囚われのウェイツ
帽子を被った小さな少年、ポーの認識阻害魔法のおかげで、俺たちは城の料理人たちから、地下に囚人が居るとの情報を得ることができた。
そこにウェイツが囚われているのかもしれない。その公算は高かった。
ローブを着た女性のシーリスは、「まさかウェイツが捕まるなんて」と悲壮な顔をしていたが、ポーは依然変わらずニコヤカだ。「たまにはいい薬なのかもねー」などと、のたまう。
「とりもあえずも居場所はわかった、急ごう」
地下への行き方も料理人から仕入れ、俺たちは先を急ぐ。
城の内部は迷路のような造りで、これは敵が侵入してきたときへの備えなのだろうが、辟易とする。まあ正に今、俺たちが侵入者なわけだが。
「ストップ」
先頭を歩いていたポーが俺たちを制す。
ポー自身も曲がり角の手前で止まり、こっそり覗き込むように、角の向こうを見ている。
「ヤなのがいるよー、シーリス」
「どうしたのポー?」
「機械人形」
困った顔をするシーリス。
俺はシーリスに機械人形のことを聞いてみた。
「魔法で使役する、機械で出来た人形なの。きっと地下の門番ね」
「さすが貴族は金持ちだー」
「倒すほかないけど、音が大きくなったら見つかってしまうし……」
なるほど、だから困った顔をしているのか。
俺も失礼して、角からそのゴーレムとやらを見てみた。ずんぐりと上半身が大きく、頭となる部分がない。足も短かった。
高さは二メートル半といったところか。頭のない高さなので、なかなかの巨体だった。
だが俺の視界には、奴の弱点が写っている。
うまくすれば、胸を一突き。それだけで終わるはずだ。
「シーリス、俺が倒すよ」
「えっ?」
「機械人形が倒れたときに、どうしても音が出ちゃうだろうけど」
「そ、その程度の音なら私が魔法でフォロー出来ますけど……でも」
「一人でやるつもりミチカズ? 無茶だよ」
大丈夫、と俺は笑ってポーに返事をした。
「それじゃ、せめて身体補助の魔法を……」
そう言ってシーリスは、俺の胸に手を当てた。滑るように動く唇から、俺には聞き取れない呪文が漏れ出ている。
「プロテクションとヘイストを掛けました。肉体の防御と反射速度が上がっているはずです」
「ありがとうシーリス」
俺は礼を言い、腰からナイフを抜いた。
タイミングを見計らい、通路の角から……、飛び出る!
「おおう!?」
ヘイストの効果だろうか、自分でも思っていなかった速度で走れた。石畳の床を踏みしめて、飛ぶように走った。即、ゴーレムの元に着き、その胸元をナイフで一閃。ゴーレムの胸元から火花が散る。
「ミュートサウンド!」
角から飛び出してきたシーリスが、こちらに向かって魔法を投げかける。
火花の散る音が掻き消え、その後石床に崩れ落ちたゴーレムの倒れる音も聞こえなかった。
(ナイス、シーリス!)
と俺は声を出したつもりだったのだが、これも発することが出来なかった。俺はただパクパクと口を動かしただけ。どうやらこの一帯の音が全て消えているらしい。
「ミチカズやるねー!」
角から顔だけ出して、ポーがニマッと笑った。
「じゃあ鍵を開けるね。そこに近づくと詠唱できないから、ここから」
呪文を詠唱するポー。
ところがポーは、あれ? という顔をする。
「鍵、掛かってないや。開いてるよ?」
俺はゴーレムが守っていた戸に手を掛けた。すると、音もなく戸が開く。本当だ鍵が掛かってない。
「マナ、損しちゃった」
そう言いながらこっちにくるポーを待って、俺たちは部屋の中に入った。
そこには、地下に続いている梯子があった。
☆☆☆
梯子を下りた先はどうやら洞窟だった。
壁は湿気で水濡れている。触るとぬるり、指先がぬめる。
もちろん、暗い。真っ暗だ。
「コンティニュアルライト」
シーリスが灯りの魔法を唱えることで、ようやく周囲が明らかになる。岩と土くれを掘り進めたような、人工窟。大人一人がようやく通れる程度の道が、奥に続いている。
ぴちょん、と水の滴る音。
とそのとき。静かだと思われたその地下道に、うめき声が響き渡ってきた。
奥だ。奥の方から、誰かが誰かを殴っているような音が聞こえてくる。
「ウェイツ!」
シーリスが思わず声を上げてしまった。
俺とポーは慌ててシーリスの口を押えようとしたが、もう遅い。
奥から聞こえてきていた殴打音が止まった。シン、とまた洞窟の中が静まり返る。
「……き、きちゃダメだ、シーリス」
弱弱しい声。
奥から小さく聞こえたその声は、ウェイツのものだった。
ウェイツが喋った途端に、一発分の殴打音。「ぐあっ」とウェイツが呻いた。
「――お仲間ですか? こちらへどうぞ。こなければ、この男を今殺します」
奥から声が響いてきた。
まだ少年の面影を残す、若々しい声だった。
「だめだ、逃げ――うぐっ!」
また殴打音。シーリスが両手で顔を覆った。ポーも険しい顔で奥を見つめていた。俺はこっそりと、ポーに耳打ちする。
「ポー、キミは梯子の上に戻って残れ」
ポーが避難がましい目で俺を見た。だが、状況を考えたのか目を細めてジロリと俺を睨んだあとに、頷く。
どうにかウェイツの身を取り戻して逃げるにしても、上に誰か居れば有利を取れる可能性が増える。幸い相手はシーリスの声しか認識していないのだ、全員で奥に進む必要はない。
「早くして欲しいな、僕は気が長くないよ?」
少年らしい声に、ウェイツのうめき声が被る。ウェイツをいたぶっているのだろう、たまらなくなったのか、シーリスが声を上げた。
「わかったわ、今行くから。もうやめて!」
シーリスが先頭を切って歩き出した。堪えきれぬとばかりに、早足だ。
俺はポーに目配せすると、シーリスに続いた。足元もゴツゴツした岩肌と硬い土くれがぬめっているので、走るには適していない。前をいくシーリスが何度もよろけていた。
多少坂道を下ると、そこは大きな部屋状の広間になっていた。
松明が壁に掛けられており、明るさもそれなりにある。部屋の奥には、倒れてうずくまるウェイツと、小柄な少年がいた。
金と銀の刺繍に彩られた侍従服を着た赤髪の少年。それはレイストル伯の侍従、マレルだった。
「おや、……ミチカズさん? まさかこんなところで再会できるなんて」
マレルは俺の顔を見ると、なんとも嬉しそうな声を上げて。
――微笑むように、笑った。




