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襲撃


 小川に写り込んだその顔は、結城道和、つまり俺のモノではなかった。髪こそ黒くボサボサだが、彫が深く鼻が高いし目も青い。骨格的には東洋人と西洋人の混血といったところだろうか、こういっちゃなんだけど、モトの俺と比べたら断然格好いい。――いやいや。


 そういう話じゃない。

 これは誰なんだ、と記憶を反芻してみるが、全く覚えがなかった。

 よくよく気にして見てみれば、身体つきも俺とは違っている。細身だが鍛え上げられてそうな筋肉、腕も一回りは太そうだ。ウィンクルムと戦うとき妙に動きやすかったのは、そもそも使っている身体が以前と違っていたからなのだろう。


 俺はひそめた眉を、思いっきり上げてみた。目を見開いてみる。

 口角を上げて、笑ってみた。片目を瞑って、しかめっ面を作ってみた。


 水面に写し出された顔が、自分の思うままに表情をコロコロ変えた。

 疑う余地がない。俺ではないが、これは俺だ。頭の中身だけが結城道和、「ミチカズ」なのだ。



 

☆☆☆




 その夜、夕食の席にて女の子の父親が、俺にナイフを渡してきた。それはウィンクルムと戦ったときに使ったものだ。

 テーブルの上に置かれたナイフは、こうして見ると柄やブレードに彫り物がされた、立派なものだった。



「〇〇〇? 〇〇?」



 もじゃもじゃした顎鬚を触りながら、テーブルに置いたナイフを指差してなにか言っている。この壮年の男は娘と比べて表情が豊かではないので、言葉がわからないと本当に話がわからない。

 俺は困った顔をつくって、胸の前で両手を振った。わからない、というゼスチャーのつもりだ。

 男はテーブルに置かれたナイフを手に取り、刃を指で軽くなぞる。なんとなく、恍惚とした表情にも見えるが定かでない。

 しばらくナイフのブレードを撫でていた男だったが、ふん、と鼻を鳴らすと首を振り、またナイフをテーブルに置いて、こちらに寄せる。

 一緒に食事をしていたフィーネがテーブルの上にこっそり手を伸ばし、ナイフを触ろうとしたところをさりげなく叩き落とす男。フィーネはきっとやんちゃなのだろう、男も慣れた仕草だった。不満そうに頬を膨らませたフィーネの顔が、かわいい。


 男は俺の腰ベルトを差して「ナイフを仕舞え」とゼスチャーした。

 このナイフが欲しかったのだろうか。

 助けて貰った礼に渡してもよい気がしたが、この先を思って考えなおした。なにぶん無一文、この世界の知識もなければ行く当てもない身なのだ。



「〇〇〇」



 結局なにを言われたのかわからぬまま、夕食を終えた。

 コミュニケーションがまともに取れないというのは、ここまで心細くなるものなのか、と、その夜俺は、ベッドに身を横たえながら考えた。

 ウィンクルムは、俺以外の言葉はわからないと言っていた。

 そのわからない中で、唯一わかる言葉があったとして。……それに固執していたのが、今なら少しわかる気がする。




☆☆☆




 また数日が経った。

 俺はこの数日、男についていって森の木を切ったり、畑仕事を手伝ったりしていた。山の斜面を切り開いた小さな畑だ。父娘はここで、自給自足に近い生活をしているようだった。


 男の名前は「ゼイナル」。

 フィーネのときと同じ要領で、互いの名を認識しあった。名がわかるというのは存外大きなものらしく、俺とゼイナルさんのコミュニケーションも増えていった。その結果としての、手伝いだ。

 フィーネもだいぶ俺に慣れたもので、畑仕事をしていると周りをチョロチョロして背中をバンバン叩いてくる。俺がジロリと睨むと、なにが楽しいのか、そこで笑うのだ。だがまあ、釣られてすぐ笑ってしまう俺がいけないのかもしれない。

 そしてまた数日が経つ。



 ウィンクルムと戦った場所も、比較的小屋の近くにあった。

 巻き込んでいたらと思うと、ぞっとしない。なにせ森の木々が燃え倒れて大きな焼け空き地となっているのだ。その中心に、動かなくなったウィンクルムの巨体があった。



「やあウィンクルム」



 俺は夕方、ウィンクルムにその日あったことを語るのが日課になっていた。話の内容は主に愚痴、言葉がわからないことに対することや、ゼイナルさんの俺に対しての扱いが段々雑になってきたことなどを、報告する。



「ただな、最近ちょっとわかるようになったんだよ。ゼイナルさんの表情も」



 食事が旨かったときの、ちょっとした仕草。野良仕事をやりなれていない俺を叱るときの予兆。



「面白いよな、だんだんわかってくるんだ。見ていると」



 興が乗ってくると、話の幅が広がってくる。

 俺のもといた世界のことや、家族のこと。学校の話を始めれば、友達のことにも波及していく。

 恋バナとかは、残念ながら、ない。

 ないんだよなぁ、なんて自虐的に話はしたが。


 などと下らない話も飛び出してきた、そのとき。

 どこかで叫び声がした。



「なんだ!?」



 ウィンクルムに背を預けて座っていた俺は、左右を見渡して立ち上がった。――声は、小屋の方だ! 再び小さな叫び声、フィーネのものだ。俺は森の中を、小屋に向かって走った。


 小屋の周りには、武装した十数人の男が居た。

 剣を持つ者、槍を持つ者、革や鎖の鎧を着こんでいる者がほとんどだ。皆、馬に乗っている。

 そのうちの一人が、フィーネを抱えていた。気絶しているのか、フィーネは動かず静かなものだった。

 ひと際目立つ鎧を着たリーダーらしき男が、馬から降り、ゼイナルさんを殴りつける。ぐったりしたゼイナルさんに、なにか話掛けていた。


 人数が多い。

 この肉体はどうやら戦闘に秀でた能力を持っているようだが、二人の無事を確保しながらあの数と戦うことは難しいだろう。俺は木陰に隠れながら様子を見ることにした。


 ゼイナルさんが、先導をして馬に乗った後続を引き連れていく。

 着いた場所は、先ほどまで俺が居たところ、ウィンクルムが作り上げた焼き跡だ。一行は焼けた空き地には入らず、まずは斥候のような男が一人、広場に横たわるウィンクルムに近づいていった。


 斥候が後続になにか合図をすると、何人かが広場へと馬を進めた。リーダーらしき男も、その中にいる。ゼイナルさんと、リーダーの側付きに抱えられたままのフィーネも一緒だ。



 リーダーらしき男がウィンクルムを見て頷いてる。

 そして軽く、手を上げた。

 突然、ゼイナルさんの横にいた馬上の男がゼイナルさんに斬りつけた。「あっ」と思う暇もない、一瞬のことだった。なにが一瞬のことだったかというと、上半身の反りだけで男の剣を避けたゼイナルさんが、その男を馬から引き擦りおろし、背後から腕を首に巻き付けたのだ。



「×××!」



 ゼイナルさんが荒げた声を上げる。

 睨んでいる先はリーダーらしき男と、フィーネを抱えている側付きだ。



「×××!」



 もう一度ゼイナルさんが声を上げる。ゼイナルさんに背後から首を絞めつけられている男が、なにか言っている。

 状況はだいたい理解できる、ゼイナルさんは男を人質にとってフィーネの解放を求めているのだ。だが、それが通じるのだろうか。


 残念なことに、リーダーを含め馬に乗った連中の反応は薄かった。

 お互い横を見て、顔を合わせている。そして一斉に、笑い出した。

 不意に一騎の馬上から槍が伸びた。その槍は、ゼイナルさんに掴まった男ごとゼイナルさんの足を貫いた。男の腹からゼイナルさんの太ももまで、斜めにぶっすりと。

 槍が引き抜かれ、二人が倒れる。

 男が苦悶の声を上げて地面を転げまわった。ゼイナルさんは、足を押さえて座り込んでいた。



「〇〇〇?」



 リーダーらしき男が馬上からゼイナルさんを見下ろし、剣を振り上げた。

 俺は反射的にナイフを投げた。

 ナイフはリーダーらしき男の手元に当たり、剣を弾き飛ばす。



「×××!」



 リーダーらしき男が声を上げて、こちらを見る。

 そのとき俺は、木陰から飛び出して焼け空き地の中へと走っていた。ナイフを投げたのも、飛び出したのも、反射的な行動だ。考えてのことではない。単に考える余地がなかっただけだ。



「ゼイナルさん!」



 ゼイナルさんは、ウィンクルムの陰に転がり込んだ。よほど武芸の心得があるのか、ゼイナルさんの動きは足に大怪我をした者の動きではなかった。俺は前方に集中した。


 線が見える。

 幾本もの線が、視界に淡く光っている。馬上の男たちの身体に、馬の胴体に、無数の線が見える。

 意識の仕方で、微妙にその線の数が増減するのがわかった。意識を拡散すると全体的に、一方に集中するとそこの精細な線が。



「――!」



 突然赤いラインが視界に現れた。これまでとは違うラインで、それは空中に浮いて見えた。思わずそのラインを避けると、一瞬のちにそこを矢が通過した。

 続いて引かれていく同じような赤ライン。

 俺はそのことごとくを避けて走る。放たれた矢が、流れるように俺の脇を抜けていった。

 武器を構えた男たちが馬ごと迫ってくる。

 同じように、剣や槍の軌道もわかった。彼らが武器を繰り出すモーションを始めると、その赤ラインは伸びてくるようだ。


 この肉体が持った能力なのか魔法なのかわからないが、その効果は凄かった。相手の攻撃を、避けられる。受けられる。弾ける。

 だが相手は多勢だった。その上に馬上からの攻撃だ、なによりこちらは素手。有効な反撃が、旨くできない。囲まれてしまっているので、フィーネに近づくこともできなかった。


 延々と、避ける。

 円々と、避ける。

 俺は四方からの攻撃を、円を描くようにして避けまくった。馬上の男たちが怒声を上げて突っ込んでくるが、とにかく避ける。


 だが、戦闘に参加する敵がどんどん増えてきた。

 一列目に剣を持つ兵が、二列目に槍を持つ兵が、それぞれのリーチ差を生かして攻撃の密度を上げてくる。

 こちらも素早く避けるため、避けるモーションを小さくしていく。ギリギリで避ける。寸前で、切り返す。そのため、かすり傷が増えてきた。血が流れる。

 避ける。避ける。避ける。避け――、きれない!?

 そのとき。

 バチュンバチュン! と、戦場に光弾が走った。俺に斬りつけようとしていた男の腕が、剣ごと吹き飛ぶ。


 戦闘が一瞬止まった。

 誰もが背後に横たわる大きな鉄塊を見たのだ。俺も思わずそっちを見た。



「……ウィンクルム?」



 ウィンクルムの右腕が、こちらに伸びていた。


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