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城伯との謁見


「レイストル伯、ゲルドです。お申し付け通り、客分軍人のミチカズをお連れしました」



 通された広間は、俺がこの世界に来てから見た中で、一番煌びやかな部屋だった。

 天井からは小さなシャンデリアのような照明器具が室内を照らしており、天井や壁柱には天使や女神だろうか見事な浮彫がなされている。壁にはタペストリ、床は赤と金にて煌めく絨毯敷きで、ほのかに照明を反射しているのか俺とゲルドの足元が淡く赤に染まっていた。

 正直言うと、煌びやかすぎて多少目に痛い部屋だ。



「うむ」



 部屋奥での椅子に――これも豪華だ――座っていた小太りの男が、重い声でゲルドに応じた。俺はルミルナに習った作法を思い出しつつ、小太りの男に対して片膝を付く。



「ミリーティア国軍西方部隊預かり、マキナライダー、結城道和です。ミチカズとお呼びください伯よ」



 片膝のままミリーティア国軍式の敬礼。俺は右手を胸に添えた。

 こうべを垂れ、声が掛かるまで決して面を上げない。



「ほう? 姓を持つ身分か貴公」


「私の生まれた国では、身分問わず皆が姓と名を授かることになっておりましたので」


「ほうほう、そのような国が。よほど裕福な小国であるか。よい、面をあげよミチカズ」


「はっ」



 俺は顔を上げて立ち上がった。ゲルドが一歩下がり、俺がレイストル伯の前に出る形となる。その後、俺は絨毯の色が変わる寸前の距離まで前へと歩いた。それ以上進むことは貴人に対して不敬となるようだ。ルミルナが厳重に注意を促してくれたので忘れていない。

 レイストル伯の印象は、正直に言ってしまえば、着飾っているがそれの似合わない小太り中年男、というものであった。指にいくつも宝飾を付けているのも、ちょっと似合っていない。

 そんな内心を隠すように、俺は出来る限り無表情となることに務めた。



「報告はゲルドから受けた。こたびの活躍、ご苦労である」


「ありがたきお言葉。ですが私は、オーレリア隊長の指示に従っただけであります」


「ふむ。ならばその……、オーレリア? であるか? その者にもあとで褒美を取らせねばなるまいな」


「褒美……でございますか」


「そうだ褒美だ。王陛下直々の命でな、あの採掘場は我が国の重要施設だ。そこを取り戻した功績は大きい。聞けば、かつてない大軍勢の機甲魔獣が出現したらしいではないか」



 ――二十機を数える大型の機甲魔獣。

 オーレリアも言っていた、これまで聞いたことない数だ、と。



「それを、ほぼ一人で退けたと報告書にはある。それはまことか?」



 ジロリ、とレイストル伯は俺をねめつけるような目で見た。肉で覆われたやや上目使いな細い目が、こちらの表情を探るような視線を飛ばしてくる。



「それは……、まことにございます」


「貴公はそこまで優れたマキナライダーか、ミチカズよ」



「ウィンクルムの力にてございます、伯よ」



 俺も「目」の力を使ったが、そんなことを言う必要はない。俺はこうべを垂れた。



「指示は上官のもの、功はマキナの力。なかなかに控えめな男だな、貴公は」


「恐れ入ります」



 レイストル伯は、フン、と鼻を鳴らした。

 なにか不興を買ったのだろうか? わからない。わからないが、俺はより慎重になることにした。



「率直に聴こう。貴公の乗るギガントマキナ、あれがガイアス帝国の物であるというのは本当か?」


「申し訳ありません伯よ。私は今、記憶の多くが混乱しており、確証ある答えにてそれに応じることは出来ません。ですが、状況的には『そうである』と私も考えております」


「貴公は記憶を一部失っておるのだったな。報告書にて読んだ」


「はい」


「西方の自治都市同盟、シュタデルが帝国に墜とされた今、我が国と帝国はこれまで以上の緊張状態にある。どうだ、あのギガントマキナを帝国に返却する気はないかミチカズよ。もちろん、相応以上の報酬を貴公には与える」



 レイストル伯がそう告げてきた声に被さらんとばかりに、ゲルドが慌てた声を上げた。



「お言葉ですが伯よ! ジ・オリジナルを渡したところで、ガイアス帝国は時期を見て必ず我がミリーティアに攻め込んできます。それはこれまでの帝国の動きを見ておれば明らか!」


「その、『時期』が買えるではないかゲルド」


「我が国は帝国に比べてマキナの研究が遅れています! ミチカズを客分として有し、ジ・オリジナルの研究を進められるという今の環境は、我が軍にとって大きな転換期であると小官は愚考します!」


「行方知れずだったジ・オリジナルが、我が国の、我が軍にある。それは大きな問題なのだ」


「ですが……」



 言い分を戦わせている二人を制し、俺はひと言告げる。



「ウィンクルムを帝国に返すつもりはありませんレイストル伯。彼女は、この世界における俺のパートナーです。もちろんウィンクルム自身が、帝国に戻ることを望むなら話は別ですが」


「むう」



 レイストル伯は、わかりやすく苦々しい顔を作った。



「俺たちの存在が国や軍にとって邪魔なら、すぐにでも出ていきます。そう申しつけてくださって結構です」



 ゲルドが慌てた顔で俺の方をみた。



「おいおいおい、なにを言ってる! おまえの力は必要だミチカズ、ジ・オリジナルだけじゃあない、今おまえに出ていかれたら、俺たちは困る!」



 作法に準拠したこの場に合わぬ、それは情感の篭った声だった。

 悪いようにはしない、とゲルドは言っていたが、それは本気なのだろう。



「ミチカズよゲルドよ、やめい! わかった、私の失言であった」



 失言と言いながら、レイストル伯は足を小刻みに揺らして、不機嫌さを隠していない。



「この件はゲルドに任せる。好きにするがよい」


「はっ!」



 ゲルドがほっとした表情で一歩下がる。主張に力を込めすぎていたのか、ゲルドはもとの場所よりだいぶ前に出て発言していた。

 と、俺は、先ほどから気になっていたことをレイストル伯に訊ねた。



「伯よ。私は今日、偽造印の話でここに呼ばれたと聞いておりましたが」



 俺の言葉に、レイストル伯は思い出したように目を見開いた。



「そうであった。貴公ら、族を捕らえたということだったが、どんな話を聞いておる?」



 冒険者ウェイツの指示で、俺たちは族の一人を尋問している。

 とはいえ実になる話はなにも聞いていない。せいぜい、その傭兵団がガイアス帝国ゆかりの集団であるということくらいだ。



「その程度であるか」


「その程度の情報にございます伯よ」



 レイストル伯は俺の顔を睨むように見据えてきた。なにかを見透かそうとしているようなその目に、俺は無表情を持って応える。

 下がったゲルドが再び口を開いた。



「伯よ。最近我が軍やこの国の内情を帝国に流すスパイがどこかにいるという噂も流れております。身の回りにご懸念はありませんか?」


「ふむ」



 特にない、と、流すように、レイストル伯はゲルドを一瞥もせず答えた。



「あいわかったミチカズよ」



 レイストル伯が、パチン、と指を鳴らす。「マレルや!」

 すると隣の部屋から金銀美麗な服を着た侍従らしき少年が、なにかを乗せた盆を恭しく持ちながら入ってきた。



「褒美の銀貨だ。受け取るがよい」


「……いえ、俺は」


「ミチカズ、私は無欲を好かぬ。欲のない人間など信じるに値しないと思っておる」



 ジロリ、と伯が俺を睨んだ。

 どうも嫌われてしまったようだ。遠慮が過ぎたか、失敗した。



「申し訳ありませんレイストル伯。では、ありがたく頂戴致します」


「それでよい」



 

☆☆☆




「はーしんどかった」



 マキナ整備場からだいぶ離れた一角、小さな塔の一室で俺は大きな溜息をついた。横にいるのはルミルナだ、疲れて両肩をダランと下げている俺の方を見やると、眼鏡の奥の目を躍らせながらクスクス笑う。



「肩こりますよねぇ、ああいう場での言葉遣い。私も苦手で苦手で」


「まったくだ。しかもどうやら伯には睨まれてしまった、良いことが一つもない」



 俺は肩をぐるぐる回して筋肉をほぐした。

 物理的に凝ってなどいないが、動かないでいると、よりしんどい気がしたからだ。



「城伯は欲に忠実な方らしいですからね、ミチカズのような人がいるなんて普段想像もしていないんですよ」


「俺にだって欲はあるさ。単に今はまだ、この世界での金とかがピンと来ていないだけで」



 この部屋には今、俺たちが採掘場から運んできた巨大魔法石が安置されている。マキナやその他に悪影響を与える可能性があるので、街の外れの塔を保管場所としてあてがわれたのだ。

 塔の入り口には何人もの警備兵がいる。侵入者がいたら発見する魔法でも守られている。街はずれということもあり、警備は厳重だった。



「お金は大事ですよ? ミチカズ。マキナの研究なんか、もう予算との戦いです。お金がなかったらなにも出来ません。はーお金お金、予算が欲しい」


「このお金、使うかい?」


「とんでもない! それはミチカズのお金です、それに、こういっちゃなんですが、研究予算から見たら、そんなのはした金すぎて何の足しにもなりません!」


「そっか」


「だけど、お酒を奢ってくれるというなら、私は喜んでミチカズの誘いに乗りますよ?」



 俺は頭を掻いた。ここで「じゃあ夜にでも」、とスムーズに言える性格でもない。誤魔化し半分で、俺は巨大魔法石のことをルミルナに訊ねた。



「そうですねー。正直まだなにもわかりません」



 芳しくないようだ。ルミルナの表情も自嘲気味に見える。



「マキナの理論博士なんておだてられてますが、この国はマキナの研究に関して帝国と比べると何世代か遅れています。私にわかることなんか、たかが知れているのですよ」



 はー、と肩を落とすルミルナ。俺も疲れていたので、一瞬二人で肩を落としそうになったが、そこは堪えた。



「魔力はどんな色をしているんだい?」


「ミチカズの黄金とは似ても似つかない黒色系ですが、これも正直今まで見たことがない色をしてますね。いま過去の文献を調べているところです」


「わかるのは、近くにいるマキナの機能を止めてしまう、ということだけか」


「その事実だけで重要な研究対象ではありますけどね」



 それはそうだろう。だからこそ、こうして俺は運んできた。

 道中、傭兵団にも狙われた。そう言えばあの傭兵団は、この魔法石を狙ってきたのだった。早馬で情報をこちらに渡していたとはいえ、あまりにも早い対応だったと言えるのではないだろうか?

 今更ながらに、そこに思い至る。

 ゲルドは言っていた、帝国のスパイがこの国に居ると。

 スパイなど敵対国家同士なら居るのが普通なのだろうが、この対応の早さは、レベルの高い情報を見やすい立場の者がスパイである可能性を高めるものではなかろうか。



「――ズ? ミチカズ?」


「おっと! なんだいルミルナ?」


「どうしたのぼんやりして」


「いやなんでもない」



 俺は笑ってみせた。

 スパイの問題は俺が考えてもどうしようもないことだろう。なにせ俺は、この国でまだ知り合いすらほとんどいない。ゲルドあたりにまかせておくのが適任というものだ。



「――ズ! ミチカズ!」


「や、ごめんごめん!」


「もうっ!」



 また思索に耽りそうになってしまった。ルミルナが膨れている。



「私の話とか、どうでもいいんでしょう!?」



 とつむじを曲げている。そんなことないよ、と必死になって言い訳をする俺。ルミルナには、この世界の言葉をわかるようにしてもらった恩もある。ないがしろにするなんてとんでもない。

 むすっと、腕を組んで目を瞑るルミルナ。俺が平に謝っていると、不意に両目をくりくり開けて、俺の顔を覗き込んできた。



「お酒で許してあげる」



 突然、満面の笑顔で。

 俺は、「えっ?」と聞き返した。



「だからお酒。飲みたいなー私、ミチカズと。いいじゃない、オーレリアとだって飲んだんでしょ?」


「いやまあ、そうだけど……」


「じゃ決まり! オーレリアとだけなんてずるいずるい! 詮索しちゃうぞー!?」


 女の子の要らん詮索ほど怖いものはない、と俺は元の世界の伝説で聞いていた。なので、二つ返事でルミルナに頷く。

 こうして俺は、急遽ルミルナとお酒を飲むことになったのだった。――真昼間から。


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