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牢屋の中で


「ミチカズッ!」



 暗い牢屋の中で、オーレリアが俺の背中に抱きついてきた。



「怖かった! 怖かったの!」



 涙声で、俺の背に顔を埋める。

 こういうとき、なんと言えば良いのだろう。俺は少ない語録をフル動員させて、言葉を選ぶ。



「大丈夫だったか?」



 最もツマラナイ言葉を選んでしまったかもしれない。だけど、他には言葉が出てこなかった。俺は背中にオーレリアの体温を感じながら、彼女が胴に回してきている手に触れた。

 ビクン、とその手は震えたが、一瞬だ。

 オーレリアは俺の手を握り返してきた。



「わたし、無力だわ? 怖くて魔法も使えなかった……!」


「はがい締めにされてたんだ、仕方ないよ」


「ううん、違うの。タイミングなら、あった。でも怖くて、身がすくんだの。わたしは弱かった。もしミチカズが来てくれなかったら、わたし……!」



 それ以上言わせないよう、考えさせないように、俺は振り向いてオーレリアの肩を抱いた。オーレリアの身体が硬くなるが、それも一瞬だった。すぐに力が抜けて、しっとりと俺の身体に沈み込むように抱きつき返してくる。



「……ありがとうミチカズ。貴方には助けられてばっかり」


「俺だって助けられている、おあいこさ」


「わたしが? ミチカズを?」



 いつ助けたかしら、と疑問を口にするオーレリアに、俺は笑いながら応えた。



「この広い世界で、知り合ってくれた友達になってくれた。それだけで、どれだけ俺の心細さが救われたか。キミはこの世界で、まだまだ数少ない俺の中に住んでくれた一人だ。だからありがとう、オーレリア」


「ふふ、逆にお礼言われちゃった」



 俺たちは自然に身体を離しあった。

 見つめ合ってしまう。

 暗い牢屋の中で、オーレリアの気の強そうな目に廊下の松明が反射している。長い水色髪がほんのりと揺れているのも、松明の灯りが揺れているせいだ。目を瞑るオーレリアに、俺の心臓がドキン、と鳴った。


 間。


 廊下で燃える松明の音が、パチパチと耳に五月蠅い。

 いやそれよりもなによりも五月蠅いのは、俺の心臓の音だった。俺はオーレリアの肩をギュッと掴む。オーレリアが何かを察したように、一瞬身を強張らせた。



「……いや、オーレリア。ウィンクルムが見てるから」


「えっ!?」



 と、オーレリアは頓狂な声を上げた。



「おいウィンクルム! 見てるんだろう!? なに無言決め込んでるんだ!」



 俺は大声を出して、オーレリアから少し距離を取る。




「……見てはおらんぞ。聞いとるだけじゃ」



 と、俺が携帯している無線機から観念したような声が流れ出る。

 オーレリアが「きゃあ!」と小さな悲鳴を上げた。



「意地が悪いぞウィンクルム、居るなら居るって主張しろ!」


「はー、我がパートナーは意気地なし。まあいいがの、そのくらいがわしも安心できて」


「安心ってなんだよ!」


「安心は、安心じゃ。小娘、残念じゃったの。こやつヘタレじゃよ」



 俺とウィンクルムがギャーギャー騒いでるうちに、オーレリアにも笑顔が戻ってきた。クスリ、と笑い、ウィンクルムに話し掛ける。



「ウィンクルム? パートナーのことが心配?」


「べっ、別にわしは心配なぞっ……!」


「へーそうなんだ? 心配してないなら、わたし頑張っちゃおうかなー?」


「なっ! 小娘!」


「ふふふ」



 なんだか楽しそうに喋ってるオーレリア。

 今度は俺のことを放置で二人でなにか喋ってる。「やっぱり心配なんだー」とか「知らぬ」とか、わいわいきゃっきゃと話が盛り上がっていた。



「えっと?」



 と俺が割り込むと、



「無粋ねミチカズ、女同士の会話よ?」



 とオーレリアに片目を瞑られた。「ふん!」とウィンクルムが器用に鼻を鳴らす。



「はよう戻れミチカズ、先ほどからわしの足元でゲルドとアルフバレンが貴様をお待ちかねじゃ」



 おっとそうか、と俺は立ち上がった。

 明日は計画の日なのだ。魔晶石を首都に運ぶことで、賊をおびき寄せる作戦の。その最終打ち合わせといったところなのだろう。

 


「じゃあ行くよオーレリア。大丈夫、キミの安全は俺が買い上げるから」


「無茶しないでね? 行ってらっしゃいミチカズ」



 そう言うとオーレリアはスルリ、音もなく一歩俺に近づいてきた。

 そして突然、俺の頬にキスをする。



「オ、オーレリアッ!?」


「ふふっ、宣戦布告」


「どうした、なにがあったのじゃミチカズッ!」



 こうしてドタバタと、夜が過ぎていく。

 明日は囮作戦の決行日、オーレリアのためにも俺は頑張らなくてはならない。

 あらためて、俺は誓った。




☆☆☆




 次の日。

 空は朝から快晴だった。

 雲一つない、とまではいかないが、深く青い空が天に広がるその光景は、今日の日中の暑さを予想させる。

 おや? あの雲は入道雲だろうか? まるで日本の初夏だ、俺は水場で身体を拭き洗いしながら思った。



「ようミチカズ、早いな」



 ゲルドがやってきた。ここの水場は兵舎の近くにあり、兵士たちがよく使う場なので、ここで会うのは特別な偶然ではない。



「昨日の打ち合わせ通り、魔法石警備の本隊は俺が指揮を取る。といっても敵をおびき寄せる為に少な目な構成だ、よろしく頼むぞ」


「わかりました。ゲイグランへの警戒と、いざとなったらそちらの援護ですね」


「ああ」



 ゲルドは眼帯を外して顔を洗っている。

 俺がその顔を見ていると、ゲルドは察したように苦笑いをした。



「これか? 昔、ちょっとな」



 眼帯をし直しながら、ゲルドはこちらを見るでもなく、語った。



「まだペーペーの頃の話さ。俺は配属されたばかりの部隊で、国境付近の防衛戦に参加していた」


「防衛戦?」


「この国は帝国と長い戦争状態にあってな。ときおり奴らが思い出したようにちょっかいを出してくるんだ」



 遠い目をしているゲルドは、思い出の中へと泳ぎにいっているようだった。身体を拭く手が止まっている。



「あの日も、こんな風に午後の暑さを予感させる朝だった。もっともっと大きな雲が浮かんでいてな。太陽がギラギラと照りつけていた」



 急襲だった、とゲルドは言う。

 小さな砦に対しての不意打ち。特別な重要地点でもない砦への急襲は、味方の誰も予想しておらず、命令系統は乱れ伝令は被りまくり、惨憺たる有様だったそうだ。



「攻城用のギガントマキナに魔道隊、ご丁寧に竜兵まで引き連れたご一行だ。俺たちは罵ったよ、こんな戦略上意味の小さい砦になぜこんな大部隊を、とな」



 早馬を出して後方への支援要請をしたが、いつになるかわからない。

 ゲルドたちは白旗を上げることも考えたという。



「だが奴ら、降伏を受け入れる気すらなかった。なんの目的で攻めてきたと思う? 単なる練兵だったのさ、本番前の、予行練習。小さな砦なんかどうでもよく、その頃予定されていた大侵攻の、前準備でしかなかった。やつら帝国は、俺たちの国の報復すら恐れずに、小さな砦をただの練習台に選びやがった」



 帝国は、この国を含めた周辺諸国とは段違いの国力を誇っていると聞いていたが、それほどまでの物とは俺は思っていなかった。ゲルドの話に、聞き入ってしまう。



「俺たちは死を覚悟した。俺も流れ矢で片目を失い、もはやこれまでと諦めた」


「……」


「そこに現れたのが、ゼイナルさんの率いるマキナ部隊だった。当時ゲイグランのパイロットだったゼイナルさんはマキナ隊を預かる隊長で、早馬の報を聞いて疾くやってきてくれたんだ」



 ゼイナルさんが……。

 俺は、フィーネと一緒に暮らしていた壮年の男の顔を思い出した。

 全身傷だらけで白髪の、あの男。盗賊共に太ももを槍で貫かれても、チャンスを物にして生き延びる術を知っている人だ。ただ者ではないと思っていたが、やはりゼイナルさんは歴戦の男だったのだ。



「ゼイナルさんは、とにかく速度を重視して戦場へとやってきた。ゲイグラン一機で、大軍を相手に時間を稼いだ。そのおかげで後からきたマキナ隊が間に合って、俺たちは助かった。ゼイナルさんはちょっとした軍の英雄だ」


「そんなことが……」


「そこから俺はしばらくして、ゼイナルさんの隊に配属された。参謀役に抜擢され、ゼイナルさんを補佐した。その間も、何度も何度もゼイナルさんに助けられている。俺はゼイナルさんに、いくら感謝をしても感謝しきれないのさ」



 ゲルドが、俺の背中をバン! と叩いた。



「俺がミチカズを信頼しているわけがわかったか? ゼイナルさんは封書で、おまえの人柄を褒めていた。ゼイナルさんが認めた男だ、疑う余地もない」



 ゲルドが最初から俺たちに友好的だった理由は、確かにちょっと不思議に思っていたのだ。話がうますぎる、と少し疑って掛かったこともある。だが、今日やっと心から納得できた気がする。俺はなんとなく、テレくさくなった。



「そんなんじゃありませんよ俺は。必死なだけです」


「必死だから、いいんだ」



 ゲルドが、ぐすっと鼻を鳴らして笑った。



「今日は頼んだぞミチカズ! ゲイグランを取り戻して、オーレリアの寛恕を乞おう!」



 俺は頷いた。と、そのときだ。



「ミチカズさん!」



 と、あまり聞き覚えのない女性の声で、名前を呼ばれた。

 誰だろう? と俺は振り向く。

 そこにはローブを着た女性が息を切らせて立っていた。傍らに、帽子を被った小さな男の子も居る。二人とも見覚えある顔だった。



「あれ? キミたちは確か、ウェイツと一緒に組んでいる……」



 俺はシャツを着ながら二人を見やった。



「シーリスです。こちらはポー」



 前に出たローブの女性、シーリスが応える。帽子を被った小さな男の子も帽子を脱いでこちらに会釈した。彼はポーだ。



「どうしたんですかこんな早くに。ウェイツは?」



 それなんですが、と、シーリスが話し始めた。

 


「一昨日からウェイツが帰ってこないんです!」



 ちゅんちゅん、とスズメのような小鳥が鳴くまだ朝の兵舎の水場。

 シーリスの懇願するような声が響いたのだった。


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