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夜間の襲撃


 先行した本隊に俺とポーが追いついたのは、陽が西に傾きかけた頃合いだった。

 隊の先頭にゲルドの姿を見つけた俺は、ポーの駆る馬を飛び降りてゲルドの元へと走った。



「なんだって? ゲイグランはここに来ない!?」



 ウェイツが手に入れた情報をゲルドに話すと、ゲルドは頭を抱えた。ゲイグランが国境越え、残りの賊がここにある巨大魔法石の奪取、これらを同時に行われると、どちらかを達成されてしまう恐れがある。



「ウィンクルムとミチカズをアテにし過ぎて護衛を減らしすぎたな。失敗だ」


「カカカ! 確かにわしのチカラを理解しておれば、ゲイグランで正面切って強奪になぞくるはずもなかったか」



 通信機の向こうで、他人事のように言って笑うウィンクルム。ウィンクルム自身は魔法石の影響を受けない離れたところに居る。

 自信満々に「ゲイグランで国境越えはしない」と言い切ったのはウィンクルムなのだ、笑っていられる立場ではあるまいに。

 俺がそう指摘すると、ウィンクルムはもう一度笑った。



「カカ。だがゲルド、国境はちゃんと固めておるのであろう? それならば問題ないではないか」


「それはそうだが……。ウェイツが言っていたという、『場に混乱を起こす策がある』というのが気になる」


「あーそれはねー?」



 と、ポーが横から口を出してきた。



「わかるのか? ポー」



 俺はポーの方を見る。馬に乗ったままのポーの目線は、今の俺よりも高い位置にあった。



「帝国の軍に関係ある賊なんでしょ? ならきっと、機甲魔獣を呼び出す魔法を使うつもりなんじゃないかなぁ。あっちはその研究も進んでるし」


「機甲魔獣を呼び出すだと!? それは盟約で禁止されているはずだ! それに魔法に、使う触媒も特に貴重なはずだぞ!?」



 ゲルドが大声を上げる。

 想定してなかった、という顔だ。



「いやだって、賊なんでしょ? 生きる為なら盟約も何もないよー。それに事を起こす為に戦闘用マキナを用意できるほど資金力もあるんだから、貴重な触媒を惜しげもなく使ってきたって不思議ないってば」



 ポーの言葉にゲルドが難しい顔をする。



「機甲魔獣の召喚なぞ、ここ十年以上使われていなかった……。ついつい忘れてしまっていたが、言われてみれば確かに可能性はある。ゲイグランを奪うくらいの作戦なのだから」



 ゲルドは腕を組みなおした。



「機甲魔獣を国境付近で召喚されたら、そのどさくさでゲイグランが国境を抜けることは難しくないだろう」


「じゃあ、ウィンクルムを国境に回そうかゲルド?」


「それだと、ここの護衛が足りん。これから早馬を出して追加の護衛を組織したとして、間に合うかどうか……。重ね重ね、失敗した」


「構わん、わしがいけば解決じゃ」



 と、ウィンクルムが言い切った。



「街道沿いを飛んで、わしが一人でゲイグランを止めてこよう。こっちはミチカズ、お主にまかせる」


「俺!?」


「ミチカズならば、多少賊が多くとも一人で多勢を屠れよう。わしはそう思っておる。この程度、いけるじゃろ?」



 またウィンクルムは無茶振りをする。

 しかしその無茶振りは、ウィンクルムの俺への信頼の証でもあった。俺は一瞬考え、――苦笑した。



「考えてみれば、選択の余地がない。二兎を得るには、それを実行するしかないな」


「それでこそじゃ、マイパートナー」



 なにせこの作戦の成功には、オーレリアの進退が掛かっているのだ。俺たちには選択の余地がない。二兎を追う者は二兎を得る資格があるのだ。

 一兎も得ず、そんなことは考えない。俺たちは腕力で、二兎を掴み取る。



「ゲルド、一応オルデルンに増援の早馬を。今晩夜襲されなければ、間に合うはずだ。だけどきっと……」


「今晩、くるじゃろうの」


「たぶんな」



 ゲイグランの国境越えもきっと今日の夜だ。

 こちらに対処の時間を与えてくるとは思えない。ゲルドも同じ考えのようだ、決心した顔でこちらに頷くと、横にいるポーに声を掛けた。



「おまえさんも手伝ってくれるか? ええと、確か……」


「ポーシェルミ・ルクトン、ポーだよ。特別なお手当ちょーだいね?」


「無論だ。ここにきて魔法兵は頼もしい、頼んだぞ坊主」



 ポーがわかりやすく膨らんだ。

 俺がゲルドを肘で小突き、小声で説明をしてポーが機嫌をなおすまでに幾らかの時間を要したが、それは些末なこと。

 では行ってくる、とウィンクルムが飛んでいく。


 俺たちは、ちょっと早いが野営の用意を始めた。




☆☆☆




 異変があったのは、夜半に近づいた頃だ。

 テントの中にこそ入っていたが、俺たちは眠っていない。眠れるはずもなかった、今夜敵襲があると確信していたのだ。

 そんな中、見張りの兵が鐘を鳴らした。敵襲の合図だ。



「ようやくお出ましかい!」



 ゲルドがテントを飛び出す、俺も後に続いた。他のテントからも続々兵が起きてくる。と言って総勢で二十人に満たない程度だ。ウィンクルムをアテにしていた分と、敵をおびき寄せる為という理由で、少なめに編成されていた。



「機甲魔獣だっ!」



 兵の一人が叫んだ。どうやら賊は、ポーの読み通り機甲魔獣を呼び出す魔法を使ってきたようだ。二メートル級の、蜘蛛のような機甲魔獣がワラワラと、月明りを反射してこちらのキャンプへと向かってきている。



「賊はどさくさに紛れて荷を奪いにくるぞっ! 馬車を囲めっ! 魔法兵はライトの魔法を!」



 ゲルドの指示に従い、ポーを含んだ三人の魔法兵が、戦場の空に向かって光の玉を投げた。

 それぞれの光球が宙に浮かび、夜の大地を煌々と照らし出している。ちょっとした夜間照明といったレベルで、明るい。

 明るくなった視界に、蜘蛛型の機甲魔獣が飛び込んでくる。ワラワラと、たくさんいる。物量で攻めてくる感じだ。

 この機甲魔獣は見たことがある。

 確かオーレリアと出会った最初の街で、人を襲っていたタイプだ。あの時はウィンクルムに乗っていたから小さく見えたが、生身で相対すると二メートル級の蜘蛛は、なかなかにデカイ。



「あまり散るな! 背を味方に預けろ、魔法兵は特に味方から離れず戦えっ!」



 俺は鋼で出来た蜘蛛をじっと見る。

 無数の線、見掛けよりも脆そうな相手だった。ナイフを頭に突き刺して、胴の下に潜り込むように蜘蛛の足元をくぐり抜ける。白い線に沿った一閃は、蜘蛛の頭から腹までを一気に引き裂いた。

 どしゃあ、と鋼の蜘蛛が、鉄の内臓をまき散らして地に伏せる。

 一匹に時間を掛けていられない。俺はどんどん蜘蛛を引き裂いていった。



「やるぅ、ミチカズー」



 そう言いながらポーは、手にした杖の先から雷撃を放つ。

 一瞬の閃光が蜘蛛に伸びると、蜘蛛は煙を上げて動かなくなった。



「ポーもやるじゃないか」



 俺がそう笑いかけると、ポーはやっぱりニマニマ笑う。



「もっと褒めろー。高めてゆくよー」



 ドドン、と、大きな音と共に、巨大な雷撃。一気に蜘蛛を五匹は倒した。いや本当に、やるなポー。俺はポーに親指を立てた。



 横を見ると、ゲルドが蜘蛛の眉間に剣を突き立てていた。

 このタイプの機甲魔獣は、彼らの仕事上狩り慣れているのだろうか。手際がスムーズだ。ゲルドは俺と視線が合うと、ニヤリと笑う。



「ミチカズも知っていたか、こいつらの弱点は眉間か腹だ。おまえらもいいか? そこを狙うんだ!」



 おー、と声を上げる兵たち。ポーだけが、「関係なーい」と言いながら雷撃を撃っていた。

 弱点狙いが徹底されたせいか、蜘蛛を撃退する速度は上がった。

 だが蜘蛛は減らない。次々と闇の奥から湧いてくる、キリがない。

 と、そのときだ。ひと際大きな、五メートル級の蜘蛛型機甲魔獣が、近づいてきた。ゲルドが魔法兵に指示を出す。



「近づいてくる前に止めるんだ!」



 わかったー、とポーがまた、雷撃の魔法を唱える。

 杖の先から大型蜘蛛に向かって稲妻が走る。しかしその稲妻は、大型蜘蛛の身体に当たると反射してしまった。



「うひゃあっ!」



 とポーの近くまで雷撃が戻ってくる。他の二人の魔法も同様だった、全ては表皮で弾かれ、攻撃が戻ってくる。



「抗魔属性持ちだー。ミチカズなんとかしてー」



 ポーに乞われ俺は前に出た。

 大きな蜘蛛に向かって走り寄る。白い線を確認した、それはやはり腹の方へと続いている。大きくとも、構造は同じか。

 俺がナイフを握りしめた、そのとき。


 突然暗闇の向こうから鬨の声が上がった。 

 馬に乗った賊たちが、一斉に押し寄せてくる。三十人は居るだろう、大人数だ。そこにマキナが一機続く。



「てめーら! 目標はあの馬車の中だ! 間違えんなよ!」



 先頭を走る、賊のリーダーらしき男が鼓舞すると、周囲の男たちが「おうっ!」と応えた。

 ライトの魔法で照らされた大地の中に、馬に乗った男たちが連なってやってくる。

 俺の場所から、馬車は遠い。すぐにはフォローが出来ない。


 賊と味方と蜘蛛たちが入り乱れる混戦が、今まさに始まろうとしていた。


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