ルミルナの街めぐり
「ところで、ミチカズはもうこの世界に慣れましたか?」
昼下がり。
街の中央広場への道すがら、ルミルナが聞いてきた。例の、興味津々といったくりくりおめめを眼鏡の奥で躍らせて、楽しそうな声で尋ねてきた。
「そうだな、だいぶ慣れたよ。この世界に来て一か月以上経つし、軍に拾われたお陰で他の街やらを見る機会もあったから」
「この街に居るより外にいた期間の方が長いですよねミチカズは」
「そうだなー。今回この街に戻ってきて一週間ほど経ってるけど、まだまだ外にいた時間の方が長そうだ」
「この街、オルデルンには慣れました?」
「んー、まあ、少しね。食事を摂るところを幾つか知った程度だけど」
と、俺が頭を掻いて応えると、ルミルナの眼鏡が光った。ような気がした。
「じゃあ今日は私が案内してあげます!」
金髪を揺らしたルミルナが、右腕だけでガッツポーズを作る。
「へっ?」
「さあ、こっちこっち!」
俺の右手を掴んだルミルナが、鼻息も荒く大股で歩み出した。もちろん俺はそれに引っ張られる。強引にグイグイされると成す術がない。引かれるまま流されるまま、俺はルミルナに付いていくことになった。
☆☆☆
昼の街中は、夜と違ってどこも賑やかだ。
道端で雑談しているおばさん、肩持ちの天秤棒を担いでなにかを行商している男。道を駆けまわる子供たちが、俺とルミルナの横を駆け抜けていったのは、何回くらいあっただろう。
たぶんこの街は、この世界では大きい方の街なのだ。他に俺が見た三つの街と比べて、倍以上の規模がある。
「はい。ここがこの街で一番大きな魔法雑貨屋」
魔法雑貨屋。
いかにも中世ファンタジーぽい店が出てきた。アニメや漫画の中でしか聞いたことがない店だ、俺はちょっと興味をそそられた。
「へえ! 魔法雑貨!? どんなものがあるんだ?」
「入りましょ入りましょ」
るんるん、とでも聞こえてきそうな鼻歌交じりに、ルミルナが俺の背中を押す。店の前まで来て扉に手を掛けようとしたら、俺が手を伸ばす前に勝手に扉が開いた。おっ、自動ドアなのか。この世界でもあるとは思わなかった。
俺は中に入った。
「……あれ? 驚きませんねミチカズ。扉勝手に開きませんでした?」
「ん? 開いたよ?」
「ならどうしてビックリしないんですか! 勝手に開くんですよ!? 自動なんですよ!? こんな扉、街広しと言えどもここしかないんですよ!?」
後ろにいたルミルナが、まるで俺を非難するような声を上げてくる。……というか非難されてるな、これは。
「あー。俺のいた世界にもあったんだよ自動ドア。だからその、自然に」
「つまらない! つまらないですよーミチカズ! 私は幻滅しました!」
街でたった一つなのに、とか、私が田舎から出てきたときは、とかブツブツ言っているルミルナだ。俺の居た世界では自動ドアが普通だった、なんて言わない方がいいなこれは。
「……この扉は、どういう原理で勝手に開くんだい?」
そう話題を切り出してみると、うつむき加減にブツブツ言っていたルミルナの耳がピクリと動く。そしてまた眼鏡が光った。ような気がする。
「よくぞ聞いてくださいました。これはですね、機械と魔法の実用的調和の粋なんです! ここの備え付け機械マットに一定の荷重が掛かることで、人が来たことを判別するんですよ。そこから扉上の魔法石に命令が飛び、オープンドアの魔法が発動する仕組みなんです!」
技術的には案外リーズナブルなんですよ? とルミルナが得意げに述べた。あれ? リーズナブルなら、なぜ普及してないんだ?
と俺が考えたとき、また入り口の扉が開いた。
「ちぇっ、今日は『ハズレ』か」
俺たちの後から店の中に入ってきた男女が、なんとも悔しそうな顔をしている。「おまえが遅いからだぞ」「仕方ないじゃない出かける女には用意ってものがあるのよ」、などと会話をしながら、何故か手動で扉を閉めていた。
「あれっ? その扉は自動開閉だろう?」
俺は何気なく男女に声を掛けた。ちょっとおしゃれな魔法ぽい服を着た女がこちらを向くと、笑いながら応えてくれた。
「ああ。あなたご新規さんね? この『自動扉』は魔力がすぐ切れちゃうのよ。十回も開閉すれば、魔力の補充が必要。だから、開かないときは自分で開けなきゃいけないの」
「初めてで『自動扉』を体感できたなら、おまえラッキーだよ! いい運してるぜ!」
そう言うと、男女は談笑しながら店の奥に歩いていった。
俺はルミルナの方を見た。
「実用的調和の粋?」
そう言うと、ルミルナが目を逸らす。逸らしながら、ブツブツ言い始めた。
「いいじゃないですかちゃんと開くんだから。粋なんです粋、魔法と科学の道は一歩から。その一歩が大事なんです歩むことが大事なんです技術は歩いてこないんですだから歩いていくんです一日一歩三日で三歩なんです三歩あるいて二歩さがっても、それでも歩いていくことには意味があるんです」
「うん。それはそうだと思う」
「……ホントにそう思いますか?」
「思うよ。トライアンドエラーは先に進むため必須だからね。俺がもと居た世界も、そういうことの繰り返しが歴史だったさ」
「そうですか!」
ルミルナの顔が明るく変化した。コロコロ表情を変える人だな、と俺はクスリと笑う。
「まあ確かに、まだ実用は言い過ぎだったかもしれません。ここの店主も言ってましたしね、『半分以上はハッタリと見栄で設置した』と」
それじゃあ次いきましょうか、と、ルミルナは自動扉を手動で開けた。
「あれ? もう行くの?」
「今日は紹介が主眼ですから!」
魔法雑貨というロマン溢れる言葉にちょっと後ろ髪を引かれたが、俺はルミルナの言う通りに付いていった。今度はちょっと、市場通りからやや外れた場所に向かっている気がする。
「ジャーン、ここが……」
「これは見ればわかるよ。マキナ関係の店だろう?」
「そうです! 機械と魔法の連携技術、ザ・マーシナリー!」
店の横の空き地に、ジャンクぽくも見える小中型のマキナが幾つか置かれている。雰囲気はもと居た世界で言うと、中古カーショップ、といった感じだ。
この世界に来てからこちら、俺はずっとウィンクルムを動かしてきたけど、そういえばまだ、マキナという物を詳しく知らない。興味はある店だ。
「よう、『工房』の嬢ちゃん」
店の外でなにやら機械を弄っていた白髪の男が、ゴーグルを上げてルミルナの顔を見た。ルミルナも笑顔で男の方に近づいていき、
「やっほーマスター、いえーい」
「イエーイ!」
と、互いに右手を上げて、手のひらをパンと合わせる。
「男連れとは珍しいじゃねーか。てか初めてだな嬢ちゃんよ、彼氏か?」
「違いますよ。こちら、うちの軍で預かりになっているマキナランナー、ミチカズです」
「ほー軍のマキナランナー。まだ若いのに、エリートさんだなおい」
白髪の男がこちらに手を出してきた。握手だ。
「ミチカズです」
「俺はブランシェ。この街の民間マキナ関連を仕切っている者だ。軍にも懇意にさせて貰ってるから、なにかとよろしくな」
「お高いマキナを使ってしこたま貯め込んでる腹黒マスターですよ、ミチカズ」
「おい、その紹介はないだろう」
わはは、と笑うブランシェは、だが特にルミルナの弁を否定はしなかった。
笑いながら、先ほどから弄っていた機械に目を向ける。
ルミルナも、その横に置いてある大きなジャンク箱の前に座り込んで、箱の中の機械を物色し始めた。
「で、今日はなんの用なんだ嬢ちゃん」
「ミチカズに街の案内をしていました」
「なんだパーツを買いに来たわけじゃないのか」
「お給金日前ですよ? 今日はミチカズにお酒を奢って貰うのです」
二人とも手を止めずに口を動かしていた。互いを見るわけでもなく、ブランシェは目の前の、ルミルナは箱の中をガサゴソ物色中の、それぞれ機械を弄っている。
マニアの友達が確かこんな感じだったな、と俺はどことなく二人に威圧されていた。
「あ、これいいですね」
と、ルミルナは箱の中から一つのパーツを手に取った。
俺の知識でいう、パソコンの基板ようなものだった。小さいが、緑の表面にはビッシリとメモリのような物がついている。
「おうそれは掘り出し物だ」
「でも給金日前なんです」
「残念だな、縁がなかった」
「えええー?」
「あのな、そういう声は彼氏に使え。ほれミチカズ、男の上げどころだぞ?」
ちゃかし半分の声音で笑いながら、ブランシェは俺を見た。
俺はクスリと笑い、ルミルナの横につく。
「買ってあげるよルミルナ。魔法石のお礼もしたかったんだ」
「えっ!? そんな! ダメですよっ! いやだめ、だめだからっ!」
と、言いつつ、手にしたジャンクパーツをプルプル振るわせて、ブランシェの方に持っていく。ブランシェはそれを手に取り、
「まいどありー!」
と俺の顔を見てニッカリ笑った。
「はっ、私はなにを!?」
「こーゆー女だ、嬢ちゃんは。付き合うとめんどくせえぞ? ミチカズ」
俺は苦笑いして、懐から銀貨の袋を出した。
☆☆☆
「あれっ? あそこにあった緑の中型マキナ、なくなっちゃいましたねマスター」
パーツを胸に抱えたルミルナが、そばの空き地を見ながらブランシュに言う。
「ああ。先日売れちまったよ、現金でポン買いだ。身なりは悪かったが、ありゃあどこぞの貴族かの使いだな。色々パーツも買い込んでいった」
「ずんぐりして、可愛かったのになー。残念、もっと見ていたかった」
「買う金もないのに迷惑なことを言うな。ありゃあ戦闘にも耐える逸品だ、庶民が手にできるようなもんじゃねーさ」
「そうですけどねー」
拗ねたように、ぼさぼさの金髪を右手で弄る。眼鏡の奥の目がしょぼくれてた。
「知ってるかいミチカズ、嬢ちゃんの夢?」
ブランシュがニヤニヤ笑顔でこちらを見る。
「あーだめですマスター!」
「こいつな、自分のマキナが作りたいんだと。しかも、強い強い機甲魔獣と相対しても平気そうな奴」
「自分のマキナ?」
「そうそう。国の『工房』に居るんだから、もっと立場利用すればいいのにな。ちょいちょいパーツを買いにくるウチのお得意様になんかなってないで」
あっはっは、とブランシュが白髪に手を当てて笑った。豪快な笑いに、ルミルナが頬を膨らませる。
「もうっ、マスターの意地悪っ! 行きますよミチカズ、お酒お酒!」
プンスカと唇を尖らせたルミルナが、俺の手を取った。
あれよあれよの間に俺を街の中心へと引っ張っていく。そうだお酒だ、お酒を奢るって話だったっけ。
時間はまだ昼下がり。
「たっぷり飲んじゃいますからねっ?」
ルミルナは、そう言って笑った。




