ仕方ない」


「仕方ないじゃありません! 博士の身の安全を守ることも我々の仕事なのですから、自重して頂かないと!」


「ごめんごめーん、気を付けるよ。でも言った通りほら、平気だったろう?」


「それはそうですが……」



 艦橋内の視線が、一斉に俺たちへと集まった。

 俺は居心地の悪さを感じて、思わず身じろぎした。



「でね、ミチカズ・ユウキ。さっき言ってた、次の話、なんだけど」


「ああ。なにか言いかけてましたね、メイ博士。なんでしょう?」


「なに簡単な話さ、エスダート艦長はああ言っていたけど、あたしはキミらの力を借りたいと思っていてね。正式に共闘を申し込みたいんだよ」



 艦橋中の帝国兵が、「えっ!?」と声を上げた。


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