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オーレリアの帰還


 オーレリアが採掘場から戻ってきたのは、その日の午後だった。

 日が照り、外に居ると汗が噴き出してくる季節に変わりつつある。俺がマキナ整備場でウィンクルムのもとにいると、ゲルドに連れられたオーレリアがやってきた。



「オーレリア!」



 俺はウィンクルムのコックピットから飛び降り、二人の元へと走る。オーレリアは憔悴した顔をしていたが、俺を見るとかすかな笑顔を作ってこちらを向く。



「ミチカズ……。ごめんなさい、心配掛けてるみたいね」


「そんなことはいいんだ、……おかえりオーレリア」



 なんと言って良いのか悩んだ挙句、なにも気の利いた言葉が出ない。俺はゲルドの方を見た。ゲルドは目を伏せて俺の視線を拒んだ。



「これから事情聴取だ。西方軍の統括役であるアルフバレン侯爵がやってくる。その前におまえに会わせておこうと思ってな、ミチカズ」


「ゲルド……」



 俺たちの周りに人が寄ってくる。

 整備場の皆もオーレリアを心配しているのだろう、口々に労いの言葉を掛けていた。ついでになぜか、俺が整備場の皆にからかわれる、ミチカズが不甲斐なさ過ぎた、と誰かが言い、そうだそうだと笑いが広がる。

 皆、空気を重くしたくないのだ。

 俺も笑いながら頭を掻いて、オーレリアの顔を見た。



「オーレリア、今回のことは、……その」


「いいのミチカズ、完全にわたしのミス。まさか輸送中のゲイグランを狙われるなんて思ってもなかったから」



 あのあと色々と報告を聞いた。警備は歩兵十五人に、戦闘用の青マキナが二機付いていたという。

 結果的に、ゲイグランという重要機体を輸送する護衛としては、少なかったのかもしれない。しかしそれは、現場の少ない戦力をやりくりした結果だ。



「結局、どうにもならなかったことじゃないか。それなのに更迭なんて……!」


「責任を取る者は必要だわ。隊を預かるということは、そういうことだしね。すみませんゲルド隊長、せっかく期待して頂いたのに、こんな結果になってしまって」


「いや」



 ゲルドも言葉が出ないのだ。目を伏せたまま、口だけを動かした。



「それにしてもミチカズ、だいぶここにも慣れたみたいじゃない!」



 突然、オーレリアが明るい声を出した。



「え?」


「整備の皆にも溶け込めてるみたい。よかった、わたし貴方のことが心配だったの」



 笑顔のままジロリ、と睨んでくるオーレリア。彼女は笑顔のまま淡い水色の長髪をかき上げると、続けた。



「だって右も左もわかってない田舎者の貴方じゃない? これから先、ここでやっていけるのかな、って。でも今の様子を見て安心したわ、大丈夫そうね」


「田舎者は酷い」


「なによ前に認めてたじゃない?」



 憮然として応えた俺に、からかい気味の口調でオーレリア。

 そこにゲルドが横やりを入れてきた。



「もう立派に馴染んだよなミチカズ。この間はルミルナに街を案内して貰ってたし」


「ルミルナに?」



 オーレリアがゲルドの顔を見た。



「そうさ。だいぶ仲良しになったみたいだぞ?」


「捨て置けないわねぇミチカズってば」



 今度は呆れたような声で目を丸くしながら、オーレリアが俺の方を向く。



「いや別に! そんなんじゃないから!」



 俺がそう叫ぶと、ゲルドとオーレリアが笑った。周囲で聞いていた整備員も笑う。ひとしきり笑いが収まると、ゲルドがオーレリアの肩を叩いた。



「オーレリア。おまえもすぐそこに戻れる。だからな、大丈夫だ」


「……はい」



 笑い過ぎたのかそれ以外の理由なのか、オーレリアの目には涙が浮かんでいた。



「いくか、オーレリア」



 と、ゲルドがオーレリアを促した、そのとき。



「やあ、キミがオーレリア?」



 と、俺たちの輪の外から、綺麗なアルトボイスが響いてきた。

 俺たちの視線が、一斉にそちらを向く。そこには濃い金色の髪を癖のままに巻き流した、顔立ちの良い男が立っていた。



「今回は大変だったね」



 着ている服は軍服だ。胸に幾つかの勲章のようなものが付いている。

 自信に満ちた顔をしたその男は、俺たちの輪の中に入ってくると、ゲルドとオーレリアの横に立った。



「えっ、あの?」



 オーレリアが狼狽えてると、横のゲルドが男に対して敬礼をする。



「アルフバレン侯! お早いお着きで!」



 候と呼ばれた男が、軽く右手を上げて笑顔を作り、ゲルドに応える。



「思いのほか早く着いてしまってね。現場の見学でもさせて貰おうかと思ってたのだが、どうやら丁度良いタイミングだったみたいだ」



 ――侯爵!? と周囲が一気にザワつく。俺も思わず小声で呟いてしまった。



 誰かが「おまえら、そろそろ仕事に戻れー」と声を上げた。周囲にいた整備員が場を離れようとすると、アルフバレン候が笑う。



「ああ私のことは気にしないでくれ。普段の姿が見たかったのだから、それに」



 とオーレリアの方を見る。



「整備員に好かれるパイロットは、良いパイロットだ。こういう生の風景は、貴重だよ」



 整備員たちはアルフバレン候の言葉に足を止めた。そしてそのまま俺たちの周囲に残る。アルフバレン候はそんな整備員たちの様子を見ると、ニッと笑い、今度は俺の方を見る。



「そしてキミが、ミチカズか? 報告書には目を通したよ、ジ・オリジナルのパイロットにして重量級の機甲魔獣二十機を一人で倒したという次代のエース」



 言いながら、俺の手を握ってきた。こちらが手を伸ばしたわけでもないのに、あちらからギュッと握りしめ、握手をしてくる。



「会えて嬉しいよミチカズ。キミのような勇気あるパイロットは我が軍の歓迎するところだ」


「えっ、あっ? どうも。結城道和……ミチカズです」



 そしてアルフバレン候は俺の手を握ったまま、ウィンクルムの方を向いた。



「キミにもだ、会えて光栄だよジ・オリジナル」


「わしの名はウィンクルムじゃ。そんな名ではない」


「嬉しいよウィンクルム。私がその名で呼ぶことを許してくれると言うのだね、世にも珍しい喋るギガントマキナよ」


「む」



 ウィンクルムが言葉に詰まった。

 ジ・オリジナルと呼ぶのが駄目なら名を呼ぶしかない。確かに許可を与えたと言えなくもない。



「キミたちにはいずれじっくりと話を聞かせて貰いたいが……」



 どうやら時間切れのようだね、とアルフバレン候は肩を竦めた。

 レイストル城伯がその重い身体を揺らしながら、小走りで整備場の中に入ってきたのだ。



「侯爵殿ーっ!」



 杖をつきながら、横の少年従事に支えられて走ってくる城伯。

 整備員たちは彼を大きく避けながら、そそくさとこの場を離れていく。



「お着きでしたら声をお掛けくだされば良ろしいですのに! まさかこんな汚いところにいらっしゃるなんて……!」



 息を切らせながらアルフバレン候の横に付くレイストル城伯。



「いやなに、彼らとちょっと話をしたくてね」



 そう言ってアルフバレン候は俺とオーレリアの方を見た。

 と、城伯の顔が真っ青になる。



「きっ、貴様がオーレリアとかいう小娘か!?」



 突然の大声。

 怒鳴りつけられたオーレリアは、身を竦ませながら返事をした。



「この痴れ者がっ!」



 と、オーレリアの頬を平手で殴る。勢いで、オーレリアが倒れた。



「貴様がゲイグランの強奪などを許すから、侯爵殿のお手を煩わせてしまうのだ! 馬鹿者め!」 



 倒れたオーレリアを、杖で殴りつける。



「貴様は独房入りだ! 以後、人と会うことを禁ずる!」



 俺は思わず一歩前に出た。が、声を出そうとした瞬間、アルフバレン侯爵が俺の前に身を被せてくる。



「まあまあ、レイストル伯。それよりも、今日の夜は晩餐会だとか?」


「む? ああ! そうでございますとも! 侯爵殿もお疲れでしょう、今日は労わせて頂くために、不肖ながら宴を催してございます!」


「ありがたい話だ。ところでレイストル伯、そこのミチカズを今晩の晩餐会に招待したいのだが、構わないだろうか」



「え?」



 と俺は聞き返す、城伯も、聞き返した。



「え、その者を?」


「まずいかね?」


「――いえいえ! もちろんなんの問題もございません侯爵殿! わかったなミチカズ、今晩六時からだ、決して粗相のないようにするのだぞ!?」 



 こうして俺は城伯の催す晩餐会に招待された。

 アルフバレン侯とレイストル伯は、俺に今晩の確認をすると二人で整備場を出ていく。

 この場に残っているのは俺とオーレリアとゲルドの三人だ。

 他の整備員たちは、もう仕事に戻っている。



「ゲルド、まさかオーレリアを……」


「仕方ない。軍事に手を出さない管理役とはいえ、レイストル伯は俺の上役だ。命令は聞かねばならん」



 オーレリアを独房に入れる。

 そういう話だった。俺は憤りのあまり足で床を大きく踏みつけた。



「くそっ!」


「すまんミチカズ」


「……気にしないでくださいゲルド隊長、ミチカズも。これ以上二人に気を遣われると、わたしも困ってしまいます」


「すまん」



 ゲルドは再び俯いた。

 そして二人も、整備場を後にする。残された俺は、マキナの機械音が溢れ出した整備場の中で、一人やるせない気持ちを抱えて立っていた。



「オーレリア……」



 今の俺には、なにもしてやれることがない。

 焦る気持ちだけが背中に張り付いてくる。それを振り払うように、俺は頭を振った。



「やれることがないなら、作ればいい」



 そう自分に言い聞かせる。

 晩餐会、きっとなにかチャンスがあるはずだ。俺は一人で頷いたのだった。


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