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ボーイッシュポー


 衛兵に見つかりはしたものの、城からの脱出自体は難しくなかった。

 ポーが開き直って眠りの魔法を連発したからだ。来る衛兵、来る衛兵をことごとく眠らせていくポー。俺は感嘆の声を上げた。



「すごいなポー、キミ一人いれば十分だったんじゃないか?」


「えっへんすごいだろー、もっと褒めろー」



 どうやらポーはお調子者だ。褒めるとわかりやすくニマニマする。



「ミチカズ、あまりこの子をホメないで。それでなくともすぐいい気になるんだから」


「男の子はそれくらいの方がいいさ」



 俺は苦笑した。

 と、そのとき何故か、空気が凍る。ポー、シーリス、ウェイツの動きがピタリと止まった。

 ウェイツが吹き出すように笑い出した。



「そ、そうだなミチカズ! 『男の子』はこれくらいで丁度いい!」


「……ちょっとウェイツ」


「なっ、ポーそれくらいでいいってさ!」



 ウェイツがからかうように言うと、ポーがわかりやすく頬を膨らませた。



「シーリスー、こいつら無礼者だよー」



 ――こいつら? 何故か俺も含まれている。

 俺は困惑顔で、シーリスに助けを求めた。俺の視線を受け、シーリスが目を伏せながら言った。



「ポーは女の子ですよ、ミチカズ」


「えっ!?」



 と俺は驚愕。横でポーが、「ガーン!」とショックを受けた顔をする。



「ないよー、これはないよー。こんな美少女に対して、これはないよー」



 嘆くポー。俺は思わずポーの顔をマジマジと見てしまった。

 キリっと凛々しげな、だが細い眉。スッと通った鼻筋に、パッチリ目の中に元気な瞳。中性的だが、女の子と言われれば確かに女の子に見えなくはない。ベリーショートのボーイッシュ少女、……なのか?



「だから髪を伸ばしたら? って言ったんですよポー。貴女も、もう年頃なんだし」


「あーもー、ミチカズは無礼だー」



 俺たちは厨房のコックの横を摺り抜けて――まだ彼らには認識阻害の暗示が掛かったままだった――、厨房の小窓から外に脱出する。その間に、ウェイツはこれまでのことを俺に話してくれた。


 例の帝国傭兵団の一人と思わしき者が、城の中に入っていったのだと言う。

 中で会っていたのは、例の侍従、マレルだったらしい。マレルに気づかれ逃げようとしたが衛兵に手間取っているうちにマレルに追いつかれ、捕まった、のだそうだ。



「やつら、ゲイグランがどうの言っていたぜ。確定だ」


「侍従のマレルが会っていた、ということは、やはり城伯が?」


「そこまではわからん。だがあの城伯は食わせ者だな、調べたんだが、野郎、たぶん軍の物資を横流ししてるぞ」



 シーリスに肩を借りたままのウェイツが、ひょこひょこ俺の横を歩く。

 もう街中は賑やかな中心地だ。身を隠すのもお手の物、とりあえずあの場からは逃げきれたと言える。



「横流しの証拠を上げることは出来るかウェイツ?」


「金が流れた証文くらいだったら、たぶん手に入れられると思うぜ」


「すまんがそれも頼む。俺はとりあえずこの足でウィンクルム達を追う、さすがにもう出発しているはずだ」


「そのことだがなミチカズ」



 ウェイツが神妙な顔を作った。



「ゲイグランは、たぶんそっちにこないぞ」


「なんだって?」


「やつら、二面作戦に出るつもりだ。魔法石輸送に合わせてゲイグランは帝国方面への国境突破を目指し、残りは魔法石の強奪を実行するようだ」


「なんでそんな……」


「次善策、らしいぞ。魔法石を護衛するのがジ・オリジナルだと気がついて、ゲイグランで対抗するのをやめたらしい」


「そうか。情報が洩れてるなら、ウィンクルムの素性を知られるのも当然か」


「もともと有名でもあるしな。だから第一目標である魔法石の優先順位を下げて、ゲイグランか魔法石、

どちらかでも良いから確実にモノにしようという作戦に変更したんだろうよ」



 それにしても、この期に及んで兵を分散するというのか。

 成功率が下がるだけではないのか? と、考えて、思い留まった。こちらのジョーカーは、言うなればウィンクルムだけだ。

 敵が情報を正確に持っていると仮定するなら、ウィンクルムが居ない方面の作戦は成功する確率が上がる。そう考えても不思議はない。そしてそれは、たぶん事実だ。



「まあ俺だって、あれがガイアス帝国のジ・オリジナルと知ってて、正面から事を構えたいとは思わんよ」



 なるほど、それもそうか。

 どちらかにウィンクルムが向かうとして、ウィンクルムが来た方は早々に作戦を諦める。合理的とも言えた。



「加えてやつらは、場になにかしらの混乱を起こせる策があるらしい。それがどんなものかまではわからなかったが、なかなか厄介かもしれんぜ?」


「急いで先発と合流してこの話を伝えなくては」


「なら、ポーを連れていけ。こう見えてポーはなかなかの騎手だ、ポーに乗っけて貰えばすぐに追いつける。いいな? ポー」


「仕方ないなー。馬は用意できるの? ミチカズ」



 それは軍に頼めば問題ないだろう。

 俺は急ぐことにした。




☆☆☆




「どこ触ってるんだーミチカズ。エッチー」


「ご、ごめん! でも仕方ないだろポー! おまえが小さくて抱きつきにくいんだ!」


「ボクが女の子と知ったとたんにこれだ。ミチカズも男の子だなぁ」


「ち、違うそんなんじゃない!」



 ポーの馬に乗せて貰い、街道の先を急ぐ。

 予定を崩して怪しまれないよう、先行した一行は時間通りに出発したらしい。だいぶ先行されてそうだが、しょせんは数時間分の差だ。ポーの馬の速度なら、すぐ合流できそうな気がする。



「それにしてもミチカズ、強いねー。あのウェイツが勝てなかった相手に勝ったんでしょ? ボクも戦うとこ見たかったなー」



 馬の速度と反して、ポーの声は呑気なものだ。

 帽子を被った小さなこの少年、もとい少女は、いつも自分のテンポを外さない。



「運が良かっただけさ。次にやったらどうなるかわからない」


「なのに、逃がしちゃうんだ。いいの? あのマレルってやつ、相当ミチカズにおかんむりだったよ?」


「確かに、また戦うことになるかもしれない。でも俺には、あの場では殺せなかったんだよポー」


「わけわかんない。あとで狙われることがわかってるなら、ボクなら殺しちゃうけどなー。だってそうでしょ? 確実に訪れる未来なんだもん」


「ポーは怖いことを平気で言うなぁ」



 思わず苦笑した。ポーは言うこと成すことストレートだ。それは小気味良いくらいだった。



「まーボクはギフトの持ち主だからね、今を生きる、って奴かな?」


「ん? どういうことだいそれ?」



 俺はポーに手の甲をツネられながら問い掛けた。いかんいかん、またポーの胸に触ってしまった。確かに触ってみると、ちょっとふっくらしていた。ポーは、やっぱり彼でなく彼女、なのだ。



「ああ、ミチカズは世の中のことに疎いんだっけ。じゃあ教えてあげる。ボクって目が特殊でしょ?」


「確か、なんでも鮮明に覚えられる?」



 俺は写真のように情景を頭に記憶できるのだ、とイメージしていた。

 そういった特殊な肉体的能力を持つ者を、この世界では「ギフトの持ち主」と言うらしかった。



「ギフトの持ち主はね、皆短命なのさー。いつ死ぬかわかんないの。特殊な能力が肉体を締め上げているから、なんて言われてるねー」


「え?」



 ギフトの持ち主は短命。そこは初耳だ。

 俺は思わず自分の目を触った。ウィンクルム以外には言ってないが、俺も、ギフトと呼ばれるような能力を持っているのだ。

 ポーが続ける。



「だからボクは、魔法学校も途中でヤメたし家も出た。ボクはね、この世界の秘密が知りたいんだ。魔法とはなんなのか、機甲魔獣とはなんなのか、そしてギフトってなんなのか。知りたいことがたくさんある。だからね、冒険者になって遺跡を旅してるの」



 ちょっとうっとりした声で、滔々と語る。

 俺はあらためてポーのことを凄いな、と思った。ポーは物事を自分で決めて、自分で行動しているのだ。昔から流されるまま生きてきた俺とは、モノが違う。



「ポーはすごいな」


「すごいだろー。もっと褒めていいんだぞーミチカズー」



 きっと今、ポーはニマニマしているに違いない。

 そんなポーを、俺は可愛らしいと思ってしまった。なんだポー、十分女の子だよ。



「ボクは自由さー」



 あははー、とポーは笑う。ちょっと儚げな声だった。自分の運命を受け入れた者の笑いだ。どこか達観しているようなポーの雰囲気は、そういう生い立ちから来ていたのだろう。俺もポーと一緒に笑った。するとポーは、「もっと笑え笑えー」と笑い声を重ねてくる。


 笑い声をたなびかせて、俺たちは街道を急いだ。

 この先は賊との戦いだ。覚悟は出来ている、人を殺す覚悟も。だからというわけではないが、せめて笑う。闇を明日に引きずらないように。


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