決闘
ウィンクルムに抱えられたまま、どれほどの時間を空で過ごしたろうか。ワケわからない展開に言葉も出せず上空の寒さにかじかんでいると、ふと高度が落ちてきたことに気づいた。
西に陽が傾いてきている。
結構な時間が経っているのだろう。「ここら辺でよいか」と、ウィンクルムが着地したのは、山の中だった。
ウィンクルムの頭まである木が鬱蒼と茂っている。山中の森だ、足元が少し傾斜していた。
「ここならば、わしは動きにくいし、貴様は身を隠すこともできれば木を利用した立体攻撃もできる。なにハンデじゃ気にするな」
ウィンクルムがご機嫌そうな声で告げてきた。
「さて決闘じゃ!」
本当にご機嫌そう。
――が、ちょっと待って欲しい。なんで俺が決闘なんかしなくてはならないのか。そもそも俺はなぜここにいるのか。
俺の記憶では、俺は二十一世紀の日本に生まれたごく普通の高校生なのだ。ただし、車に跳ね飛ばされた記憶はある。あるのだが、よしんばそこで死んだのだとしても、今の俺は何者だ。誰で、どうしてここにいるのか。
全くわからない。
「準備は良いな? いくぞミチカズ!」
「え? あ、おい! ちょっとっ!」
ウィンクルムの腕が振り上げられた。そのまま、振り下ろされる。
「待てってばーっ!」
俺は思わず声を上げながら横に転がった。転がりながら地形を把握、勢いを利用して離れた太い木の後ろに隠れた。
身を調べると、持ち物は腰のナイフだけだ。これで戦えと!? あの十メートルのロボットと!?
「カカカッ! やるのう!」
ウィンクルムが右腕をこちらに突き出す。
すると、バチュンバチュンと音を上げて光弾が飛んできた。太い木の幹があっという間に削られ、倒れる。「げげ」と驚く間もなく、こちらの姿が露わになったところに、再びウィンクルムの右腕が動く。
光弾に追いかけられながら、再び木の影に。
ナイフを突き立てて、俺は木の上に登った。光弾が木を薙ぐ。倒れかけの木から他の木の枝へと、ジャンプ。
「あれ、おらぬ?」
ウィンクルムがツインテールを振りながら頭を左右に動かした。上も見て、下も見て、膝を立ててしゃがみ込む。
「ホント、やるではないか。光学サーチのみでやるつもりであったが、どうするかな」
愉快そうなウィンクルムを木の上から見下ろしながら俺が考えていたのは、彼女のことではなかった。
なんだろうこれは、と自分の手のひらを見つめてみる。なんでこんなに動けるんだ俺が。部活で多少身体を動かしていたとはいえ、ただの高校生なのに。
戯れに、枝から枝を渡ってみる。
ざざざ、ざざざ。
葉擦れの音と枝のしなる音が、森の中を木霊する。これなら反響して、居場所の特定は難しくなるはずだ。俺はなぜか、そう自然に考えた。
「ちょこまかと。動く!」
森の中で光弾を乱射するウィンクルム。やっぱり彼女は、こちらを捉えていない。
そのまま動きつつ、しばらく攪乱していると気がつくこともあった。彼女は一定発数撃つと、リロードでもしているのか次攻撃に間があくようだ。
「隙は……あるんだ」
そう言って木々を渡っているとき、不意に俺は目の中に光を感じた。視界がフォーカスされるような錯覚を覚えると同時に、俺の目はウィンクルムのうなじ部分に釘付けとなった。そこの一本の線が、ほんのり光って見えるのだ。
それがなにか、なんの意味があるのかはわからない。ただ、何故か俺の目が勝手にそこを追う。急な視界の変化に頭がクラクラした。今攻撃されるのはまずい。
「なぁ、ウィンクルム」
時間を稼ぐ意味も込めて、場所を特定されないよう気をつけながら俺は話掛けた。まだ混乱している頭で、ウィンクルムのうなじを見つめながら話をした。
自分はなぜここにいるかわからないこと。
ここではない他の世界の記憶があるということ。
死んだのかもしれないこと。
なにより、なにも一つとしてわかることがないこと。
別にウィンクルムに見られているわけでもないのに手振りを添え、腕を組み、眉を潜めながら告げてみた。時間稼ぎのつもりが、いざ話し始めてみると滝のように言葉が溢れてくる。
ハタからみたら、どんな感じに映っただろう。
腰を屈めた十メートル大のロボットと、それから隠れるようにして、大きな木の上から身の上話をする男。どう見ても普通のビジュアルじゃないが、もう普通という言葉が摩耗して消え去ってしまいそうな状況にいると自覚してしまえば、段々と頭も冷静になってきた。
「それで?」
と、ウィンクルム。俺はまた、説明を続けた。
「だから?」
ウィンクルムの声のトーンがめきめき落ちていく。
「つまり?」
と、ウィンクルムの声が座った。電子混じりのソプラノ声は、一聴の疑問もなく不機嫌だ。「つまり」と俺も復唱する。大きく息を吸って俺は腹を決めた。
「俺は決闘なんかしたくない」
「わしはしたい」
森の奥で鳥が鳴いた。あれはカラスか。「この世界」にもカラスがいるのだな、と俺は妙に醒めた気持ちで頷いた。そうだ、俺は決闘なんかしたくない。わけもわからず命のやりとりなんか、お断りだ。
「なんでそんな、決闘をしたいんだ?」
「カカカッ! わしに勝ったら教えてやろうぞ!」
バチュン、と、光弾が俺に向かって飛んでくる。場所を特定された。俺は慌てて木から飛び降りて、ウィンクルムの背に乗った。まだ俺の視界では、ウィンクルムのうなじが淡く光っている。
ここに、ナイフを突き立てれば……?
「よいな! 良い勘をしておる! 褒美に語ってやる、わしはな、ウトウトしておるのよ!」
「うとうと……?」
「おう。いつもいつも、寝ておるようなものじゃ。貴様ら『人』の言葉がわからぬからの、外部からの刺激がないのじゃ」
「……」
「人はどうやら、わしの身体を操れるらしい。たまにわしになにかをさせる。が、そんなことはどうでもいい。わしにとって大した刺激にならぬからの、身体を使いたいならば好きに使えと言ったところじゃった」
俺を背に乗せたまま滔々と語るウィンクルムの姿は、バイザーの光も薄っすらと、どこか遠くを見ているかのような風情だ。
「そんな中、人がわしになにかをさせている最中、たまに投げかけられる『デウル』という言葉の意味だけは、なぜか理解できた。決闘という意味じゃ。決闘だけが、わしに刺激を届けてくれる、ウトウトせんでよくなる。起きていられる」
「……今、俺とは普通に喋っているじゃあないか」
「そうだのぅ。言葉が通じるなど、初めてのことよ。楽しくはある」
「だったら!」
と、俺の声が思わず大きくなる。
俺はこの巨大なロボットと、もっと話したくなった。俺は彼女に聞きたいことが、たくさんある。が、それ以上に、なにかを伝えないといけない気がしたのだ。
それはうまく言葉にできなかった。
言葉にできないからこそ、話していたくなる。
「もっと話そう! そうすれば刺激なんかいくらでも――」
「カカカッ!」
ウィンクルムが大きな笑いで俺の言葉を遮った。
「……のう、ミチカズよ。良いことを一つ、教えよう」
と、ウィンクルムは諭すような声音で。
「わしの弱点はそこだ。その首筋にある。唯一、たった一つの弱点じゃ。そこにダメージを受けるとわしは動けなくなる」
「……なんで、そんな話を?」
「勝機があるじゃろう? いまわしの弱点は、貴様の目の前じゃ」
「だから俺は決闘なんてしたくない」
会話をしたいのだ。
だが、ウィンクルムはそんな俺の心と関係なく、やはり笑う。
「カカ、ならばわしは貴様を襲う。戦場の倣いに従い、一方的に蹂躙する」
「なっ!」
「決闘を受けてくれ」
「そんなの……脅迫じゃあないか」
「クカカ! そうとも言うかもな!」
笑い声に悪意がない。
俺の五倍以上の背丈を持ったこの喋る鉄塊は、戦いたくて仕方ないのだ。大真面目に、小さく非力な人間風情に決闘を求めている。ウィンクルムにとって、決闘とは暗闇に差す一条の光なのだろう。唯一、外界に触れることができる瞬間を経て得た、コミュニケーションの形。
戦いは、彼女の言語なのだ。
彼女と会話をするには、まず戦うしかないのかもしれない。
俺はナイフを握りしめた。
「わかった。受ける」
「ありがたい」
ブォン、と音を立ててウィンクルムのバイザーが光った。
遠くでまた、カラスが鳴いている。カラスは人里から山へと、眠るために帰っていく。だが、ウィンクルムはまだ彼らに眠ることを許さない。自分が起きるための動力を回す。
ギュイイン、と各部のモーターが音を立てて動き出す。ウィンクルムは立ち上がった。
モーター音が、どんどん大きくなっていく。周囲にいた鳥が羽ばたいて、逃げた。どこにいたのか、動物たちもこの場から逃げていく。
「カカカッ!」
考える間もなく、ウィンクルムが仕掛けてきた。
跳んだ。
ウィンクルムは地面をひと蹴り、大きく宙を舞った。
舞いつつ、両手の平を合わせてスパークさせた。合わせた手の平と平を離していくと、その間に大きな光球が広がっていく。光球は光塊となり、光塊は炎塊となった。それを山に向かって投げつけた、面の攻撃。
地上にいれば、避ける場所すらない。木という木が薙ぎ倒された。
「これで地の利はなくなったぞ!」
必死で背に掴まりながら、首筋に近づいていく。
「あとは、貴様がわしの首に刃を突き立てるのが早いか、わしが貴様を振り落とすのが早いか、勝負だ!」