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救出作戦


 夜が明けた。

 良好な天気、俺たちは茂った木々を一部薙ぎ倒しながら、山の中を採掘場へと向かっていた。



『前方一キロメートルに機体反応、数、三。うち一機は大型と思われます』



 ウィンクルムの戦闘AIが敵を発見した。

 その旨を、先頭を行軍中のゲイグランに伝える。オーレリアはゲイグランで頷くと、後ろを向いて後方のマキナに対して明滅信号で号令を伝えた。

 行動中のマキナは五機。

 残りはキャンプで控えている。キャンプにも機甲魔獣が現れるかもしれないから、拠点の防衛要員だ。有事の際には発光信号で連絡がなされることになっていた。


 左右に二機づつ、マキナが展開する。そのまま扇形の陣形となり、俺たちは前身を再開した。

 鬱蒼とした森だが、ゲイグランとウィンクルムは大きい為に、森から頭が出ている。この二機よりも大きな木はポツポツとあるが、概ねはウィンクルムの胸の高さほどの木だった。だから、少なくとも俺とウィンクルムは視界も良好だ。



「あれじゃの」



 遠くにキラリ、朝日を反射する銀色。

 ウィンクルムに言われるまでもなく、俺もモニター越しに気がついた。



「大きいぞ?」



 戦術AIが「大型」と称した機体なのだろうそれは、遠目に見てるわかる巨大さだった。全高十五メートルほどだろうか、巨大なドーム状のものが森の中央に鎮座していた。



「トータス型ね。亀を模した機甲魔獣よ」



 なるほど、あのドームは亀の甲羅部分なのか。



「動きは遅いけど、とにかく硬くて火力があるわ。甲羅部分は硬すぎて歯が立たないから、まずは手足を狙っていくわよ」


「火力?」


「強力な飛び道具を使ってくるの。盾で防ぎながら接近するから、貴方はわたしの後ろに」



 了解して、ウィンクルムをゲイグランの真後ろに位置づけた。

 腰を屈めて盾に身を隠すゲイグランに合わせ、俺もウィンクルムの身を屈める。



『敵性照準、感知』



 来るわ! と、オーレリアが声を上げた。

 その瞬間、亀型魔獣の甲羅の一部が白く光る。コゥゥ、という高い音と共に、巨大な光球が、こちらに向かって発せられた。木々をなぎ倒しながら、光球が飛んでくる。

 ――ゴウン! という大音響。

 ゲイグランの盾に当たった光球が炸裂する。

 ちりぢりになった光が、ゲイグランとウィンクルムの脇を抜けて後ろに流れながら木々を蹴散らした。



「森が焼けない。熱兵器ではないようじゃの」


「焼けたら防御できても蒸し焼きだ。助かったな」



 走るわよ、とオーレリアが告げる。

 ゲイグランが盾を構えながら走った。俺もウィンクルムをゲイグランの後に続けさせる。その間にオーレリアは部下に指示を出したらしい、ゲイグランから赤い発光弾が空に向かって射出された。

 再び亀型魔獣の光球が発射された。それをゲイグランがまた盾で受ける。今度はゲイグランがよろめいた。



「小娘! 盾を斜めにするのじゃ、角度を付けて弾くんじゃよああいうのは!」


「なに? ウィンクルムなの!? わかってるわよ五月蠅いわね!」


「馬鹿正直に正面から受けすぎじゃ! そんなだから、わしの大剣もまともに受けてしまう!」


「もう!」



 次の一射、それをゲイグランは斜め盾で受けて見事弾いた。

 結果よろめくことなく走り続けられたので、俺たちは一気に敵の懐に入り込めた。



「それでいい。小物には小物なりの戦法というものがあるものじゃ、チカラ押しはわしのような者だけに許される」


「ちょっとミチカズ、ウィンクルム黙らせて!」



 言いながら、亀の前足部分へと斬りかかる。ゲイグランの武器は片手剣だ。俺も続いた、




『アークソード、エネルギーロード。使用可能時間、およそ五分』



 網膜投影ナビゲーターに従ってコントロールパネルを操作する。俺はウィンクルムの背中から、アークソードを引き抜いた。五分間、抜群の切れ味を誇る両手剣だ。



「いくぞっ!」



 と、大上段に構えて亀型魔獣に斬りかかった。が。

 アークソードは、甲羅に弾かれた。甲羅が硬いというのは本当だった。アークソードでも通じないとは。



「なにを聞いておったのじゃミチカズ」


「もしかしたら、アークソードならイケるかな、と思って」


「む。それは期待に沿えず悪かったの。並々ならぬ硬度のようじゃ」



 ウィンクルムが申し訳なさそうに言った。



「なにやってるのミチカズ! 甲羅は特に硬いって言ったでしょ!」


「いやすまん」



 気を取り直して、俺は亀型魔獣の足に向かって大剣を振るった。が。

 亀形魔獣は甲羅の中に足を引っ込めて、防御する。アークソードが甲羅の縁に当たってしまい、また弾かれる。



「あれっ?」



 これはどうすれば良いんだ? あの硬い甲羅の中に逃げ込まれると、簡単には手が出せない。俺が手をこまねいていると、俺の考えを読んだようなオーレリアの声が響く。



「こうするのよ!」



 と、足を引っ込めた穴の中に、ゲイグランの剣を突き刺した。穴の中から火花が散り、亀型魔獣が咆哮を上げた。



「わかったオーレリア、俺は他の足を狙ってくる!」



 俺は後ろ足に向かって走ろうとした。と、そのとき亀の側面甲羅の一部が開く。

 ――そして光った。



「あぶねっ!」



 コオオ、という発射音。俺は咄嗟にウィンクルムを伏せさせ、光球を避けた。



「大丈夫!? わたしが盾で守るから、貴方が穴の中を攻撃して!」


「わかった!」



 アークソードの刀身を、ぶっすり穴の中に突っ込んだ。魔獣が悲鳴を上げる。刀身を左右に振って傷を拡大させると、さらに大きな悲鳴を上げた。

 ドカン、と、甲羅の中で爆発音が響いた。篭った破砕音と共に、穴から大量の火花が走り飛ぶ。



「次の足に向かうわ!」



 こうして五つ――最後は首の部分だ――、俺は穴という穴を抉った。

 甲羅こそ無事なままの巨体が、煙と火花を上げて息絶える、動かなくなるまでには多少の時間を要したが、今は無残な機械の塊だ。



「貴方たちの首尾はどう?」



 近づいてきたマキナに声を掛けるオーレリア。



「付随の小型機甲魔獣二機、撃破しました」


「ご苦労さま。先を急ぎます」



 やがて俺たちは、目的地である資源採掘場を視認できる場所まで来た。なるほど生存者がいるらしく、黄色い狼煙が上がっている。オーレリアによると、救助を求める色らしい。



「でも、黄色ということは緊急性が低いということよね。どういうことかしら」



 そう言いながら、部下にこちらも狼煙を上げるように指示する。

 やがて採掘場からの狼煙の色が青く変わった。救助にきたこちらを発見したのだ。採掘場の外れにある小さな建物の窓が、チカッチカッ、と光り始めた。



「光信号じゃろうの。普段ああやって遠くと連絡を取っておるのじゃろうて」



 通信機がないとは不便なものだ。意思の疎通に手間が掛かる。俺はオーレリアに訊ねた。



「なんて言ってるんだ?」


「ちょっと待って、ええと……」



 拡声器越しにオーレリアのブツブツ声が聞こえてくる。



「なるほど……、あの建物には何故か機甲魔獣が寄ってこない、って言ってる。だけど怪我人がおり水も残り少ない、という状況らしいわ」


「離れて戦闘すれば、彼らは安全か?」


「よっぽど離れないと……、流れ弾が建物に当たる可能性があるわ」



 さっきの亀型の砲撃を思い出した。確かにあんなものを流れ弾で食らったら、建物などひとたまりもないだろう。



「方向に注意すればどうだ? 敵の射線が建物に向かない方向に位置して戦うとか」


「戦闘中にも細心の注意を? 難しいわよそれ!」


「基本的にそうする、という程度で構わない。たまに流れた弾はオーレリア、キミが盾で受けろ」


「え?」


「なるほど、『盾役』をそちらに使うのじゃな」



 そういうことだ、と俺はウィンクルムに頷いた。オーレリアにはゲイグランで俺たちとは別行動を取ってもらう。被救助者が立て籠もる建物の盾役だ。



「ちょっと! それじゃ貴方たちはどうするのよ盾もなしに!」


「ウィンクルム、周囲に敵はどのくらい居る?」


「わかる範囲で、ざっと十機。うち二機がさっきと同じ大型のようじゃ」


「やれるか?」


「カカカカカッ! 肯定じゃ! 任せろミチカズ!」



 実に嬉しそうなウィンクルムの声。これで決まった。



「無理よそんな! 無謀だわ!」


「大丈夫だオーレリア、俺はウィンクルムを信頼している。彼女がやれると言うなら、俺たちはやれる。俺たちを信じろ」


「じゃ、じゃあせめてマキナたちを援護に……!」


「マキナではあの光弾を食らったらひとたまりもない。それよりマキナは、建物から被救助者たちを救い出して安全な場所まで移動するんだ。そうすれば、すぐにオーレリアが俺たちの救援に来れる」



 オーレリアは無言だ。悩んでいるようだった。

 だが、悩んだ時間は二十秒に満たない。決心した声で、こう告げた。



「わかったわ。貴方をコキ使うって言ったものね、使ってあげる」


「是非とも使ってくれオーレリア」


「でもね、わたしはコキ使い続けたいの。この一回こっきりじゃなく、もっともっと。だから、死ぬような無茶はしないこと。これは命令よ」


「わかった無茶はしない」


「ミチカズはわしが守る、安心せい小娘!」


「お願いするわウィンクルム。ミチカズをよろしく」



 作戦は決まった。

 別にヒロイックな選択肢でも無謀な賭けでもない、俺はそう考えている。ウィンクルムが出来ると言うのだ、それは出来るのだろう。

 チカラがあるなら、それを最大限に活用した行動を取るべきだ。今回の場合、ウィンクルムの突出した能力を活かすには、単独行動が一番と思えた。



『索敵により、大型と思わしき機影を二機確認。マーキングします。以後、方角ナビゲートにより、敵射線が目的地と被らないよう機体の自動回避運動を実行します』


「いくぞウィンクルム、機甲魔獣たちの注目を集めるためにも、せいぜい派手に始めよう!」


「カカカ! 踊りの心得がわかってきたのうミチカズ!」



 操縦桿を引く。

 俺はウィンクルムを走らせた。


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