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初デート(?)


 オーレリアに案内され、俺は街の中心部へとやってきた。

 最中央は城になっている。

 この街を統治している城伯の居城らしい。城伯とは街を統括する領主。街の運営を主とするが、この街に駐在する軍の管理役も担っているという。ある種、隊長であるゲルドさんの上役でもある、というわけだ。


 城はまた、壁で囲まれている。

 その壁の周りに住民が住み着き、街を形成していったのだろう。街の中心とは、城の周りの一角であった。

 広場に沢山のかがり火が焚かれていた。あれ? かがり火っていうのは日本独特の表現だったかな? ――なんてことも自問したが、まあこれはかがり火だ。鉄製の篭に割り木がくべられて夜間の照明として使われている。


 広場には、この時間と思えないくらい人がいた。

 ざわざわと、ざわざわと。さざ波のような声が、かがり火の明かりに照らされて踊っているようだ。実際に踊っている人もいた。音楽が流れている。広場の一角に楽師たちが集い、周囲の聴衆の耳を独占していた。

 なんとなく懐かしい雰囲気。

 ああそうだ、これは夏祭りの空気だ。



「出店があるねオーレリア」



 なんともソワソワしながら、俺は言った。



「この街、オルデルンは人が集まるから夜も遅いの。この広場の出店は、近隣諸国でも有名なものが幾つかあるわ」


「食べてもいいかな? ね?」


「酒場に行くんじゃなかったの?」


「酒場も興味あるけど、こんな雰囲気を見せられたら堪らないよ!」


「田舎者ねぇ」



 言って、オーレリアはハッと口をつぐんだ。

 また悪口を言ってしまった、とでも思っているんだろう。



「気にしないでオーレリア、俺は本当に田舎者だからさ。こんなのを見るとワクワクするんだ!」



 本当に気にならない。そんなことよりも、広場の出店に興味があった。

 肉を焼いている店、何かを煮てる店。

 食欲をそそる匂いが夜風に乗り、時折り鼻孔をくすぐってくる。

 俺の腹が、グゥ、と大きく鳴った。そういえば今日はほとんど食事を摂っていない。


 オーレリアは、ちょっと目を丸くしてこちらを見ていたが、俺の腹が鳴ると、クスリと笑った。



「わかったわ、気にしない。でもお詫びにここはわたしに奢らせて。わたしも何か食べたくなったの」



 是非もなし。

 ゼイナルさんから貰った路銀の一部を携帯してきてはいるが、旅の道中シクラナに交渉事を任せきりだったので、まだお金の使い方がよくわかっていない。俺は笑顔で頷いて、彼女に任せることにした。



 広場の片隅で、石段に座ってオーレリアを待つ。

 やがて焼いた肉の匂いと共に、オーレリアは戻ってきた。両手に抱えるようにして、たくさんの食べ物を持ってきている。

 


「飲み物は、ミードでよかった?」


「なんでもいいよ、ありがとう」



 渡された木のカップに、なみなみと注がれている液体。

 匂いを嗅ぐと、蜂蜜のような甘い匂いがした。女の子が好きそうな飲み物だな、なんて思いながら口にする。が。



「ニガッ! 苦い!」



 ほんのり甘そうな匂いからは想像もできない味だった。それにこれは、アルコールか? そういえば俺は元を正せばごくごく普通の平凡高校生、酒なんかほとんど飲んだ経験がない。



「口に合わなかった?」



 心配そうにこちらを見るオーレリア。



「実は、お酒飲むの初めてなんだ」


「えっ、その歳で!?」


「俺の国では、酒は二十歳まで飲むの禁止だったんだよ」


「……そんな国があるんだ。へぇー」



 彼女はミードをあおりながらビックリしたような目をこちらに向けてきた。



「じゃあ飲み方を教えてあげる。こうして、肉をひとつまみ口に入れてから飲んでみて?」


「う、うん」



 言われた通り、俺は焼かれた肉をつまみ上げた。

 なんの肉だろう。わからない。だけど匂いは香ばしかった、香草やなにかで下味を付けてあるのだろうか、食欲をそそる匂いだ。

 それをひとかけら、口の中に放り込む。

 脂の味が、ジュワっと。塩味も効いている。強めな塩分を口にするのは、本当に久しぶりだったので、正直これだけでも美味しい。脂の甘味と交差して、脳に刺激が走るようだ。

 噛んで、楽しんで、飲み込んだ。

 その瞬間に、グッとミードを口にする。脂がシュッと流された、脂の甘味をミードの苦みが抑え込む。ああなるほど。



「これはいい!」



 味覚の落差が楽しくて、なにより美味しかった。悪くないじゃないか、お酒。



「よかった気に入って貰えたみたいで」



 彼女はグビグビとミードを飲んでいる。空になったのか、小走りで近くのミード屋台に行くと、また二カップ追加して持ってきた。よく飲むなぁ。




☆☆☆




 音楽の鳴る広場で、星空を見上げて。

 周囲を見れば、愛を語らう男女がかがり火の灯りで揺れている。

 そんなロマンチシズム溢れるこの空間で、俺は今、女の子の。



「だからねー? みんな酷いのよー?」



 愚痴を聞いている。



「だいたい、女だからって舐めてる奴が多いのよ。こっちのが上役なのに挨拶もしなかったり」


「それは酷いね」


「なによ! あんただってギガントマキナに乗ってたとき、こっちの言うことを無視したじゃない!」


「あれはほら、まだ俺がこっちの言語を理解できなかったから……」


「無視したー! 無視無視無視無視! あーなんか蒸してきてない?」



 そう言って、胸元を少し開けるオーレリア。

 なんということだ、まさかこんな酒癖が悪いだなんて。凛とした感じの初期イメージからは、想像もしてなかった。



「そんなに酒ばかり飲むからだよ! 自重しよう!?」


「無視なんかするから、決闘なんか申し込んじゃったのよ。そしたら、まさかの瞬殺。わたしだってねー、部下に対する立場とかあるんだからー!」


「はいはいすみません、ウィンクルムに言っておきます」


「なによあんたがパイロットじゃない! いい? あれは機体の差なんだから! 腕の差だなんて思わないでよね! まさか、ゲイグランの大盾ごと吹き飛ばす出力がある機体が存在するなんて思わないわよ!」


「すみませんすみません、本当にすみません」



 平謝りに謝った。

 なるほど、女の子は肯定しろというのはこういうことなのか。というか否定するの怖すぎだった。そんな勇気俺には微塵もない。ひたすらにヘコヘコと、言葉を合わしていく。


 こうして夜は更けていった。




☆☆☆




「はっくしょん」



 くしゃみ一つ。その後俺は、鼻水をすすった。

 寝ていたのだ。頭がぼやけてる、えっとここはどこで、昨日はどうしたんだっけ。

 薄目を開けると、見知らぬ天井。

 背中がゴリゴリと痛い。

 毛布もなにも掛けずに、俺は横になっていたようだ。


 昨日は確か、オーレリアと飲んだあと、オーレリアが俺を部屋まで案内してくれたんだ。酒どっぷりに酔っ払った彼女にそこまでさせるのは気がひけたので、ウィンクルムのところで寝ると申し出たのだけれども、「案内するのがわたしの仕事らから!」と一歩も引かず、連れてこられた。



「くしゅん」



 思い出した。連れてこられたものの、彼女は部屋に入った瞬間「作戦終了れす、隊長」と言って、俺の部屋のベッドに突っ伏したのだった。

 外に出てウィンクルムのところに行こうかと思ったものの場所がわからず、俺もこの部屋で寝ることにしたのである。

 この部屋の、床で。



「くしゅっ!」



 さっきからのくしゃみは、ベッドに寝ているオーレリアのものだった。

 彼女もそろそろ起きるのかな、とベッドの方に目を向けると、オーレリアがベッドの上で上半身を起こしていた。ぼんやりとした風に、掛け毛布をめくっている。



「こんな格好で寝ちゃった」



 そういって、服を脱ぎ出す。

 上着を脱ぎシャツを脱ぎ、上半身は下着だけになった。そのままベッドから起き上がり、スカートも脱ごうとする。この間、一瞬だ。

 俺は焦って咳払いをした。



「ん?」



 オーレリアの動きが止まる。視線がこちらに動いた。しかしスカートだけが、ストンと床に落ちる。これで上下とも、下着だけのオーレリア。

 時間が、ちょっとの間止まった。



「きゃああっ! なんであんたこんなところにいるのよっ! スケベヘンタイエッチ魔王!」


「落ち着け! ここは俺の部屋で、俺のベッドで寝ていたのはキミだ、オーレリア!」



 飛んでくる枕や毛布を両手で防ぎながら弁明する。「いやあぁあっ!」とこちらに突進してきたオーレリアからビンタを貰ったが、その後ようやく彼女は落ち着いた。




☆☆☆




「ご、ごめんなさいミチカズ。昨晩はわたしが不精してしまったみたいで」


「誤解は解けたんだ、もう構わないよ」


「でもその、ほっぺたにあとが……」


「ははははは。構わないょ」



 俺たちは今、マキナの整備場に向かって、朝の道を歩いていた。

 ちゅんちゅん、とスズメのような小鳥が道端でなにかをついばんでいる。俺たちが近づくと、飛んでいった。

 整備場はまだ静けさに包まれていた。人もほとんどおらず、俺とオーレリアの足音が大きく広い空間に響き渡る。俺たちはウィンクルムの前にきた。



「カカカ。ゆうべはお楽しみじゃったの」


「うるさい。ほんとその語録、どこから拾ってきたものなんだ」


「カカ、不機嫌じゃのぅ、そのほっぺたの印のせいかミチカズ?」


「違う!」



 からかってくるウィンクルムに「勘弁してくれ」と白旗を上げていると、隣にいたオーレリアがビックリしたような声で呟いた。



「……ほんとに話ができるのね、この子」



 口に手を添えて、心底の驚きを隠しているようだ。



「昨晩ミチカズから聞いてはいたけど、半信半疑だったわ。本当に、会話できるなんて」


「キミだってギガントマキナ乗りじゃないか。あの青いギガントマキナ、……えっと、ゲイグランだっけ? ゲイグランとは話をしないの?」


「ゲイグランは戦闘AIが音声でパイロットをサポートするだけよ! こんな、普通に人間と話をする機体なんか聞いたこともない」


「そうなのか? ウィンクルム」


「知らぬ。言うたであろう? わしは永らく人間のことにも世界のことにも興味なぞなかったのだ。他のギガントマキナが話せないとかいう話も、初耳じゃ」



 どうやらウィンクルムも今ならオーレリアの言葉がわかるらしい。俺が持っている魔法石のお陰だろう。ルミルナさんには本当に世話になった、ありがたいことだ。



「ジ・オリジナル」



 俺たちの後ろから、声が上がった。渋い声。これはゲルドさんのものだ。

 俺とオーレリアは振り向いた。



「この世界にはジ・オリジナルと呼ばれる数機のギガントマキナが存在する。この世界で運用されているギガントマキナのモトとなった機体だ」



 ジ・オリジナル? 俺の耳にそれは、なんともヒロイックな響きに聞こえた。なんというか、高校生心が疼く。



「ジ・オリジナルの中に、言葉を喋る機体があると耳にしたことがある。もっともその言葉は解読困難で、しかも極稀にしか喋らないから研究もできなかった、と」



 俺はウィンクルムを見上げた。そんな凄い奴だったのか、こいつ。



「その、解読不能だったジ・オリジナルと同じ言葉を喋る青年。それがキミだ、ミチカズ。そこも含めて、今日は色々と話を聞きたい。ところで――」


「はい?」



 ゲルドさんが、真剣な目でこちらをみていた。

 しかし次の瞬間に、突然の破顔。ニヤリと。



「その頬のあとはなにかね?」



 そちらも是非聞かせて貰いたいものだ。そう言うゲルドさんに、俺とオーレリアが同時に反応した。



「「なんでもないんです!」」



 朝の整備場に木霊するくらいの大きな声で、思わず。

 ウィンクルムが、カカカ、と笑った。


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