女性陣とお食事
俺が隊長となり軍服を着るようになって、半年ほどが過ぎた。
平凡、と言うにはいささか忙しい日々が続いていたと思う。
機甲魔獣は、俺が考えていたよりは案外この世界へと現れるようで、機甲魔獣の撃退部隊である俺も、あっちの街へ行き、こっちの街へ行き、と移動三昧の生活だった。
事後処理の書類は、俺がこの世界の文字を読み書き出来ないのでオーレリアに全てまかせている。今は空いている時間に、オーレリアとルミルナから文字を教わっているところだ。
印象としては、文法は英語に近いかもしれない、そう感じた。
もっとも英語は苦手科目だったので、この国の言葉を覚えるのも難儀している。
「基本は単語からですよ! 単語から!」
と、ルミルナが英語の教師のようなことを言う毎日だ。
今日も同じことを言われながら、俺はルミルナと一緒に冒険者ギルドの酒場で昼食を摂っている。横にいるのは小柄でボーイッシュな魔法使い、ポーだ。
「ぷぷぷー、ミチカズ文字も読めなかったんだー」
両手を口に当てて、わざとらしく笑ってくるポー。
この世界の識字率は、意外にもそれなりに高いらしい。大抵の街には大小あれど筆学所が存在するようで、読み書きを学んでいる子供は多いようだ。意外にも、なんて言ったら失礼か。魔法やマキナなどもある世界だ、文化レベルは結構高い。
「ポーもミチカズに教えてあげたら? ミチカズ喜ぶわよ?」
「ほんとうかー? ミチカズよろこぶかー?」
「あ、うん。そりゃ嬉しいよ?」
「でへへー?」
「いやまだなにも教えて貰ってないよなんで照れるんだ」
鳥の揚げ物に似た料理を摘まみながら、俺はポーに文句を言う。
「じゃあ、はいこれ」
とポーが紙に文字を書いてくる。
俺の世界での発音と当てはめると、
「レィヴィ?」
「せいかーい! おねえちゃん、って意味だよ。はい、言ってみて? ポーレィヴィ!」
「いやどう見ても俺の方がにいさんだし」
「ミチカズだって、兄さんって感じじゃないよー」
と、またポーが紙に文字を書く。「ミチカズハイヴィ」とそこには書いてあった。
「ほら文字にしても似合わない」
「失礼な。ミチカズハイヴィと呼べよポー」
「にあわなーい」
あははー、とポーが笑いながらお酒を飲んだ。俺の世界なら中学生くらいの女の子が酒を飲む。なんともやはり、ここは異世界だ。
なんて思っていると、突然ウィンクルムが通信機越しにブツブツ言い出した。
「ハイヴィ、ハイヴィ……?」
なにやら考え込んでいる様子だ。
「どうしたウィンクルム? なにかあったのか?」
「いやな、わしの記憶領域になにか引っ掛かるものが……」
「ウィンクルムに物忘れとかあるのか!? AIなのに!?」
俺が声を上げると、答えてきたのは横で肉を摘まんでいるルミルナだった。
「ウィンクルムのAIはとても複雑に出来てそうですからねぇ。『忘れ』を組み込まないとこの人格を維持できないのかもしれませんね」
「……まあ、疲れて眠るくらいだからな。どんな特性があっても不思議ないか」
俺が半分呆れ声で言っていると、ウィンクルムが「うむ思い出した」と頷くような声を上げた。
「ミチカズ、貴様と初めて出会ったとき、変な女が決闘の邪魔をしようとしてきたであろう? あやつが確か、貴様に向かって『ハイヴィ』と何度も叫んでおったぞ」
「え?」
言われた途端、そのシーンがいやに鮮明に思い出された。
俺がウィンクルムの腕に抱えられ、戦場の真ん中から空へと飛び上がろうとしていたあのとき、確かに女の子が一人、ウィンクルムを咎めるようにして剣を振るってきた。
黒髪をなびかせた、目の青い女の子だった。
確かあの子が俺を見ながら、「ハイヴィ」と叫んでいたっけ。
――兄さん、という意味だったのか。
ならば、あの子と俺……というかこの肉体の持ち主は、兄妹だったのだろうか。
「ああもうミチカズ、こんなところに居た!」
酒場の入り口から大股でズカズカと歩いてきた女の子が、俺たちのテーブルに向かって声を掛けてきた。オーレリアだ。
「あれオーレリア、どうしたんだ。今日は休みじゃなかったっけ?」
「心配だったから少し様子を見に出たの。そうしたら案の定だわ? 貴方が書いた報告書、よくわからないからゲルド隊長が直接話を聞きたいって!」
「うーん、まだ早かったか」
俺は頭を掻いた。
ちょっと試しに自分で報告書を書いて提出してみてたのだ。
「ミチカズ、ダメですよまだ文法も単語も中途半端なのに」
ルミルナが呆れた顔で俺を見る。俺は目を逸らしながら、水を飲んだ。このテーブルの中で、俺だけが水だ。この世界の人たちは皆、水を飲むように酒を飲む。
ちょっと酔っているのか、ポーがケタケタ笑った。
「ミチカズはダメだなー」
なんとも楽しそうに腹を抱えてる。皆にダメダメ言われていると、本当にダメな気分になってしまうから不思議だ。言葉にはパワーがある。
「そういうわけよ。ほらゲルドのところに行きましょミチカズ」
オーレリアが手を伸ばして俺の左腕を掴んだ。
「ちょっと待ってくれ、まだ食事中なんだ!」
「いそぐのかー? オーレリアー?」
「まだ食事始めたばかりなのよ、オーレリアも一緒にどう?」
俺、ポー、ルミルナの順に、それぞれがオーレリアに話し掛けた。
そこに、豚の焼いた物がテーブルへと届いた。香草と塩をたっぷり振りかけた豚の肉は、臭み少なくて美味しい。オーレリアのお腹が、グゥと鳴った。
「ま、まあ? そんなに急ぐようなものじゃないってゲルドも言ってたけど?」
仕方ないわね、と言って椅子に腰掛ける。
ルミルナが取り分けてくれた豚肉を、それぞれが頬張った。脂の甘い、良い肉だ。塩味とハーブで風味のバランスもいい。なにげにここの料理人は良い腕をしている気がする。見れば冒険者の酒場なのに、冒険者ぽくない人の姿も多いのだ。普通に人気店なのだろう。
「あらポー、だいぶ髪伸びてきたんじゃない?」
オーレリアがポーの襟を軽く引っ張っりながら言った。
そういえば、ポーをボーイッシュ、と呼ぶのも、そろそろオシマイかもしれない。最近ポーは髪の毛を伸ばしているようだ。男の子のようだったベリーショートからショートカットくらいになっている。
「まだまだ伸ばすわよねー? ポー?」
ルミルナが、ニマニマ笑いながら酒を手にする。「でへへー?」と、照れたようにポーは帽子を被った。深くぎゅっと被り、目まで隠す。
髪が伸びたポーを見ていると、仕草もちょっと女の子ぽく感じられるから不思議だった。
「そうなんだ? もう十分女の子っぽくなってるぞ? ポー」
「でもミチカズは長い髪が好きなんだろー?」
「ん? いや別に?」
と俺が軽い気持ちで答えると、なぜか場の空気が凍ったかのように一同がしばし無言になる。
「……え、いや。どした皆?」
オーレリアがお酒を注文した。
「じゃ、じゃあ。ミ、ミチカズはショートが好きなの!?」
絞り出したかのようなオーレリアの声に合わせて、ポーがなんか俺をじっと見る。
「ショートなのかー?」
「い、いや別にそういうわけでもないけど」
「がーん」
と、ポーがうつむく。
「教えてやろう。ミチカズが好きなのはロングのツインテじゃ」
通信機からウィンクルムが参戦した。ウィンクルムはツインテールみたいな見掛けのロボットではある。
「そ、そんなことはないわよねミチカズッ!?」
さらに慌てた声で、オーレリア。俺は頭を掻いた。
「嫌いなわけじゃないけど、別にそんな好きってほどでは」
「なっ、なんじゃと……!?」
ウィンクルムが絶句した。……っぽい気がする。なんなんだ、いったい。
ルミルナが眼鏡を光らせた。
「じゃあミチカズの好みって、どんなのなんです?」
「好み? んー好みかぁ、髪の話だよね?」
俺はしばし考えた。また無言になる一同、なんか答えづらい。
まあでも、これは答えが簡単だった。
「……その人に合ってるのが一番かな、って」
俺は豚肉を頬張りながら答えた。
なんだか張りつめていた一同が、はぁぁ、と、溜息をつく。がっかりしたような面持ちで、それぞれがぽそぽそと食事を再開した。
「つまらない、つまらないですよミチカズ。最悪な答えです」
「こんなもんよねーこの男」
「ミチカズはだめだー」
テーブルを囲う三人が、三人なりの言葉で俺に応じた。
「まあこんなものじゃろ、こやつは」
ウィンクルムも溜息。
その後話題を強引に切り替えて、俺たちはそこそこ楽しく昼食を摂った。
外に出て、ちょっと四人で散歩もした。
今や解放区となって一般人も気軽に入れるようになった元レイストル伯の城を訪れ、その高台から周囲の風景を見渡す。
この見渡せる範囲が、今俺たちが守っている領土だ。こうして遠景で見ると、感慨深い。
「ねーあれなにー?」
とポーが西を指差して言ったのは、そのときだった。
俺たちは促されるまま、西を見る。
「……なんでしょうか、あの光?」
ルミルナも、首を捻った。俺も首を捻る。
遠い山あいの向こうに、大きな光の柱が立っていた。光の柱は天を突くように雲の合間へと伸びている。地面から伸びているのだろうと推測できるのは、地面に近い方が光が強いからだ。
「大きい、わよね? あの光の柱……」
オーレリアが、不安げに呟いた。
ここは高台だ、かなり遠いところまで見えている。それであの太さの柱だ、それはオーレリアの言う通り、かなりの大きさに違いない。
かなりの大きさ……たとえば、街を丸々一つ、飲み込んでしまうくらいな。
俺たちは、言葉もなくその光の柱を眺めていた。
なにか声に出すと、不安が形になってしまいそうで、言葉を発するのが躊躇われる。
やがて光の柱が消えていくまで、俺たちは無言だった。
☆☆☆
光の柱の情報が、俺たちの耳に入ってきたのは、一週間後の話だった。
早馬でも遠い場所から届いたその情報は、俺たちを驚愕させることに成功した。
占領され帝国領となっていた元シュタデル自治都市が、一日にして消滅したというのである。




