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監獄のオーレリア


「オーレリアへの処罰、身柄の扱いをご一考頂きたいのです」



 晩餐会の夜だ。

 ベランダでアルフバレン候と話をしていた俺は、候にそう切り出した。

 アルフバレン候は俺の目を見ながら、探るように小首を傾げた。



「この街の駐屯部隊はレイストル伯の管理下にある。それはわかった上での条件提示なのだよね?」


「もちろんです」



 俺は頷いた。



「つまり私に、立場を使って上から介入しろと」


「そうなりますか」


「そうなるね」



 アルフバレン候は、穏やかに笑っている。表情を隠すためと言うよりは、単純に楽しんでいるように、俺には見えた。



「私はレイストル伯の不興を買ってしまうかもしれない」


「そうなりますか」


「そうなるね」



 俺と言えば、無表情を貫いている。

 無礼な気はしたが、この際は決意を買って貰わなくてはならない俺なのだ。



「大したことは出来ていませんが、俺もゲイグランの奪還のために動いています。ですが不躾を恐れず正直に言えば、俺が動いているのはオーレリアの為であって、軍の為ではないのです」


「そういえば確かキミは、あくまで客分であって正式な軍人ではないと聞いている。軍よりもオーレリア個人の方が大事、というわけだ」


「はい」


「ふむ」



 アルフバレン候はワザとらしく困った顔をして、腕を組んだ。



「客分、ということは頭ごなしに命令しても……」


「無駄ですね。俺とウィンクルムには、命令を拒否するだけの力がありますし」


「それはなんというか、困ったものだ」



 アルフバレン候が癖のある金髪を指先で弄びながら、うつむき加減に言った。



「よし、こうしよう。キミの働き次第で、オーレリアへの処罰を寛恕する。キミがキミの活躍で、彼女の立場を買うんだ」


「……やけにあっさり決めましたね、アルフバレン侯」


「なに報告書を読んだ限り、責を負うべきは彼女じゃない気がしていたのでね。丁度良いと言えば、丁度良い」



 一人で頷いて、アルフバレン候は納得している。

 俺は拍子抜けしてしまった。もっと話は難航すると思っていたのだ。だが予定外はこの際ラッキーと納得しておこう。よくわからないが、俺と候の利害は一致しているらしい。

 そんなことを考えて目を伏せていた俺のことをアルフバレン候は、どこか微笑ましいといった様子で眺めてくる。まあいい、相手の手の平が広いならば多少転がされても問題ないだろう。



「ところでウィンクルムの出番の話だが」


「それについては、少々ご相談があります」



 俺は、あの巨大魔法石を賊への囮に使うという案を、アルフバレン候に伝えてみた。奴らの狙いが巨大魔法石である以上、必ずこれに引っ掛かるはずだ。



「つまり、巨大魔法石を首都に運ぶフリをする、と?」


「はい。ここよりも防備が整った場所に保管されたら、もう取り返しが付かないでしょう? 賊は必ず動くと思うのです」


「……自信があるのだな? ゲイグランを無傷で止める」


「あります」



 俺は頷いた。ウィンクルムの性能があれば、それは難しくない。



「まあ、コックピットハッチくらいは壊すことになるかもしれませんが」


「そのくらいならば構わんさ。パイロットの賊を引きずり降ろすには必要だろう」



 それでしたら問題ありません、と俺は話を始めた。囮にする段取りについてだ。例によって馬車を先行させてウィンクルムを後から付いていかせる等々の話を、俺とアルフバレン候の二人で決めていく。



「――そうだな、そんな感じでいいだろう。ゲルドと煮詰めてからレイストル伯に具申するよ。それでいいなミチカズ?」



 俺は頷いた。




☆☆☆




「という形になりそうだよオーレリア。今度はこちらから攻める番だ」



 板で出来た独房の戸越しに、俺はオーレリアに笑いかけた。鉄格子の掛かった小窓の中から、オーレリアが目を丸くしてこちらを見ている。



「呆れたわ、侯爵に直談判だなんて」


「機会があったから活かしただけさ。たまたまだよ」


「あまり無茶しないでよね、心配してもし切れない。ちゃんとミチカズを監視しててよウィンクルム」



 疲れた顔の中に気の抜けた笑顔を浮かべて、オーレリアが溜息をついた。



「カカカ、こやつから無茶無理無謀を抜いたら、残るモノは故国の母に泣いて弱音を吐く小僧っ子だけじゃ。このくらいが元気あってよかろうよ」


「なにそれ?」


「わーっ! なんでもないなんでもない!」



 未だに森での一人語りをネタにしてくるかウィンクルムだ。

 慌てた俺の姿が楽しいのか、オーレリアがクスクス笑っている。まあ、そういう笑顔が戻ったのならば、なによりではある。



「それにしても、ここにはどうやって?」


「アルフバレン候の計らいさ、看守にこっそり話をつけておいてくれたんだ。これからも、ちょいちょい報告にくるよオーレリア」


「それは嬉しいけど、ほんと無理しちゃ駄目よ?」


「平気だよ。俺は俺に出来ることしかしない。根が臆病だからね、そこは徹底してるつもりだ」


「……出来ることの幅が広いのも、考えものね」


「加えてわしがおれば、大抵のことが出来るしの」



 俺たちは笑った。

 笑いは貴重な健康薬だ。こんなときだからこそ、オーレリアには笑顔でいて欲しい。



「独房だなんて、酷い話さ。だいたい、護衛の数だって前線の兵とマキナが少ない中から苦労して捻出したわけだろ? それで奪われたなら、これはもう不可抗力ってもんだろうに」



 俺が笑いながらそう言うと、オーレリアは顔を曇らせた。



「でも、そのせいで人が死んだわ。死んでしまった皆の前で、皆の家族の前で、不可抗力だなんて、わたしは口が裂けても言えない」



 自嘲気味の笑顔。



「ね、ミチカズ、責任を取る者は必要なの。特にこういった組織ではね。上が責任を取らない軍隊なんて、無残なものだわ。それは不健康でいびつな組織よ」



 ――だから、そういうことは言わないで?

 そう言ってオーレリアは、薄い水色の長髪を手ですきながら俺の目を見た。



「……そうだな、悪かった」



 オーレリアは部下の死を背負うと言っているのだった。

 俺の軽率は、彼女の誇りを傷つけるものだ。「不可抗力」などという言葉で片付けることは二度とするまい。

 俺がこうべを垂れていると、オーレリアが明るく声を上げる。



「でも気持ちは嬉しいわ、ありがとミチカズ」



 オーレリアが俺に気を遣ってくれた。これじゃあ、立場が逆というものだ。ちょっと情けなくなり、思わず苦笑してしまった。



「『男』じゃのう、小娘」


「女よ女の子」



 俺たちは再び笑った。




☆☆☆




 それ以来、夜にその日のあったことを牢屋のオーレリアに話に行くことが日課になった。ウェイツから報告があったときにはその報告内容を、ないときは日常の出来事――たとえばルミルナがウィンクルムになにかしようとして、ウィンクルムが嫌がってることなどを――を報告していく日々。



「わしのときもそうじゃったが、ミチカズはそういうトコが凄いマメじゃのう」



 ウィンクルムが呆れ気味の声で言ったが、俺は気にしない。

 独房なんてやることなにもないのだ、顔を見せにいけばオーレリアの気が紛れることは間違いない。

 俺は俺にやれることをやっているだけのことだった。


 数日が経ち、巨大魔法石を囮にした作戦のメドも立った。

 レイストル伯にも報告し、認可を得たとゲルドが言っていた。ゲルドは俺が直接アルフバレン候に話を付けたことに対してなにも言わなかったが、考えてみれば完全に上官の頭越えをした無礼な行為だった。

 今更ながらそこに気づいたのでゲルドに謝罪をすると、「なにを今更」と、そのままの言葉を用いて鼻で笑われた。



「おまえさんの無礼を数え始めたら、日が暮れて夜明けになっても数え終わらない。気にするな、それがおまえの持ち味だ」



 少なくとも今、俺は恵まれた環境に居るのだろう。

 俺はゲルドに感謝した。あの片目眼帯の上司は、さぞや部下にも好かれていることだろうと思う。


 と、そんなこんなの日々を過ごし、今夜も俺はオーレリアの居る牢屋へと向かおうとしていた。

 いつも通り、看守たちに挨拶をする。

 彼らにはアルフバレン候から話が通っているので、俺を見逃してくれる。ちょいちょい酒やチーズを差し入れしていたお陰か、彼らの愛想もよくなった。

 ――のだが。

 この日は、ちょっと様子が違った。



「誰であろうと、ここを通すわけにはいかぬ。それくらい常識であろう!」



 これ見よがしに声を張り上げて、俺を威嚇してくる。

 俺が首を傾げてその様子を見ていると、看守の一人が小声でこちらに呟いた。



「ミチカズ殿、今日のところはお帰りくださいませ。今日は通すわけにはいかんのです」



 片目を瞑り、拝むような片手を顔の前に上げて、看守が俺に懇願する。

 そうなのかそれは残念だな、くらいにしか俺は思わなかった。そういう日もあるのだろう、無理を言うのも悪いと感じた。



「そっか。なんかわからないけど、仕方ない」



 俺は小脇に抱えた籠から酒の入った革袋を看守たちに渡した。



「じゃあこれ、差し入れ。あ、このチーズとパンは、あとでオーレリアに渡しておいて貰えるかな? ここの食事、こういっちゃなんだけど少ないもんな。食べ盛りの彼女には足りないだろうと思って」


「いつもありがとうございますミチカズさん。こっちは必ずオーレリアさんに渡しておきますので」



 いそいそと荷物を預かり、奥に運ぶ看守。

 今日はいつもと違って、その場ですぐ酒を飲み始めることもない。チロチロと、俺の方を見やる視線に、早く帰って欲しいという内心を感じ取ったので、俺は笑顔を絶やさぬように注意しながらすぐ帰る旨を伝えた。



「それじゃ頼むよ。明日は来ても大丈夫なのかな?」


「た、たぶん大丈夫だと思います。とにかく今日のところは……」


「わかったわかった、これで帰る。なんか悪かったね、それじゃ」



 俺は手を上げて看守たちに挨拶をした。と、そのとき。



「きゃあぁぁあーっ!」



 静かな夜の獄舎に、絹を切り裂くような悲鳴が響き渡った。

 ――それは、オーレリアの悲鳴だった。


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