戦闘開始
「そういうことなら」
と、まずすんなり納得したのは、オーレリアだった。
押しかけ妹――というのか?――のアイシャをどうするかを皆に相談したのは、難民に食事を配り終えて自分たちも昼食を摂っているときである。
ミリーティア国境の屯所で俺たちは、給仕られたスープと黒パンを胃に入れながらアイシャに視線を注いでいた。
「おいおい、そんな簡単に決めてしまっていいのか? 糧食の問題だって出てくる、食事が一食分増えるんだ」
「ここで沢山買っていけばいいわよそんなの」
「そういえば、もう買い込んだんですか? 食料は」
ルミルナがスープを啜りながら俺とオーレリアの方を見た。オーレリアが頷く。
「干し肉と干し果物をたくさん買っておいたわ。午後からまた回りましょ」
「そうですか。午後からは私も手伝いますよ、なんだかんだ私の整備班が一番人多いですしね」
助かるわ、と締めたオーレリアだったが、アイシャが咎めるような口調でオーレリアの言葉に口を挟んだ。
「おまえたち、買い込んだ食料はどうしたんだ?」
「え? マキナキャリーの運転席に置いたけど……、それがどうかした? アイシャちゃん」
「あのヘンテコな大型マキナか……。たぶんな、その荷はもうないぞ? こんな場所で、人も付けずに食料を放置するなんて、どうかしてる」
急いで食事を切り上げ、俺たちはマキナキャリーの元に戻った。
少し離れていた馬車の方は人が付いていたので問題なかったが、マキナキャリーの方は運転席からなにから荒らされていた。食料はもちろんのこと、ちょっとしたマキナのパーツまで奪われてしまっている有様だ。
「ぎゃーっ! これはひどいですー! やめてー、盗らないでー!」
声を上げたのはルミルナだった。
ルミルナが声を上げると、砂糖に群がる蟻のようにマキナキャリーに張り付いていた難民たちが、ささーっと居なくなる。
「酷い! 駆動部分が分解されてますー!」
ルミルナが悲鳴にも似た苦悶の声を上げて身を悶えさせていると、アイシャが呆れたように嘆息した。
「完全に分解されてしまう前でよかった。おまえたちは難民を分かってない、きっとアイシャが居た方がいいぞ。それに、おまえたちがこれから向かうシュタデル周辺なら案内もできる」
とほほ顔で、マキナキャリーの修理を始めるルミルナと整備員たち。
キャリーに積んであった荷は半分ほどなくなっていた。
厳重に固定されていた戦闘用マキナと新兵器が盗られていなかったのは不幸中の幸いか。
盗人猛々しいとでも言うのか、分解され盗まれたパーツはすぐさま街道で売りに出されていた。どう見ても俺たちのところから盗ったものだが、商人は違う違う、と言い張る。
結局オーレリアが手持ちの軍資金から切り崩し、必要なパーツは買い戻した。
俺とオーレリアが食料も買いなおし、ルミルナたちがマキナキャリーの修理を終えたのは、結局暗くなり始めたころだった。
その間、アイシャは手の空いている者を従えて馬車とマキナキャリーの見張りを指揮していたが、その手際は実に見事なもので、てきぱきと指示をして死角の生まれぬよう、しっかり要所に人を配置していた。
「……ミチカズの妹さん、なんかすごいわね」
オーレリアが目を丸くした。
俺も無言でそれに頷く。手慣れているのがわかるのだ。アイシャには人を動かす経験と才がありそうだった。
「村ではアイシャが狩りの指示を出していた。戦場に渡れば、兄さまだってアイシャの指示に従ってたじゃないか」
当然、とばかりにアイシャがこちらを見る。
その顔にはなんの奢りもなく、ごくごく自然に自分の役割を語っただけのようだ。
「でもね、アイシャ。ここの隊長はミチカズだから……」
オーレリアの言葉に、アイシャが頷く。
「わかった。これよりアイシャは兄さまの指揮下に入る、兄さま、指示を」
「えっと……、そのまま見張りを指揮しておいてくれ」
なんじゃそれは、とウィンクルムが通信機越しに笑う。「そのままではないか」
「いやだって、俺よりも警備に関して有能そうだから」
「不甲斐ない隊長よのぅ」
「そんなことないわよウィンクルム。自分より秀でた者をその場面で重用する、それも隊長としての器だわ」
「そんなもんかの」
空が藍色に染まり、薄暗がりが大地に広がっていく。
俺たちは松明と魔法の灯りを付けて、馬車と車の周りを照らす。暗がりが支配してくると街道も一気に静まり始め、店は畳まれ難民は街道周りの寝床に戻っていく。
「そろそろ行けそうかな、オーレリア?」
俺はウィンクルムに軽く街道を照らして貰い、足場の確認をする。街道にはもう人がいなかった。これなら馬車、マキナキャリー、ウィンクルムの順で動けば、人を踏みつぶすこともあるまい。
「そうね。大丈夫だと思うわ」
「ウィンクルム、操縦はおまえに任せていいか? 俺はもう少しアイシャの話を聞きたい」
「構わんよ。エネルギーはその分消費するが、急な戦闘行動があるわけでもあるまい」
「じゃあアイシャ、キミは馬車の中に頼む。ルミルナ、そっちはイケるか?」
ルミルナの返事は肯定だ。
俺たちは暗くなった街道を西に向かって進み出した。
☆☆☆
馬車に揺られながら、街道を西に。
とりあえず難民キャンプが見えなくなるまで移動し、北西に向かう。
アイシャの話では、この辺は村が多かったらしい。近年はずっとシュタデル自治都市の庇護下にあった村々で、先の帝国との戦争でも各村の勇者が活躍したとかなんとか。「兄さまはその一人だ」と、胸を張りながら俺のことを尊敬のまなざしで見上げるが、申し訳ないことに俺にその記憶はない。
今、周辺の村々の住民は、あの難民となっている。
突然のシュタデル消滅と共に、機甲魔獣が溢れ出したからだ。
「絶対、帝国がなにかやったんだ。アイシャの仲間たちも、皆消えてしまった」
涙を浮かべるアイシャ。
そうだ、そろそろ機甲魔獣の出現地点なのだ。警戒する必要がある。
俺はウィンクルムにその旨を伝え、広域のサーチを頼んだ。途端。
「敵影らしきもの発見じゃ。北三キロメートルに多数……いやまて」
ウィンクルムが一度言葉を畳み、なにやら思案している。
「これは戦闘じゃな。恐らくマキナと機甲魔獣での戦いじゃ」
「戦闘? なぜわかるんだウィンクルム」
「光点が消えていくからの。ほれまた消えた、ああこれは人間側が不利なのじゃな。どうやらマキナで逃げておるようだ」
「オーレリア、閃光弾を放ってくれ! こちらにマキナを誘導する! その後皆は戦闘の準備をしてここで待機、俺はウィンクルムと一緒に先行する!」
「わかったわ!」
「了解兄さま、アイシャは眼鏡に伝えてくる!」
オーレリアとアイシャが、馬車の中から飛び出した。
俺も続いて馬車から降り、ウィンクルムに乗り込む。戦闘地点まで地上を走っていくことにした。
月明りに照らされた暗い街道を、ウィンクルムのライトが照らし出す。
赤外線カメラの方が視界は良いのだが、要救助者にこちらの存在を知らしめる為に可視ライトと高感度カメラを活用することにする。
「ウィンクルム、マキナはこちらに逃げてきているか?」
「閃光弾を見たのじゃろう、方向を変えてこちらに逃げてきておる。そろそろエンゲージじゃ」
『前方に機甲魔獣と思われる敵性機体を多数発見。数、中型七、小型二十一』
戦術AIが敵の存在を告げた。
『警告、敵性機体より照準を感知。数、一、二、……十八。来ます』
幾つもの光が、星空目掛けて飛び上がった。
正確には十八の光、それは遠距離からのミサイル攻撃だと戦術AIが予想する。
各敵乱射に近い、面での攻撃だ。
「奔るぞウィンクルム!」
「了解じゃ」
着弾予想地点区域を、大股で走り抜ける。下半身のショックアブソーバーが全開稼働するのも構わずに、とにかく速度重視。
走り抜けたウィンクルムの背後で、爆発の大花が地上にたくさんの半球で咲き乱れた。
『前方にマキナを三機確認、状態はグリーン。帝国軍の機体と思われます』
戦術AIの言葉通り、視界に三機のマキナが走ってきた。小型の、たぶんあれは非戦闘用マキナだ。俺は外部スピーカーを使って彼らに指示を与えた。
「戦闘が出来ないなら後方まで逃げろ、俺の仲間がそこに居る!」
三機はそれぞれにライトを点滅させ、了解の意図を俺に伝えてきた。戦闘用でないなら、居られても邪魔になるだけだ。
俺はアークソードに手を掛け、斬り込める体勢を取った。
ライトの届く範囲に、敵が迫る。敵のシルエットは、――人型。七機の中型は、騎士のような恰好をした機甲魔獣だった。そこに蜘蛛のような小型機甲魔獣が続いている。
「ギガントマキナ……?」
「似ておるの。魔獣というよりは、そちらに見える」
更にライトで照らし出された機甲魔獣たちは、いつもの銀色ではなく。
「黒いぞウィンクルム」
「黒いな」
こんな色の奴らは初めてみた、とウィンクルムが呟いた。
「カカカ、いったい何が起こっておるのじゃろうのぅ」
ウィンクルムの楽しそうな声に重ねるように、蜘蛛型の小型機甲魔獣から射撃が始まった。
戦闘が、始まる。




