機甲魔獣討伐の仕事
「機甲魔獣?」
俺はゲルドに聞き返した。
討伐というからにはそういう対象なのだろうが、いったいどのような相手なのか。
「そう、機甲魔獣だ。ミチカズ、先の街でキミが倒した怪物のことだよ」
ああ、と俺は頷いた。
機械仕立ての魔獣、と言った感じのあいつら。ウィンクルムが言ってたな、この世界に自然発生する外敵だとか。自然発生というのが理解できないが、そも魔法やロボットが既に俺の理解を超えている。あまり思い悩むのはよそう。
「このオルデルン城塞都市から北西に向かった山中に、ミリーティアの資源採掘場があるのだが、そこが奴らの侵攻を受けて陥落した。今は人員が避難している状態で、このままにしておくわけにはいかない」
「……その、機甲魔獣というのは、どこにでも出現するんですか?」
俺は疑問に思ったことを訊ねる。
出現位置がランダムならば、防衛も糞もないだろう。
「いや。出現する場所は昔からだいたい決まっている」
ゲルドの言葉を受けるようにして、ルミルナが言を継いだ。
「昔から街や村は、機甲魔獣の出現する場所を避けて作られてきたの。だけどあの資源採掘場は出現場所に比較的近いのね。鉱物資源がたくさん採れるから、危険ではあるけれど活気のある採掘場だったわ」
「我々軍は、奴らを殲滅して再び採掘場に駐屯基地を設えなくてはならない。これは、王直々のご命令だ」
「だいたいわかりました」
要は、与太者が現れて大事な拠点を奪われたので、軍を派遣して奪い返す、そういう話だ。
「戦力的には問題ないのですか?」
俺は尋ねた。
「問題ない、はずだ。だがミチカズ達が手伝ってくれるなら、さらに助かる」
「指揮は?」
「そこにいるオーレリアが執る」
これまで聞き役に徹していたオーレリアが、頓狂な声を上げた。
「わたしが、ですか!?」
「俺は整備長と共に、いったん首都に戻らなくてはならなくなった。大丈夫だオーレリア、皆におまえの力を見せてやれ」
「わたしが、指揮を……」
オーレリアは、少し自信なさそうに呟いた。だが口元をキッ、と結ぶと、決意した顔で席から立ち上がり、
「わかりました、拝命致します!」
右手を胸に添えるこの国の敬礼をした。ゲルドが真剣な眼差しで頷く。
「オーレリアを助けてやってくれないか、ミチカズ」
こちらに向けた目も真剣だ。俺は「わかりました」と頷いた。
「微力を尽くします」
☆☆☆
オーレリアは、準備があるので、と部屋を去っていった。
ルミルナも、さっそくウィンクルムの調査をするつもりらしく、いそいそと部屋を後にした。
残された俺とゲルドは今、二人で酒を飲んでいる。
この世界は、なにか飲み物と言うとまず酒なのだろうか。実はここまでの旅でも、周りは酒ばかりだった。俺はその酒を飲まずに果実水みたいなものばかりを飲んでいたのだが、もしかしたらそれは、シクラナが苦労して行商人から手に入れてくれていたのかもしれない。
わかることは、とりあえずお茶の文化はないらしい。
特別好きなわけではなかったが、飲めないとなると寂しい。そのうちまた、飲むことができるのだろうか。
「オーレリアはな、ミチカズ。マキナライダーとして、本当に優秀なんだ」
細めた目でどこを見るわけでもなく、ぼそっと、ゲルド。
「あのゲイグランを、本当に見事に扱う。あいつをゲイグランのパイロットに任命したのは俺だ。オーレリアは、ゼイナル殿に負けぬ、次代のマキナライダーになれるはずの人材なんだ」
俺は酒をチビチビと。
昨日初めて酒を覚えたばかりだった。無理はしたくない。
「女だからと侮られていることは知っている。まだ若すぎるという声があるのも。まあこれは……実際まだ若すぎて、自分の感情をコントロール出来ていないみたいだがな。だが、マキナライダーとしての腕は別だ」
ゲルドは俺をちょっと睨んだ。
「決闘……、一瞬でオーレリアをノシたんだって? おまえさん」
「え? ああ、まあ」
俺じゃなくウィンクルムなのだけど、その説明は面倒くさかった。なので曖昧に応える。
「そりゃあ機体の差だ。うちの嬢ちゃんナメるなよミチカズ? あいつはいつか、エースになるんだ。経験さえ積めば、いつかきっと」
俺は、グビリと酒を飲んだ。やっぱり苦い、肉が欲しい。
「……おっと、妙な絡み方しちまった。とにかく、オーレリアのことを頼むミチカズ。守ってやってくれ」
わかりました、と俺は答えた。
☆☆☆
採掘場までは街を二つ経由して、歩きなら約三週間の工程とのことだった。そこをマキナで行軍して、十日で着くという。戦闘行軍ではなく、ゆっくりとした通常行軍で十日、とのことだ。
通常行軍には馬車が付いてくる。兵の糧食や工作資材なども運ぶためだ。戦闘行軍ならばマキナだけで移動する。マキナは普通に歩いていても、殆どの馬車より早いから一週間もあれば到着できるのだが、とオーレリアが言っていた。
「ミチカズぅ!」
とその日俺を呼び止めたのは、ルミルナだ。
なんとも情けない涙声で俺の名を呼んだと思うと、突然俺の袖を引っ張り出してどこかに連れていこうとする。
「どうしたんですか、ルミルナさんっ!?」
「ウィンクルムが言うこと聞いてくれないんですぅーっ!」
俺の左腕に組みついて、涙をウルウルさせている。どういう話なんですか? と問いただすと、「一緒にきてぇ」と懇願された。
俺はルミルナに連れられてマキナ整備場までやってきた。
その間、ルミルナにはずっと敬語だ。勢いに負けて、ついつい襟元正してしまう俺を責められる者はいまい。
「ウィンクルムが、コックピット見せてくれないの」
俺をウィンクルムの前まで引っ張ってきたルミルナは、拗ねた声でそう言った。
「ウィンクルム、いったいどうしたんだ? 調査に協力することはやぶさかでないと言ってたじゃないか」
「む、ミチカズか。いやな、その女がコックピットを強引に開こうとするから、ちょいと身をよじってやったのじゃ」
「四回、床に落とされました」
シュン、として、俺を上目遣いで見るルミルナ。
「ミチカズ、そいつはしつこい女じゃぞ。やめとけやめとけ」
「なにをヤメロっていうんだ!」
ウィンクルムの減らず口は今に始まったものじゃない。からかわれることに慣れていく自分を自覚する。
「コックピットくらい見せてやればいいじゃないかウィンクルム」
「はん。コックピットと言えば人間で言えば秘所じゃ、弱点じゃ。軽々に開くものではあるまいよ。以前言うたであろうミチカズ、わしは概ね処女じゃ、と。あの言は嘘ではないぞ、わしの意識が生まれてこの方、覚えている限り貴様以外の誰にも侵入を許しておらんわい」
そう言われると、嬉しいと言うかなんと言うか。反応に困る。
俺はルミルナの方を向いて、今度は彼女に話を聞くことにした。
「ルミルナは、なんでウィンクルムのコックピットに入りたいんだ?」
「え? それはもう、単純な興味もありますけど、それよりも一番の理由は――」
俺が居ないと、ウィンクルムは周囲の言葉がわからないらしく、コミュニケーションがほとんど取れない、とのことだった。なので、ウィンクルム用の増幅型翻訳魔法石を作ってきたので、それをコックピットに設置したかった、という。
「なるほど」
ウィンクルムが人の話を理解出来るようになってくれると、俺も手間が減る。それは有難い話だった。
「とのことだ。コックピット開けてやれよ、ウィンクルム」
「いーやーじゃー」
思ったよりもウィンクルムの抵抗が激しい。これは無理かな?
俺は方針を変えることにした。
「ねえルミルナ、その魔法石って俺でも設置できるかな?」
「……たぶん」
「今はまだ、興味を満たすことは諦めてよ。とりあえず翻訳魔法石は俺が設置するからさ。それで他の調査は少しくらいスムーズになるだろう?」
ルミルナがこっちを見つめた。
「ウィンクルムも、それでいいな? おまえも俺がいなくても人の言葉わかったら、色々と楽しめるだろ?」
俺の言葉に、ルミルナとウィンクルムは同時に答えた。
「お任せします」「仕方ないのぅ」
よし、と両手を腰に当てて胸を張る俺。問題解決だ。
余談だがその翻訳魔法石とやらは、魔法石を吊るしてガラス枠で覆うと言うものだった。揺れる魔法石がガラスの縁に当たると、ちりぃん、と音がする。そう、夏の風物詩「風鈴」に似た構造だ。
コックピットの中にそれを吊るした俺は、糸と紙の短冊を貰ってちょっとした工作をしてみる。魔法石から糸を垂らし、そこに短冊を結びつける。俺が「ふぅ」と息を吹きかければ、ちりぃん、と風情ある音が鳴る。まさに風鈴だ。
「良い音じゃの」
「気に入ったか? ウィンクルム」
「まあまあじゃ」
そう言って巨体を揺らし、ちりんちりん鳴らす。ちょっと五月蠅い気もしたが、ウィンクルムが気に入ったみたいなのでなによりだ。風鈴よりはガラスの縁が遠いので、重力制御下のコックピットならば歩いた程度じゃ鳴りはすまい。
「じゃ俺はこれで。まだ出征の準備が終わっていないんだ」
なにやら話し始めたウィンクルムとルミルナを残して、俺は部屋に戻る。
出発は二日後だ。




