国境の難民
オルデルンを出発して二週間。
街道沿いを馬車に合わせたゆっくりペースで、俺たちはようやく国境石橋を越えることが出来た。ここは元シュタデル自治都市群の領土だ、今はガイアス帝国の領土なのだが事件以来シュタデルから東は放置状態のようで、無統治状態とも言えた。
国境の関所と川を挟んだ西側の街道沿いは、シュタデル近隣の村や街からの難民が勝手に構えた簡易居住区となっている。
街道沿いには出店も多く連なっており、一種異様な賑やかさだった。
「あ、この果物みたことない! 食料として買い付けてみてもいいかしらミチカズ?」
オーレリアが大量の干し肉を抱えながら、まだ言う。
俺たちは街道上にウィンクルムとマキナキャリー(やはりマキナを乗せられるトレーラーのようなものだった。ただし、タイヤではなく六足のマキナの足で駆動するものだ)を置き、食料の買い出しをしていた。
「いいけど、こっちの干した果物の方がよくないか?」
「食べたいからいいの! 少しだけだから」
「まあ、金銭の管理はオーレリアに任せてるし、好きにしたらいいよ」
「う、そう言われると弱いわ」
しぶしぶと、干し果物を購入するオーレリア。
俺はクスリと笑い、オーレリアの欲しがった果物を二つ買った。
一個を自分で齧り、もう一個をオーレリアの抱えた干し肉の上に置く。
「ん、すっぱ甘いや。ほらオーレリア食べてみなよ」
「あ、無駄遣いよミチカズ!」
「これは自腹だからいいのさ」
「もう! ああ言えばこう言うんだから。両手が塞がっちゃったから食べられない、食べさせてミチカズ」
仕方ないな、と俺は果物をオーレリアの口元に持っていった。
器用に口だけで、かぷりつく。
「ん、おいしいっ」
オーレリアはご満悦だ。俺は一旦戻ろう、と提案した。「もうちょっと見て回りたいな」とオーレリアが上目遣いで言う。仕方ないなぁ、と俺が苦笑すると、通信機からウィンクルムの声が聞こえてきた。
「ええい、両手が塞がったなら戻ってこんか! こっちも大変じゃ」
――大変?
なにが大変なのかと慌てて戻ってみれば、しゃがんだウィンクルムが子供の遊び場になっていた。難民生活で娯楽も少ないのだろう、ウィンクルムをアスレチック代わりにする子供たちが大量発生だ。
「こやつらどうにかせい、ミチカズっ!」
「すまんウィンクルム。子供には勝てない、しばらく我慢してくれないか」
「人気者ね、ウィンクルム」
「他人事だと思いおって小娘め!」
文句を言いながら、動いて子供たちを振り落とそうとしない辺り、ウィンクルムもだいぶ人間の世界に順応してきているのだろう。
「これは、夜にならないと出発できそうもないな」
下手にウィンクルムで動くと、人を潰してしまいそうな状況だ。
いまや街道周りは、ちょっとした街を形成しつつあるようだ。人混みが出来ている。
街道の中にまで人がちらほら出てくるので、大型のマキナでは動きにくかった。
「そのうち関所など機能しなくなるのではないか?」
ウィンクルムが動かぬまま言った。
確かに。この人数で囲い込んでしまえば、いくら橋があっても関所は関所としての仕事を全う出来なくなるだろう。いつ難民がミリーティア国になだれ込んで来ても不思議はない。
いまそれが行われないのは、ミリーティアの国境関所が難民たちのご機嫌を取っているからだ。
「炊き出しの時間よー」
と、声が響いた。
子供たちが、わーっと声を上げてそちらに走っていく。ポツンと、残されたウィンクルムがひと言「なんなのじゃ」と溜息交じりに身をよじる。
ミリーティアの関所では、難民に対しての炊き出しをしていた。
これは難民への厚意というよりは、暴動を起こされないようにする為の対策であったが、ここまではまず効果的に機能してると言えた。
「俺たちも炊き出しを手伝おうか、オーレリア」
「そうね、ルミルナたちも手伝ってるみたいだし」
俺とオーレリアは、買い込んだ食料をマキナキャリーの運転席に押し込むと、ルミルナが手伝っている炊き出しに向かって歩いていった。と、そのとき、ウィンクルムから小声の無線が入る。
「ミチカズ。貴様ら、つけられておるぞ」
「え?」
「わしは先より上から俯瞰で貴様らを見ておるからな、よくわかるのじゃ。貴様より一定距離を保って、ずっとつけておる輩がおる」
俺はふとエイトンの顔を思い出した。
ゲルドが言っていた、エイトンの手の者に気を付けろ、と。その言葉が頭によぎる。
「どうしたのミチカズ、急に立ち止まって」
「いやなんでもない。あそうだ、ちょっと忘れ物をした。先にルミルナのとこに行っててよオーレリア」
「わかったわ。ミチカズも早くね」
炊き出しに並ぶ人混みの中、オーレリアが先に行く。俺はウィンクルムに聞いた。
「どうだ?」
「やっこさん動かぬの。どうやら対象は貴様じゃ、ミチカズ」
「そうか」
少し安心した。
よしんばそれが害をなそうとする者だとしても、自分がターゲットならどうとでも出来る。オーレリアに遅れること数分、俺もルミルナのところへと向かった。
「ルミルナ、俺も手伝うよ」
「ありがとうミチカズ、それじゃあっちをお願いできる?」
ルミルナに指定されたのは、子供たちが並んでいる端の場だった。
そこで配給していた女性と俺は入れ替わり、女性が追加の食料を取りにいく。
「はいよー子供たち、たくさん食べろよー?」
配給は、硬い黒パンとスープだ。
スープは地味に具沢山で、肉も野菜も入っている。ちょっと味を見てみたが、普段の軍の食事とは全然違って塩からくない。ちゃんと調味されていた。
「お肉は一人二欠片ねー、ミチカズー」
離れた場所からルミルナが注意してくれた。
給仕するための器は、持参している子供が多い。これは最初に炊き出ししたときに器も配ったからだそうだ。
炊き出しは、主に女子供に対して行われている。さすがに全員に対しての炊き出しなど出来ないからだ。そこは難民側も理解しているようで、働き盛りの年齢の男が並ぶことはほとんどなかった。
「ありがと、あんちゃん!」
と、器にスープを入れてやると子供たちは嬉しそうにこちらを見る。
一日にこれ一食の子供もいるらしい。難民生活とはやはり苦しいものなのか、平和な日本で暮らしていた俺にはピンとこない。
「おい、やっこさん貴様の列に並んでおるぞ」
「なんだって?」
ウィンクルムの報告に、俺はつい声を上げてしまった。
男が並べば目立つのに、よく並ぶ気になったものだ。気を引き締めて、給仕を進める。
「あと十人後じゃ」
ウィンクルムがカウントする。
「お兄さん、ありがとう」
「サンキューにいちゃん!」
「頂きます」
俺は淡々と給仕を進める。言われた礼に笑顔で応えるのもそこそこに、段々と緊張感が増してくるのを自覚した。
「あと二人」
「どうもありがとうございます」
「一人」
「頂きますあんちゃん!」
「次じゃ」
俺は顔を上げた。どんな男か見てやるつもりだった。が。
「兄さま……」
そこに居たのは、アイヌの民族衣装にも似た服を着た、長い黒髪と青い目をした少女だった。
キッと吊り上がった眉と、目尻の涙が印象的な、整った顔立ちの少女。その少女に俺は、
「兄さま!」
――パン! と、いきなり頬を殴られたのだった。




